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野良仕事と飲み会と旅行の日々

 今回は短歌はお休み。

 s-退職20190624
 まだ会社に籍は残っていたのだが、6/24、退職。社内外の多くの人に支えていただき、非常に恵まれたサラリーマン人生を歩むことができた。このひと月の間に、「慰労会」、「激励会」、ただの「飲み会」等8回・・・。感謝、感謝。

 s-トンボ20190626
 以下、還太植物園の近況。水草も順調に育ち、トンボの来訪しきり。

 s-スイレン20190626
 6株植えたスイレン。最初に咲いたのがこれ。池にはメダカ100匹、金魚50匹、鯉の稚魚10匹を放ったが、一番元気なのはメダカ。最近、1cm程度の子メダカも多数見られる。

 s-シャラ20190626
 シャラ。

 s-ザクロ20190626
 ザクロ。
 
 6/28、4泊5日の旅に出掛けた。6/28は高崎で代理店の社長さん(96dさん、同い年)と会食。6/29,30は八ヶ岳高原にある友人(ishichanさん、元総合商社勤務、同い年、約35年のお付き合い)の山荘泊。7/1は北八ヶ岳の白駒池を経て、栃木市でグループ会社勤務の後輩たちと会食。7/2、帰宅。約800kmのドライブとなった。

 s-シカ20190630
 八ヶ岳の別荘地で遭遇したシカ。友人(ishichanさんの後輩・nao君)に車を運転してもらい、助手席から撮影。

 s-小顔のシカ20190626
 あごの下に指でVサインを作ると、頬のふくらみが隠れて「小顔」になるというけど、手前の木の枝がVサインを作っている。

 s-小鹿20190630
 母シカを追って道路を横断する子ジカ。

 6/30は天候が良くなく、家事に勤しむishichanさんを置いて、nao君と『平山郁夫シルクロード美術館』へ。同館の館長は平山氏の令夫人。
 
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 s-平山郁夫20190630
 特に撮影禁止の表示がないものは撮影可。

 s-平山郁夫②20190630
 シルクロード各地の美術品も多数。

 7/1、ishichanさん、nao君と別れて、北八ヶ岳中腹の「白駒池」(しらこまのいけ・標高2115m・周囲1.8km)へ。同池の周辺は苔と原生林(コメツガ、シラビソ、トウヒなど)で有名。

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 これはパンフレットをスキャンしたもの。

 s-白駒の池20190701
 
 s-白駒の池②20190701
 駐車所から池までは約700m。池の周回用も含めて、しっかりとした木道が整備されている。

 s-白駒の池③20190701
 
 7/2、帰宅。実家に軽トラが届いている(退職記念として買うことにした中古車)と弟から連絡をもらっていたので、実家に直行して試乗。畑の畦道を走ってみたら、連日の雨でできた泥濘にはまり立ち往生。4駆なのにどうしてと思いつつ車内を見渡すと、2駆モードになっていること気づく。4駆モードに変更したらすんなり脱出\(^o^)/・・・。また遊び道具が増えた。
 5日間出掛けていたので、庭も畑も雑草が伸び放題。これから草刈。農業簿記3級のテストも7/7に迫っている。

 皆さま、お健やかにお過ごし願います。

春者毛要 夏者緑丹 紅之 綵色尓所見 秋山可聞 (詠み人知らず)

 今年のタイトルは万葉集。「春は萌え、夏は緑に、紅のまだらに見える秋の山かも」。

 今回の短歌は『現代の短歌』(篠弘編著・東京堂出版)から、小島ゆかりの作品。小島は昭和31年、名古屋市生まれ。日常をモチーフとし、詩的に展開される家族詠。

 おほぞらに鋏を入れし者ありやこよひ半弧の月鮮しき

 s-ヨシキリ20190619
 ヨシキリ。
 
 春、ことに無用の物らなつかしきたとへば耳付花瓶の耳など

 s-黄色の花20190619
 黄色の花はクサノオウ(ケシ科)。万葉集にも「夏は緑に」とうたわれているように、濃淡色々な「緑」の宴。
 
 一本の木を見てゐしが目薬を差せばひそかにその木溺れつ

 s-モズ20190619
 モズ。

 新しきインクをおろす風の朝 青桔梗あをききやうと声す

 s-ピンクの花20190619

 アメリカで聴くジョン・レノン海のごとし民族はさびしい船である

 s-チョウ20190619
 
 死を囲むやうにランプの火を囲みヘブライ暦は秋にはじまる

 s-ヨシキリ20190622
 毎朝恒例のヨシキリ観察。

 月ひと夜ふた夜満ちつつ厨房にむりッむりッとたまねぎ芽吹く

 s-農道で20190622
 ミゾカクシ(キキョウ科)。

 浅漬けの茄子しくしくと二杯目のごはんおいしき夕立のあと

 s-モズ20190622
 巣作りの材料にするのか、枯れた植物を咥えたモズ。

 寄せ鍋の泡ぶく立つた煮え立つた この世のことはごちやごちとする 

 s-キジ20190622
 キジも元気。

 なめこ汁どろりとすすり霧の夜のふかいふかあい暗愚のこころ

 s-スミレ20190622
 @還太植物園。既報の通り、スミレ満開。

 しろじろと繃帯ながれゐるごとき霧の朝なり手足より覚む

 s-シャラの蕾20190622
 シャラの蕾。

 干草のにほひするかなパトリシアが踊るアルゼンチンのポルカは

 s-シャラ20190622
 シャラの花。シャラは別名「夏椿」。朝咲いて、夕方にはポトリと落ちてしまう一日花。

 上階に深夜のわらひ ひとたびは大笑ひするイエスを見たし

 s-ウグイスかな②20190623
 以下2葉は6/23撮影。鳴き声は響くものの姿はほとんど見せてくれないウグイス。今朝は曇天なのでカメラを持たずに農道散歩に出かけようかと思ったが、何があるか分からないからと自分に言い聞かせてカメラを携行。良かった・・・。これで陽がさしていれば、ウグイスの眼にポチッと光が入ったのになあ・・・。

 希望ありかつては虹を待つ空にいまその虹消えたる空に

 s-ウグイスかな①20190623

 農家のベンツといわれている「軽トラ」(中古)を買うことにした。これで、私の車が土まみれにもならないし、草刈り機や刈り払い機、管理機などを実家より高い位置にある畑で使用するのも億劫ではなくなる。また、池のビオトープ化の一環で、流木を拾ってきたり、水草を採集したいと思っているが、4輪駆動の軽トラは少々の荒れ地・砂地・湿地でも大丈夫。楽しみ、楽しみ・・・。


 
 

夏草乃 露別衣 不著尓 我衣手乃 干時毛名寸 (よみびと知らず)

 夏草の、露別(わ)け、衣着けなくに、我が衣手(ころもで)の、干(ふ)る時もなし。「夏草の露を衣につけたわけでもないのに、私の衣の袖は乾くときがありません。恋が苦しくて、涙がかわくことがありません。」の意。今年のタイトルは万葉集から。

 今回の短歌は『現代の短歌』(篠弘編著・東京堂出版)から、土屋文明の作品。土屋は明治23年、群馬県高崎生まれ。東大卒、万葉学者。明治42年「アララギ」入会。戦後はその指導者として、批評眼をもった、逞しい生活詠を展開。平成2年、100歳で没。

 ひねもすに響く筧(かけひ)の水清(きよ)み稀なる人の飲みて帰るなり 

 (以下7首は昭和23年刊の『山下水』から。疎開した郷土の群馬県吾妻郡川戸の作品。)

 s-農道徘徊用長靴20190613
 私の「夏草の露」対策は長靴。早朝の農道散歩用。農道の草々は朝露しとど。耐水性の運動靴でもびっしょりと濡れ、やがて靴下まで沁みてくる。ということで、田植えにも使えるという長靴を購入。軽くて耐水性抜群。靴底はちょっと薄いが、農道を歩くには問題なし。この写真から12枚目のクロネコまでは、朝の農道で撮った。

 はしばみの青き角(つの)より出づる実を嚙みつつ帰る今日の山行き

 s-シラサギ20190613
 シラサギ。

 この谷や幾代(いくよ)の飢えに痩せ痩せて道に小さなる媼(おうな)行かしむ

 s-ゴイサギ♂20190613
 ゴイサギ♂。繁殖期には後頭に白い冠羽が3本伸びる。足の長い小型ペンギンみたいに見えるけど、首を伸ばせばサギ科というのも頷ける。

 少数にて常に少数にてありしかばひとつ心を保ちて来にけり

 s-ゴイサギ♀20190613
 こちらはゴイサギ♀。

 今日もかも春日(はるひ)に歩む父を見る南遠く子を戦死せしめたり

 s-アオサギ20190613
 アオサギ。

 (もも)どりの競へる中にひびきとほる斑鳩(いかるが)の声に村は静まる

 s-ヨシキリ20190613
 以下、ヨシキリ3葉。

 にんじんは明日蒔けばよし帰らむよ東一華(あずまいちげ)の花も閉ざしぬ 

 *「東一華」はキンポウゲ科イチリンソウ属の多年草。

 s-ヨシキリ②20190613

 結局は小さなるこ国土(くにつち)と谷をゆき来の汽車の笛きこゆ

 s-ヨシキリ③20190613

 六年耕すくぬぎが下の菜畑にかれ葉のこして移り来にけり

 *以下、昭和42年刊の『青南集』から。収録された作品は、東京の青山に帰住した27年から、約10年間のもの。

 s-キジ20190613

 そこと思ふ海も海の上の島山も月の光はただほのかにて

 s-ワタゲ20190613

 月にゆく船の来たらば君等乗れ我は地上に年を数へむ

 s-夏草20190613

 栗をめでまつたけめでつつ此の夕べ老の二人の眼は涙なり

 *以下、昭和59年刊の『青南後集』から。近しい人々の死を悼んだ歌が多い。

 s-なんだよ20190613
 朝の農道徘徊の途中で、クロネコに遭遇。私の前を歩いていく。私が「ミャー」と言うと、振り返って「なんだよ」と言わんばかりに一睨みして、スタスタと歩いて行った。

 この夕べ澄みたる空に手をのばす藤の蔓には行く方もなく

 s-ヒメイワダレソウ20190613
 以下の写真は還太郎植物園の近況。ヒメイワダレソウ。これは200ポット植え付けた。

 頑の老はいづくぞ白き額(ぬか)やはらかく七十年前の手の下に似て

 *以下は昭和57年に92歳で亡くなった妻テル子を悲しむ挽歌。

 s-ユウゲショウ20190613
 ユウゲショウ。2輪だけ咲いている。

 黒髪の少しまじりて白髪のなびくが上に永久のしづまり

 s-スミレ20190613
 先日までのホトケノザに代わり、いまはスミレが全盛。ユウゲショウの写真に写っている黄色や紫はスミレ。

 さまざまの七十年すごし今は見る最もうつくしき汝を柩に
 
 s-アジサイ②20190613
 アジサイも咲き出した。

 袷には下着重ねよとうるさく言ふ者もなくなりぬ素直に着よう

 s-山桜桃目の実20190613
 山桜桃梅(ゆすらうめ)の実。いずれ赤く色づく。植木屋さんからは、「サクランボみたいになります。鳥除けの用のネットを張った方がいいですよ」とのアドバイスがあった。果樹を植えた目的は野鳥を呼び寄せるためであったのだが、「結構おいしいですよ」と言われて、Amazonでネットを買ってしまった・・・。
 6/23、いつも植物名を教えていただいているS先輩から「ユスラウメには白実種もあるよ」とのコメントを頂いた。ネットで調べたら、「6月には実は赤く色づく」と書かれており、もう少し実の色の変化を観察しようと思っていた。そうしてたら、今朝6時過ぎに植木屋の松吉さんから電話。「シロミノユスラウメでした。もう食べられます。」とのこと。さすがS先輩 \(^o^)/ 。

 今日、某所で会社の大先輩と偶然会った。先方は、「あの・・・、もしかして還太郎さんですか?」とおっしゃる。「そうです」と返事すると、「似ているとは思ったけれど、顎のあたりがシャープになって別人かと思ったよ」とのこと。その先輩と一緒に仕事をしたのは10数年前。ということは、私の顎はそのころ既にかなりふくよかだったのか・・・。 朝は農道散歩、昼は野良仕事の毎日がいいみたい。晩酌の焼酎の量は減っていないのだけれど。

 連日のヨシキリ撮影に満足している還太郎です。皆さまも、お健やかにお過ごし願います。今日はこれから飲み会で~す。


 

夏山之 木末乃繁尓 霍公鳥 鳴響奈流 聲之遥佐 (大伴家持)

 夏山の 木末(こぬれ)の茂(しげ)に 霍公鳥(ほととぎす) 鳴き響(とよ)むなる声の遥(はる)けさ

 夏山の、梢の茂みで霍公鳥があたりに響くように鳴いています。その声がはるか遠くまで聞こえています、の意。今年のタイトルは万葉集から。

 今回の短歌は『現代短歌集成』(角川学芸出版)から。作者名の次の数字は西暦の下2桁で、発表年を示す。

 川ふたつ注げるところ豊里の葦の入江によしきりの鳴く (江畑耕作・85)

 s-ヨシキリ20190604
 ヨシキリ。多分、オオヨシキリ。還太郎のアパートの西側は水田地帯。そこの休耕田の藪が、野鳥の住処。ヨシキリ、ウグイス、カモ、スズメ、ツバメ、キジ、カラス等々。結構賑やか。一度だけだが、カッコーの鳴き声を聞いたこともある。

 身に近く大葦切の一つ啼く潟の面しきり風渡るとき (溝淵英子・96)

 s-ヨシキリ②20190604
 とりわけヨシキリの鳴き声は喧しいほど。カメラを持たずに散歩しているときは近くまで寄れるのだが、カメラを持っていると早々に隠れてしまうので、なかなか撮れない。この日は、目立ちたがり屋さんなのか、撮れと言わんばかりに鳴き続けていた。

 午前二時川原葦原暗くして葦切鳴けり 神は人の影 (高野公彦・00)

 s-ヨシキリ③20190604
 ヨシキリは本当に午前2時には鳴いている。深夜に目覚めてしまったとき、思わず自分の耳を疑った。

 六月のもの思(も)うも憂き雨の日は胸のあたりに古墳が眠る (渡辺松男・97)

 s-黄色の花20190604
 キショウブ(アヤメ科)。

 ピンはずしとびたたむとする青き蝶みなづき若葉の光の大地 (木造美智子・02)
 
 s-つる性植物20190604
 クズ(葛)かな。 ボタンヅル(キンポウゲ科)。

 欠け朽ちて鰧(おこぜ)のやうになりませる飛鳥仏の顔おもひ出づ (前川佐美雄・71)

 s-四方仏②2019064
 以下は還太郎植物園にて。野鳥の水場にしようと、庭に据え付けた四方仏の蹲踞(つくばい)。四方仏は「しほうぶつ」とも「よほうぶつ」とも言うらしい。石の各側面に仏像が彫られている。

 普賢菩薩祈りてゐます合掌の中に小さき闇のありぬべき (稲葉京子・06)

 s-四方仏とエサ台20190606
 竹を二つに割った餌台も作成。楽して野鳥を撮ろうという魂胆。庭にあるトイレの窓、或いは弟の部屋の縁側から写真が撮れる位置に蹲踞と餌台を設置。

 会者定離愛別離苦とみ仏はほんとのことを告(の)らして術(すべ)なし (中原綾子・60)
 
 s-新顔20190602
 庭に一輪だけ咲いている。意図的に植えたものではない。なんだろう? 黒い実?も怪しい。6/25、追記。「クロホオズキ」らしい。ホオズキはナス科ホオズキ属。こちらはナス科オオセンナリ属。

 (よし)と言ひ葦(あし)と呼ばれて湖岸の水無月直く雨期に入りゆく (安永蕗子・03) 

 s-黄色の花20190606
 オトギリソウかな。 コボウズオトギリ(オトギリソウ科)。

 水無月のあはきゆふぐれ机(き)の上にひんやりひかるあれは爪切り (落合けい子・02)

 s-観葉植物20190607
 これは観葉植物と思っていたが、今年は見事な花を咲かせたのでビックリ。コバノギボウシ。

 父の日の父を見にきて帰りたる長子、坂東太郎を越ゆらむ (今野寿美・04)

 s-観葉植物③20190607
 
 最近の出来事。①何年振りか分からないが、体重が80kgを切った。私の顔を見て、ある人は貧相になったと言い、ある人は精悍になったと言う。②一週間ほど前、池に鯉の稚魚(10~12cm)を10匹放した。餌を食べず、餓死してしまうのではないかと危惧していた。それが、昨日から餌を食べるようになった。 ③築60年の実家の土台や柱の防腐剤塗布を開始。3日目ともなると、防腐剤を壁に垂らすことも少なくなり、なかなかの出来栄えと自画自賛。母屋はほぼ終了したが、母屋と同程度のサイズの物置はこれから。

 皆さま。梅雨入りしましたね。ピチピチチャプチャプランランランと元気に過ごしましょう。

不時 玉乎曽連有 宇能花乃 五月乎侍者 可久有 

 時ならず、玉をぞ貫(ぬ)ける、卯の花の、五月を待たば、久しくあるべみ (詠み人知らず)

 今年のタイトルは万葉集から。「まだその時期ではないのに、卯の花が咲く五月を待っていたら、とても待ち遠しくなってしまいます」の意。五月に花の実を糸に通して薬玉(くすだま)を作って、健康を祈る風習があったとのこと。薬玉は五月玉とも言われていた。

 今回は短歌は休み。以下、朱字で記載したのは、森下典子著『好日日記』からの抜粋。全編、ゆっくりと味わいながら読んだ。

  どこかへ行こうとしなくても、日本は季節をめぐっているのだ。(中略) 私たちは、季節を追い抜いて先へ進むことも、逆らって同じ季節にとどまることもできない。いつも季節とともに変化して、一瞬の光や、樹々を吹きすぎる風に心を立て直し、降りしきる雨音に身を任せて自分を癒したりしているのだ。(中略) 私たちは季節のめぐりの外ではなく、元々、その中にいる。だから、疲れたら流れの中にすべてをあずけていいのだ・・・・・。

 s-紫の花20190512
 マツバウンラン。 

 5月も最終日となってしまい、慌ててブログを作製。
 昨日は、機械と一緒に歩いて操作する草刈り機で、初めて作業。乗用の草刈り機は高価だし、足腰の鍛錬のためにはと思って購入。耕作していない畑は、雑草がある程度伸びたらトラクターで耕耘していたが、雨が降るたびに土が流される、特に冬季は土埃が舞うことから、雑草を根元から数cm残して刈れる草刈り機とした。うまいこと刈れたのではあるが、結構疲れる。今回の写真は実家の周りの光景。

 花も見ずに、なんのために生きる。(中見出し)
目黒川は、一瞬、雪かと見紛う景色だった。土手の黒土が、降る花びらでどこまでも真っ白に埋まっていた。花盛りの枝は、どっさりと雪をかぶったように重たげで、幾重にも重なる枝々の下をゆっくりと人波が移動していく。見上げれば、空を埋め尽くすような花の天井。行けども行けども桜だった。橋の上から見下ろすと、川面は花びらで白く、切れ切れの花筏となって流れていく。


 s-ボタン②20190512
 ボタン。

 春になれば、至る所で草が芽吹き、いっせいに花が咲く。そんなこと、誰もが幼い頃から当たり前だと思って暮らしている。だけど、ある日、まぶしい若葉を見て、卒然として気づくのだ。私たちはものすごく不思議なことに囲まれ、それを不思議とも思わず暮らしているのだということに・・・・・。
 
 s-ボタン20190512
 ボタン。
 
 梅花薫徹三千界(ばいか、くんてつ、ざんぜんかい・禅語)         
 禅語は色々な解釈があるので、ご興味のある方はお調べ願う。

 s-ハルジオン20190512

 清流無間断(せいりゅう むかんだん・禅語)

 s-ホトケノザ群落②20190530
 家の前の畑の果樹・花樹園はホトケノザの群生地に。まるで意図的に植えたみたい。スズメ、ヒヨドリ、ムクドリ、カラスに加えてキジも来訪。

 池の上を、初夏の風が撫でるにようにサーッと渡っていった。柳の枝が大きくそよぎ、水面でさざ波がキラキラ光り、睡蓮の葉が風にめくれた。その葉の間を、親に引率されたカルガモの雛の黄色い艦隊がスイスイ泳ぐ。青鷺が飛んできて、池の中の棒杭にとまった。ウシガエルの声が「ブー、ブー」と聞こえる。命の盛んな季節だ。
 
 s-紫の花20190530
 バーベナの一種。
 
 青梅はかわいく滑稽で、なんとなくエロチックだ。ふっくら丸くて、お尻みたいに割れている。産毛に覆われ、靄って見える。手のひらにころんと載せて眺めていると、なんだか指先がムズムズしてきて、ギューッと握りしめたい衝動に駆られる・・・・。

 s-エゴ20190529
 いまはエゴの花が咲いている。
 
 ふと目を上げると、庭が明るい。いつの間にか雨があがって、庭の木立の間に、鋭い光がさしていた。水やりの後のように、木々の葉が輝いている。椿の葉は玉のように照り、ドウダンツツジや土佐水木の青葉の先で、雫が光っている。庭の飛び石に、少し水が溜まって光が反射していた。水屋に立った時、ざわざわーっと、庭の柿の葉が揺れ、水引のか細い茎がいっせいにお辞儀した。襟足を風が通り過ぎ、スーッと汗が引いた。

 s-スイレン20190530
 こちらはビオトープを目指している約24㎡の池。スイレンが順調に育っている。6株植えた。

 気持ちよく晴れた日の午後、近所に住む友人と二人で、公園の池のまわりを散歩した。民家の庭に白いタチアオイが咲き、塀を這うノウゼンカズラの蔦に、明るいオレンジ色の花が咲いていた。カルガモの子は、すっかり大きくなって、親と同じ羽の色になり、睡蓮の花の間や橋の下を、我が家の庭のように泳ぎまわっていた。一家が通った水面には泳跡が広がり、風が吹くと水草がたなびいた。

 s-金魚20190530
 金魚も50匹放流。

 翌日、小荷物を受け取りに、郵便局に行った。途中、土手の上にある古いお屋敷の庭から、萩の枝が滝のように枝垂れているのを見た。道沿いに、散りこぼれた赤紫色の小さな花々がピンクのたまりを作っていた。崖をこんもりと覆う葛(くず)の大きな葉も、風にヒラヒラとめくれ、そのたびに陰に咲いている赤紫の花穂がちらりと見えた。今の自分が、季節のめぐりのどこにいるかを明確に感じた。それはカレンダーや時計が刻む数字ではない。心の時間だ。

 s-メダカ20190530
 メダカは100匹。金魚もメダカもペットショップで買うと高い。ネットで「餌用金魚・メダカ」を入手。

 水掬月在手(みずをすくえば、つき、てにあり・禅語)

 s-メダカ②20190530
 ホテイアオイなど、水草も10種ほど揃えてみたが、割と高価。あとは自然に繁殖するのを待つことに。それなりになるには3年ほどかかるかな。

 5月にして、真夏日や猛暑日とは・・・。皆さま、ご自愛専一に願います。

水(みな)伝ふ 磯の浦みの 岩つつじ もく咲く道を またも見むかも

(みな)伝ふ 磯の浦みの 岩つつじ もく咲く道を またも見むかも(日並皇子宮舎人)

 今年のタイトルは万葉集から。水辺の岩に咲いているつつじが見えるこの道を、また見ることができるのだろうか、の意。日並皇子(ひなしみのみこ)の死を悲しんで舎人(とねり)たちが作った歌。

 今回の短歌は、5/4の日経新聞・歌壇から。

 春ですね そよ風吹いて水温み道行く人はマスクしている (多摩・田中章子)

 s-柿新葉20190502
 5/2、柿の新葉。

 「久しぶり今度飯でも」「是非、是非」とこの手の会話は実現しない (東京・菊田裕)

 s-白い花20190502
 庭先や道路脇にどんどん増えている白い花。ベツレヘムの星。

 ケンケンパの残されし輪をゆっくりと通りすがりに跳んでゆきたり (愛西・坂元二男)

 s-白い花②20190502
 同、アップ。

 日本語の意の変遷当節は第三者とは代弁者指す (阪南・岡本文子)

 s-紫の花③20190502
 こちらもどこでも見られる。以前はなかった花。温暖化のせい?

 耕運機を白鷺が追ふ春がきぬ畦道あまた軽トラ並ぶ (香南・中山昇喜)

 s-紫の花20190502

 もっと手を繋げばよかったたっぷりとしたその感触を思い出せない (京都・中尾素子)

 s-黄色の花②
 この花も庭先で増殖中。花期も長い。灯台草。

 この峡にただ一軒の父の家家を継げとも言はず逝きたり  (島根・重親利行)

 s-黄色の花20190502
 同アップ。

 乙姫に「息苦しくはないですか?」聞かれてもがく竜宮の夢 (白井・毘舎利道弘)

 s-ツツジ20190502
 見頃になった庭先のツツジ。

 犯人が名指しされてるラストから見てストーリーを推し量る昼 (東京・田中有芽子)
 
 s-トキワマンサク・白20190502
 トキワマンサクの白い花。赤い花に遅れること2週間。

 ウォーキングの老女の両手よく見れば鉄アレイ握ってゐてギョッとする (甲府・村田一広)

 s-ザクロの新葉20190502
 燃えるような赤い新葉はザクロ。

 あたらしい元号は令和に決まりけり子らにまみれてはっさく剥きおる (甲斐・富田野花)

 s-ヒメジオン20190503
 ハルジオン。

 きょう冬を終えた母からメールあり<春の帽子を買いました>とう (平塚・風花雫)

 s-カモ20190503

 夢のなか私は猫になっていた漱石先生の書斎へと入る (仙台・松原独鳳)

 s-フジ20190503

 どの人も肩、腰、膝をさすってる整形外科の春のひだまり (浜松・奥村美和)

 s-菜の花20190503

 ゆうぐれを堰きとめるうにバレッタで髪を纏めてキッチンに立つ (東京・鈴木美紀子)

 s-ウグイスかな20190504
 ウグイスの声を聞きながらの野良仕事の毎日。一度は撮ってみたいと、朝飯前に耕作放棄地の藪に出掛けた。望遠レンズ3000mmで撮影。確かにウグイスの声がする方向にレンズを向けて撮ったのだけど、カメラのモニターで見たときはモズかなと思った。帰宅してパソコンで画像を確認すると、モズに似ているが、もしかしてウグイスかも・・・と。

 母が手で洗っていたのはクリスマスの夜にお菓子を入れる靴下 (宇治・清原茂樹)

s-モズ20190503
 こちらは前日に撮影したモズ。尾の部分が切れているのが残念。

 戦後には豊かさ知らぬ子の遊び路地の先まで日の暮れるまで (横須賀・浜田節子)

 s-春爛漫20190504
 こんな光景もいいね。

 雨の降る気配は分かる ぼんやりといつ止むのかが分からず過ごす (東京・仲原佳)

 s-白い花20190504
 ハコベ。ナデシコ科ハコベ属の総称。花弁は5弁であるが、根元近くまで深く2裂するため10弁に見える。世界に約120種あり、日本には約18種ある。(Wikipediaによる)

 本人ののぼり背負いて本人を証す人あり黄砂降る日に (上尾・菅原玲子)

 s-シャクヤク②20190504
 まだ蕾の赤いシャクヤクボタンかな。
 
 もう十分悲しんだからわが友よ仕合はせになれ亡き人のため (京都・佐藤嘉彦)

 s-シャクヤク20190504
 白いボタンは満開。ボタンとシャクヤクの花はよく似ている。同じボタン科ボタン属。しかもこの2つの花の英語名は「peony」。つまり英語圏の国では区別されていない。
 見分けるポイントは「葉」。ボタンは葉にツヤがなく、大きく広がり、先が3つに分かれている。一方、シャクヤクは葉にツヤがあり、葉の先にギザギザはない。全体的に丸みもあるとのこと。(Wikipediaより)

 連日好天、しかも庭先も里山も花、花、花・・・。昨日は朝飯前にウグイスを狙って徘徊、その後、畑や畦道の雑草刈り。午後は実家の物置の整理。そんなことをしている中、同級生が自宅敷地内の山野草を持って来てくれたり、近所に住む別の同級生がぶらりとやってきて、物置から出た大量のゴミ出しについてアドバイスしてくれたり。

 ではまた。皆さま、お健やかにお過ごし願います。 

山吹の咲きたる野辺のつぼすみれ此の春の雨に盛りなりけり (高田女王)

山吹の咲きたる野辺のつぼすみれ此の春の雨に盛りなりけり (高田女王)

 今年のタイトルは万葉集から。いわきは今、ヤマブキもスミレ(タチツボスミレ)も満開。

 今回も短歌は『現代の短歌』(篠弘編・東京堂出版・2012年1月10日刊)から。作者は佐藤佐太郎。明治42年宮城県生まれ。斉藤茂吉に師事。昭和62年、77歳没。

 苦しみて生きつつをれば枇杷の花終りて冬の後半となる 

 s-エンドウ豆の花20190419
 エンドウソラ豆の花。以下、新緑の山と桜以外はほぼ庭先・畑の花々。

 われひとりめざめて居たりかかる夜を星の明りといはばいふべし
  
 s-八重ヤマブキ20190419
 八重のヤマブキ。

 あたたかにみゆる椎の木に近づきて椎の木の寒き木下(こした)をよぎる

 s-白い小さな花20190419

 みづからの光のごとき明るさをさげて咲けりくれなゐの薔薇
 s-八重スイセン20190419
 八重のスイセン。

 わが胸のうちに涙のごときもの動くと人に言ひがてなくに
 s-アジサイ新葉20190420
 アジサイの新葉。

 貧しさに堪ふべき吾はもだしつつ蝌蚪(くわと)ある水のほとりを歩む

 s-梨の花20190420
 ナシの花。

 はるかなるものの悲しさかがよひて辛夷(こぶし)の花の一木(ひとき)が見ゆる
 s-サクラ20190420

  街上のしづかに寒き夜の靄われはまづしき酒徒(しゅと)にて歩む

 s-白い花20190420

 あらはれて幾ところにも水湧けり音あるいずみ音なき泉
 s-赤い花20190120

 いつよりといふけじめなく幼子の音たしかにて階段を踏む
 s-黄色の花20190420

 すさまじきものとかつては思ひしか独笑(ひとりわらひ)をみづからゆるす

 s-ヒメジオン20190420

 とりかへしつかぬ時間を負う一人ミルクのなかの苺をつぶす
 s-陽光20190428

 さく薔薇の土に影おくかたはらに老いて愁の多きは何か
 s-何これ20190428

 午睡する老いし形を妻はいふみづから知らぬあはれの一つ
 s-ヤエザクラ紅20190428

 アンコール・ワットの濠にほてい葵の花うごかして水牛沈む
 s-ヤエザクラピンク20190428

 手につつむ真玉(またま)のごときものありて生くる一年さやかにあらな

 s-赤い花②20190429

 えにしだは黄の花をどる枝垂れてゆききのわれの愁を知らず
 s-新緑②20190429

 珈琲を活力としてのむときに寂しく匙の鳴る音を聞く
 s-新緑20190429

 われの眼は昏きに馴れて吹く風に窓にしきりに動く楤(たら)の葉

 s-紫の小さな花20190429

 杖をつく人いくたりか道に逢ふわれに似てこころよき対象ならず
 s-紫の花④20190429

 わが視力おとろへしかば両足の爪を切るときその爪見えず
 s-紫の花③20190429

 屋根の霜みるみるうちに融けゆくを冬のわかれと謂ひて寂しむ
 s-ハナミズキ20190429
 ハナミズキ。

 冬ながら暖かき日のつづきゐる段落ひとつ黄の銀杏ちる
 s-トキワマンサク20190429
 トキワマンサク。

  おのづから星宿移りゐるごとき壮観はわがほとりにも見ゆ
 s-スミレ20190429
 スミレ。

 その枝に花あふれ咲く雪柳日々来るわれは花をまぶしむ
 s-シャクヤク20190429
 シャクヤクの蕾。

 佐伯一麦の『山海記(せんがいき)』(講談社・2019年3月20日刊)を読んだ。帯の惹句は以下の通り。「海は割れ、山は裂けてその相貌を変える。はざまに堆積していく人びとの営みの記憶、それを歴史というのではないか・・・・・。東北の震災後、水辺の災害の痕跡を辿る旅を続ける彼は、締めくくりに 3.11 と同じ年に土砂災害に襲われた紀伊半島に向かう。道を行き、地誌を見つめて紡ぐ、入魂の長編小説。現代日本における私小説の名手が描く、人生後半のたしかで静謐な姿。」

 野山は花々で充ち溢れていますね。昨日(4/9)、阿武隈山系の林道をドライブ。八重・枝垂れ桜、山吹、菜の花、雪柳が満開! 無住の住居もそここにあり寂しい光景のところもあるものの、陽光の中に花々が咲き競い、桃源郷のようだった。
 
 おかげさまで拙ブログも300回目を迎えました \(^o^)/ 。 皆さま、お健やかにお過ごし願います。

時ごとに、いやめづらしく、八千種に・・・(大伴家持)

 時ごとに、いやめづらしく、八千種(やちくさ)に、草木花咲き、鳴く鳥の、声も変らふ、耳に聞き、目に見るごとに、うち嘆き、萎(しな)えうらぶれ、偲(しの)ひつつ、争ふはしに、木(こ)の暗(くれ)の、四月(うづき)し立てば、夜隠(よごも)りに、鳴く霍公鳥(ほととぎす)、いにしへゆ、語り継ぎつる、鶯(うぐひす)の、現(うつ)し真子(まこ)かも

 あやめぐさ、花橘(はなたちばな)を、娘子(おとめ)らが、玉貫(たまぬ)くまでに、あかねさす、昼はしめらに、あしひきの、八つ峰飛び越え、ぬばたまの、夜はすがらに、暁(あかとき)の、月に向ひて、行き帰り、鳴き響(とよ)むれど、なにか飽き足らむ

 四季ごとにますます色々な草木が花咲き、鳴く鳥の声も変わってきます。耳に聞き、目に見るたびに心を奪われ、どれがいいかと思っていると、木の暗いところは四月になると、夜が更けてから鳴く霍公鳥は、昔からの言い伝えにあるように、鶯が育てた愛しい子なのかも。

 あやめぐさ、花橘を少女たちが玉に貫く(五月の端午の節句)まで、昼はずっと山の峰々を飛び越えて、夜はずっと暁の月に向かって行き来し、鳴き響きますが、どうして飽きることがありましょう。 

 
 s-青い花20190402
 今回の写真は、8枚目のサクラ以外はすべて庭先の光景。ツルニチニチソウ。

 s-鳩のバトル20190404
 鳩首会談と思いきや、左右の♂が真ん中の♀に求婚中。左の♂が勝利。

 s-トサミズキ20190404
 トサミズキ。

 s-スイセン②20190404
 スイセン。

 s-スイセン20190407
 スイセン。

 s-花壇20190407

 s-ボケ20190407
 ボケ(木瓜)。

 s-サクラ20190409

 s-シダレザクラ20190409

 s-赤い花20190409
 ハナカイドウ。

 s-ユスラウメ20190409
 ユスラウメ(山桜桃梅)。

 s-黄色の花20190409
 ペチコートスイセン。

 s-ハナモモ20190409
 ハナモモ。

 s-ハナモモ②20190409
 同じくハナモモ。

 今回、短歌はお休み。野菜の苗の育成・定植、実家の裏ヤブの土留め工事(業者さんに依頼)等々でやや繁忙。そのほかに300㎡ほどの畑の雑木林化PJも開始。数々の花樹・果樹(かじゅかじゅのかじゅ・かじゅ)PJ? です。

 皆さまもどうぞお元気で、春をお楽しみ願います。

片岡之 此向峯 椎蒔者 今年夏之 陰尓将化疑 (詠み人知らず)

 片岡の この向つ峯に 椎蒔かば 今年の夏の 陰にならむか (詠み人知らず)

 (真夏の日差しには参るから) 片岡の向こうの峯に椎を蒔いたならば、今年の夏は木陰になるだろうか (吾が恋の成就はなるかな) の意。片岡は奈良県北葛城郡王寺町から香芝市志都美地方にかかる地域。

 今年のタイトルは万葉集から。そして、短歌は『現代の短歌』(篠弘編・東京堂出版・2012年1月10日刊)から。この本には100人の歌人・3,840首が採られている。今回は斎藤茂吉、明治15年、山形県上山(かみのやま)生まれ。精神科医。写生論を広義に拡大し、内面的な苦悩や幻想的な美をつかむ。昭和28年、70歳で没。

 このくにの空を飛ぶとき悲しめよ南へむかふ雨夜(あまよ)かりがね

 昭和24年4月刊の『小園』から。いちずに戦時体制に協力した茂吉は、敗戦によって「沈黙」を強いられる。ここから6首はいずれも戦後の作品で、疎開して戦後も住んでいた上山で詠んだもの。

 s-サクラ芽吹く20190401
 今回の写真はすべて4/1勿来の関にて。桜の様子を見に行ったのだが、全体としてはまだまだ。

 くやしまむ言(こと)も絶えたり爐のなかに炎のあそぶ冬のゆふぐれ

 s-ヤマザクラ③20190401

 秋晴のひかりとなりて楽しくも実りに入らむ栗も胡桃も

 茂吉の高弟の柴生田稔(明治大学文学部部長)は、この頃の茂吉の和歌を次のように評価している。「茂吉の生涯を通じて最高の位置に位するものではあるまいか。そこにはただ、高く澄んだ悲しみの調べだけがある。<楽しくも>と言って、無限の悲哀を伝えてくる。敗戦の苦痛の中に、茂吉はかうした悲歌を後世にのこしたのであつた。」

 s-ヤマザクラ20190401

 ひむがしに直(ただ)にい向ふ岡にのぼり蔵王の山を目守(まも)りてくだる

 目のまへに並ぶ氷柱にともし火のさす時心あたらしきごと 

 s-ヤマザクラ④20190401

 雪ふぶく丘のたかむらするどくも片靡(かたなび)きつつゆふぐれむとす

 s-白い花②20190401
 
 蔵王より離(さか)りてくれば平らけき国の真中(もなか)に雪の降る見ゆ 

 この歌から昭和24年8月刊の『白き山』から。茂吉は金瓶村から北方の大石田に転居。岡井隆の評は次の通り。
 「その蔵王から離れて、更に北方へ流されていく自己流謫である。大歌人として、愛国歌人として、名をうたはれた茂吉は、寂しい、みじめな敗北者として、北方へ流れて行く。雪は、ここでは茂吉をとりまく状況のきびしさの象徴なのである。
 
 s-鳥20190401
 ツグミかな。

 臥処(ふしど)よりおきいでくればくれなゐの罌粟(けし)の花ちる庭の隈(くま)みに

 s-白い花20190401
 アセビ。

 わが病やうやく癒えて歩みこし最上の川の夕浪のおと 

 s-新葉20190401

 近よりてわれは目守(まも)らむ白玉の牡丹の花のその自在心

 s-新葉②20190401

 秋づくといへば光もしづかにて胡麻のこぼるるひそけさあり

 s-紫の花2010401
 ショウジョウバカマ。

 かりがねも既にわたらずあまの原かぎりも知らに雪ふりみだる
 
 s-何かな②20190401

 運命にしたがふ如くつぎつぎに山の小鳥は峡(かひ)をいでくる

  s-ツバキかな20190401

 これからの3首は、昭和29年2月刊の『つきかげ』から。

 もろ膝をわれは抱きて山中にむらがる蝉を聞きゐたり
 
 s-なにかな20190401

 暁の薄明に死を思ふことあり除外例なき死といへるもの

 医師・歌人であった上田三四二は。この歌を下記のように評している。
 『つきかげ』中屈指の秀歌であり、全歌集に照らしても記憶されるべき一首であろう。厳粛に死という事実に向きあい、怖れつつ、その前に頭を垂れている。 この頃より茂吉の体調は一段と衰えを加え、死の近いこと自覚するに至っている。

 s-キブシ20190401
 キブシ(木五倍子)。

 老いづきてわが居る時に蝉のこゑわれの身ぬちを透りて行きぬ

 以下、おまけ。
 (かけはし)久美子著『原民喜・死と愛と孤独の肖像』(岩波新書)を読んだ。原民喜は1905年広島生まれ。1945年、疎開していた広島で被爆。戦後次々と作品を発表。原爆の悲惨さを描いた「夏の花」は水上瀧太郎賞受賞。

 小説家安西寛子は「広島が言わせる言葉」の中で、次のように書いている。
 
 うろたえぬ目、とまどわぬ耳。悲惨を、残酷をあらわし訴えようとした人々からとかく見過されやすかった広島、締め出されやすかった広島がそこにあり、わたしはその配合に緊張し、また温まる。(中略)
 原民喜は、貴重な資質と意志とによって、意味づけのない広島を遺し得た稀有の人である。眩しく恐ろしい人類の行方についてのあらゆる討議の前に、一度は見ておかなければならないもの、一度は聞いておかなければならないものがここにある。

 今晩(4/2)のいわきの気温は2~3℃、明け方は1℃との予報。昼も寒かった。皆さま、温かくしてお過ごしください。
 

霞立野上乃方尓 行之可波 鶯鳴都 春尓成良思 (丹比真人乙麻呂)

 霞立つ野の上(へ)の方(かた)に行(ゆ)きしかば鶯鳴きつつ春になるらし。(たじひのまひとおとまろ) 

 今年の短歌は万葉集から。「霞が立つ野の上の方に行ってみると、鶯が鳴いていた。春になったのだな。」の意。

 さて今回の写真はラン(蘭)。数日前、いつも植物名をご教示いただいているS先輩からメールをいただいた。下の写真は、そのメールに添付されていたS先輩のラン温室。週末は在宅していることが多いので、いつでも見にきていいよとのこと。S先輩のお住まいは還太郎のアパートから徒歩30歩・・・。昨日(3/21)、早速見学させていただいた。

 s-2019011301s-.jpg

 さて、写真を撮らせていただき品種名を写真下に記載したが、虎の巻はS先輩が自ら刊行された『洋蘭解説』正・続・別冊。194種のランの解説、写真は約500枚。似たものも多いので合っているか否か・・・。

 今回の短歌は『現代の短歌』(篠弘編・東京堂出版・2012年1月10日刊)から。この本は、100人の歌人の和歌3,840首を載せている。今回は葛原妙子さんの和歌。葛原さんは明治42年東京・本郷生まれ。昭和60年没。「生をめぐる不安や原罪意識を探る」と紹介されている。

 あやまちて切りしロザリオ転がりし玉のひとつひとつ皆薔薇

 s-ラン⑳20190321
 デンドロビウム ブラクテオスム。

 美しき球の透視をゆめむべくあぢさゐの花あまた咲きたり

 s-ラン⑱20190321
 ドリテノプシス MSピンク モモ。 

 胡桃ほどの脳髄をともしまひるわが白猫に瞑想ありき

 s-ラン⑰20190321
 シンビジウム ドクターL.F.ホーキンソン ピートモント品種は不明(S先輩からご教示あり)。

 乳白にかたまり合へる牡蠣の身に柑橘のするどき酸を絞りぬ

 s-ラン⑯20190321
 デンドロビウム サギムスメ。 
 
 星と星かち合うこがらし ああ日本はするどき深夜

 s-ラン⑫20190321
 エピデンドロム スペシャル・バレー スプリング・ベル。

 かの黒き翼掩ひしひろしまに触れ得ずひろしまを贄(にへ)として生きしなれば

 s-ラン⑪20190321
 エピカトレア レーン マルケス フレーム スワロー。

 うすらなる空気の中に実りゐる葡萄の重さははかりがたしも

 s-ラン⑨20190321
 アングレクム レオニス。

 飲食(おんじき)ののちに立つなる空壜のしばしばは遠き泪の如し

 s-ラン⑧20190321
 デンドロビウム フォーミディブルスノーレディー。

 明るき昼のしじまにたれもゐず ふとしも玻璃の壺流涕す

 s-ラン⑦20190321
 デンドロビウム ロセイぺス。

 卓上に塩の壺まろく照りゐたりわが手は憩ふ塩のかたはら

 s-ラン⑤20190321
 ミニカトレア レリア ルンディ。 レプトテス ビカラー。

 疾風はうたごゑを攫(さら)ふきれぎれに さんた、 ま、 りあ、 りあ、 りあ

 s-ラン③20190321
 調査中。 マキシラリア バリアピリス。 

 つくつくぼふし三面鏡の三面のおくがに啼きてちひさきひかり

 s-ラン2420190321
 エピカトレア キョウグチ ハッピー フィールド。

 ひるしづかケーキの上に粉ざたう見えざるほどに吹かれつつをり

 s-ラン2320190321
 セロジネ クリスタータ アルバ。

 ひえびえとかひこの毒を感ぜしむ絹の衣ながく纏へる汝(なれ)

 

 s-ラン2220190321
 シンビジウム ドロシー・ストックスチル フォアゴットンフルーツ。

 水の音つねにきこゆる小卓に恍惚として乾酪(チーズ)黴びたり

 s-ラン2120190321
 デンドロビウム アグレガツム マジュス。

 山羊の小屋わづかにひらき雪つもる 女性(にしょう)のごとく山羊はをりたり

 s-ラン①20190321
 デンドロビウム ピエラルディー。

 厨のくらがりにたれか動きゐて鋭きフォークをしばしば落せり

 おまけ。庭のモクレンが満開。今年は霜害も受けず、きれいに咲きそろった。 

 s-モクレン20190322

 春の農作業も忙しくなってきた。カブ、ホウレンソウ、カボチャ、レタス等々の発芽・成長は順調。タマネギの苗も雨不足で育ちが遅れていたが最近はグングン成長。イチジクの挿し木も20本ほど完了。今日はひしめき合っているネギを掘り起こして、1本当たり20cm程の間隔をとって移植。これから分結してどんどん増えるらしい。ウグイスの日に日に上手くなる鳴き声を聞きながら、野良仕事に精を出している。

 皆さま、元気にお過ごし願います。

あれは偽りのことばにすぎない、と。

 今回は短歌はお休み。3月上旬、詩人齋藤貢(みつぐ)さんが、『夕焼け売り』(思潮社・2018年10月1日刊)で「現代詩人賞」を受賞。齋藤さんは1954年、福島県生まれ。友人に薦められて拝読したが、心を打たれた。東日本大震災、ことに原発事故による被災がどういうことであったのか。常磐道を仙台まで下ると、沿道には「空虚」としか言いようのない光景が広がり、除染された土を入れた黒いフレコンバッグが山積みになっている。「復興は着実に進んでいる」と聞かされるたびに違和感を覚える私は、齋藤さんの詩によって、その違和感の正体を見た。 2編紹介させていただく。

     s-夕焼け売り

「夕焼け売り」

 この町では
 もう、夕焼けを
 眺めるひとは、いなくなってしまった。
 ひとが住めなくなって
 既に、五年余り。
 あの日。
 突然の恐怖に襲われて
 いのちの重さが、天秤にかけられた。

 ひとは首をかしげている。
 ここには
 見えない恐怖が、いたるところにあって
 それが
 ひとに不幸をもたらすのだ、と。
 ひとがひとの暮らしを奪う。
 誰が信じるというのか、そんなばかげた話を。

 だが、それからしばらくして
 この町には
 夕方になると、夕焼け売りが
 奪われてしまった時間を行商して歩いている。
 誰も住んでいない家々の軒先に立ち
 「夕焼けは、いらんかねぇ」
 「幾つ、欲しいかねぇ」

 夕焼け売りの声がすると
 誰もいないこの町の
 瓦屋根の煙突からは
 薪を燃やす、夕餉の煙も漂ってくる。

 恐怖に身を委ねて
 これから、ひとは
 どれほど夕焼けを胸にしまい込むのだろうか。

 夕焼け売りの声を聞きながら
 ひとは、あの日の悲しみを食卓に並べ始める。
 あの日、皆で囲むはずだった
 賑やかな夕餉を、これから迎えるために。

     s-明け方20190225


「辱められている」

 ああ必ず帰らねばならぬと、みずからに言い聞かせながら     
 あああああああああ あああ火に燃える街を迂回して     
 ああああああああああ あああああ苦しみの土地を抜けた。    

 ああああああああああああなにが大地を激しく揺らすのか。    

 ああ あああああああああああああああああ揺れの果てに     
 あああああああああああ震えているものが、海を溢れさせ     
 ああ ああああああ真夜中、高い火柱があかく空を染めた。  

 あ ああああああああああああ小雪混じりの冬空を覆って
 ああ ああああああああああああああああ震えているのは 
 ああああああああああああああああこころばかりではない。
 あああ ああああああああああああああこの世の果てまで 
 あああああああああああああ地上のすべてが震えている。
 ああああああああああ茂みに隠れて、鳥は空を飛ばない。
 あ あああ地に身を沈めて、獣はじっと息をひそめている。

      s-蕗の薹20190316

 あ あああああああああああああああどこか遠いところから 
 あ ああああああああゆがんだ大地の悲鳴が近づいてきて 
 あ あああああああああああああああああ地軸が小刻みに 
 あ あああああああああこころとからだを震わせてやまない。
 あ ああああああああああああああ息を震わせてやまない。

 あ ああああああああああああ襲ってくるただならぬ気配に 
 あ あああああああああああここにいてはならぬと促されて 
 ああ あああああひとは、いくつもの町や村を駆けぬけた。
 ああああ あああああ あああこの世で何が起きているのか 
 ああああああああああああああそれすらもわからないまま 
 あああああ ああああああああああああああ北を目指して 
 ああああああ ああああひとは、いくつもの山と川を越えた。
 ああ ああ なんども問いを反芻し、自問をくりかえしながら。

     s-モクレン20190316

 いったい誰に。
 そして、何のために。
 わたしたちはかくも試されねばならぬのか、と。

 あ あああああああああああああああああああああかつて 
 ああ あああああああああああこの地に撒かれた火の種は 
 あああああ破壊されることのない頑丈な容器に納められて 
 あああああああああああああ人の暮らしの安寧を約束した。
 ああああああああああああああああ未来永劫、永遠に、と。

 ああああああ約束はわずかな地の塩と米をもたらすだろう。

 あ ああ幾重にも防御された容器と方形の建屋のまわりで 
 あああああ あああああひとはうぶすなに祈り、土地を耕す。
 夕焼け小焼けの集落に日は沈み、地に撒かれた火の種は 
 あああああああああああふたたび朝のひかりを運んでくる。

 あああああああああああああああささやかな願いを託して 
 ああああ ああああひとは草のように地べたに生きるだろう。
 あ ああああああああああああああ日々の暮らしの傍らで 
 ああああああ歳月はつつましい約束のように訪れるだろう。
 
 あっ、山河が小刻みに震えて。
 あっ、安寧が突如破られて。
 あっ、あっ。
 あの日。
 
      s-ボケ②20190316

 あ ああああああああああああああああああああ火の種が 
 ああ ああああああああああ頑丈な容器から溶け落ちて 
 ああああ あああああああああああああ地にばらまかれた 
 あああああああああああ見えない恐怖の、むすうのかけら 
 ああああああああああああああ危うさが約束の地を揺らす。
 あああああ ああああああああ震えて縮みあがった土地に 
あああああああああああ ああああ唐突にもたらされたのは 
 ああああああ ああああああああああああ得体の知れない 
 ああああああ あああああああああああああああ地の恥辱 
 あああああああ ああああああああああああああ海の恥辱 
 あああああああ ああああああああああああああ空の恥辱 

 わかっていたはずなのに
 永遠などどこにもない、と。
 気づいていたはずなのに
 あれは偽りのことばにすぎない、と。

 あああああああああああああああああああ見捨てられて 
 あああああああああああああああああ不安に膝を抱えて 
 ああああああああああああああああああ恐怖におびえて 
 ああ ああああどれほどひとは眠れぬ夜を過ごしただろうか。
 あああああああああああああ火柱につつまれた祭壇には 
 あああああああああああむすうのいけにえが差し出されて 
 あああ あああああ海辺にはうずくまったまま息絶えたひと 
 あああああああああああああああああってはならぬことが 
 あああ あああああああああここではいたるところでおきた。

 ああ あああああああああああいのちが置き去りにされて。
 あああああああああああああああひとの暮らしが奪われて。
 あああ ああああああああこころをいくたびも引き裂かれて。

 なぜだろう。
 ここでは
 ひとであることが、辱められていて。

 いまもなお
 あたりまえに、ひとであることが辱められていて。

      s-スイセン20190316

 文芸評論家の粟津則雄氏は、齋藤さんのこの詩集に下記のことばを寄せている。

 齋藤貢さんのことばには、読む者の感情をことさらにかき立てるようなところはまったくない。彼は不思議な虚心をもって人や物や出来事をあるがままに迎え入れる。その凝視の底からある沈黙のしみとおったことばが身を起こすのである。

 今回はここまで。皆さま、お健やかにお過ごし願います。

石激 垂見之上乃 左和良妣乃 毛要出春尓 成来鴨 (志貴皇子)

 今年のタイトルは『万葉集』から。 原文は、石激 垂見之上乃 左和良妣乃 毛要出春尓 成来鴨 〔いわばしる 垂水(たるみ)の上の さ蕨(わらび)の 萌え出づる春に なりにけるかも〕。「岩を流れる滝のほとりのワラビが芽を出してくる春になったんですね」の意。

 今回の短歌は「セーラー服の歌人 鳥居」(岩岡千景著・KADOKAWA・2016年2月10日刊)から。「鳥居」は小学生の時に母が自殺、小学校中退、施設での虐待、ホームレス生活・・・、拾った新聞で字を覚えたという。歌人としては「鳥居」という姓だけを名乗り、名はない。

 いつの日も空には空がありました母と棺が燃える真昼間
 
 s-水温む20190305
 今回の写真は全て3/5、2日間続いた雨が上がった春日部・内牧公園。7時過ぎから約1万歩の散策。

 対岸に灯は点りけりゆわゆわと泣きじゃくる我と川を隔てて

 s-菜の花20190305
 ナノハナ。 (青字の植物名は全てS先輩からご教示いただいた。)

 風鈴を窓辺の箱にしまい終えその箱の崩れやすさを思う

 s-春の日射し20190305
 トウジュロ。

 標準語強いられるとき転校は味方のいない街へ行くこと

 s-春20190305
 オランダミミナグサ。

 あおぞらが、 妙に乾いて、 紫陽花が、 あざやか なんで死んだの

 s-枯葉と新葉20190305

 枯れた葉を踏まずに歩く ありし日は病に伏せる母を疎(うと)みし

 s-枯れ葉と新芽20190305

 書きさしの遺書、 伏せて眠れば 死をこえてあいにおいでと 紫陽花が咲く

 s-柿裸木20190305

 理由なく殴られている理由なくトイレの床は硬く冷たい

 s-果樹園の前20190305
 ニラ。

 爪のないゆびを庇(かば)って耐える夜 「私に眠りを、絵本の夢を」

 s-雨上がり⑧20190305
 コブシかな? 

 永遠に泣いている子がそこにいる「ドアにちゅうい」の腫れた指先

 s-雨上がり⑦20190305
 オオイヌノフグリ。

 朝焼けを坂の上から見送れば私を遠く避ける靴音

 s-兵馬俑20190305

 警報の音が鳴り止み遮断機が気づいたように首をもたげる

 s-雨上がり⑥20190305
 ナズナ。

  夜の海に君の重みを手放せば陶器のように沈みゆく首

 s-雨上がり⑤20190305
 ノボロギク。

 ひたひたと廊下を歩く ドアがあく イスに座って 被害を話す

 s-雨上がり④20190305
 スイバ。

 刃は肉を斬るものだった肌色の足に刺さった刺身包丁

 s-雨上がり③20190305

 海底にねむりしひとのとうめいなこえかさなりて海のかさ増す

 s-雨上がり②20190305

 壊されてから知る 私を抱く母をしずかに家が抱いていたこと

 s-雨上がり20190305

 大きく手を振れば 大きく振り返す 母が見えなくなる曲がり角

 s-テリハノイバラ20190305

 体温計くわえて窓に額つけ「ゆひら」とさわぐゆきのことかよ (穂村弘)

 「寒い冬の日。家の中の暖かい部屋で、体温計をくわえた病み上がりの子どもが窓に額をつけ、目を見開いて『ゆひら(ゆきだ)』と騒いでいる。それをそばで見ている父が『ゆきのことかよ、なーんだ』という顔をして眺めている・・・。そんな温かい家庭の光景が頭のなかに広がりました。そして、幸せな気持ちになりました。」(本文から) この一首との出会いで、鳥居は短歌に興味を持ったとのこと。

 洪水の夢から昼にめざめれば家中の壜まっすぐに立つ (吉川宏志)

  『一首の中に死と美しさ、そして違和感がない果てしない広がりを持っていることに感銘を受けた。』とも。

 鳥居は2012年、全国短歌大会で佳作入選。2016年、『キリンの子』を上梓、2017年、現代歌人協会賞を受賞。
 また、2012年ころより、自らが形式的には中学校卒業者であるが、実質的には小学校中退状態であること、義務教育を学び直したくとも学べない境遇の人がいることを伝えるため、取材などの公共の場ではセーラー服を着用している。鳥居のこの活動などを受け、2015年7月には文科省が形式卒業者を夜間中学校で受け入れるよう全国の教育委員会へと通知した。
 セクシャルマイノリティ向けに「虹色短歌会」、生きづらさを抱えた人のために「生きづら短歌会」などを行う。(Wikipediaより)

 さて、還太郎は農業簿記3級講座を無事終了。2018年度の試験問題に挑戦したら、100点満点⁉ 。但し、自宅でテキストと問題集を参考にしながら。電卓で加減乗除の計算をすると何度やっても合わないので、パソコンの計算ソフトも使用。
 果樹の育成中の経費は「育成仮勘定」という科目で資産として扱い、果樹の出荷を始めたら「減価償却費」としてコスト計上することなど、農業ならではの簿記を学び、楽しい講習だった。テスト本番は7/7。それまでには大方忘れてしまうのではと危惧・・・。

 皆さま、もう3月ですね。水も温み始めました。いい季節を楽しみましょう。どうぞ、お元気で。 

 
 

酒坏に梅の花浮け思ふどち飲みての後は散りぬともよし

 酒坏(さかづき)に梅の花浮け思ふどち飲みての後は散りぬともよし (万葉集・大友坂上郎女)

 今年のタイトルは万葉集から。「思ふどち」は相思う人々、親しいものどし、心の合った者どうし。

 今回の短歌も『ぼくの短歌ノート』(穂村弘、講談社、2015年6月15日刊)から。不思議な感覚の歌、見たままの歌、笑ってしまう歌などなど。

 マウンドにコーチ・内野手駆け寄れば我も行かねばテレビの向かふに (川西守)

 s-千葉の海201902
 @房総・平砂浦。

 動き初むる汽車の窓よりわれを見し涙とび出さんばかりの眼なりき (筏井嘉一)

 s-照葉樹林①201902
 照葉樹林が2月の陽を浴びて輝く。

 噴水は疾風にたふれ噴きゐたり 凛々(りり)たりきらめける冬の浪費よ (葛原妙子)

 s-照葉樹林②201902

 渇きたる砂に半ばうづもれて貝殻はみな海の傷持つ (大西民子)

 s-照葉樹林③201902

 名を呼ばれしもののごとくにやはらかく朴の大樹も星も動きぬ (米川千嘉子)

 s-照葉樹林④201902

 たちまちに君の姿を霧とざし或る楽章をわれは思ひき (近藤芳美)
 
 s-照葉樹林⑤201902
 マサキ。 (青字の植物名はS先輩から御教示ただいた。)
 
 さりげなくさしだされているレストランのグラスが変に美しい朝 (早坂類)

 s-照葉樹林⑥201902
 ヤマハゼかな?

 湯口より溢れ出でつつ秋の灯に太束(ふとたば)の湯のかがやきておつ (宮柊二)

 s-照葉樹林⑦201902

 約束を残したまま終わっていくような別れがいいな、月光 (杉田菜穂)

 s-照葉樹林⑧201902
 ヌマスギに絡む蔦植物。

 スカートをはいて鰻を食べたいと施設の廊下に夢が貼られる (安西洋子)

 s-照葉樹林⑨201902

 草つぱらに宮殿のごときが出現しそれがなにかといえばトイレ (小池光)

 s-照葉樹林⑩201902
 カクレミノ。 (次も)

 ボールペンの中身のインクが見えるのに書けないいらだちぐるぐるをかく (吉田洋和)

 s-照葉樹林⑪201902

 さくらさくらいつまで待っても来ぬひとと 死んだひととはおなじさ桜 (林あまり)

 さて、今回は長い「おまけ」。偶然に、東日本大震災をテーマにした作品を3冊続けて読んだ。

      s-本201902 
 
 先ずは、前号でも紹介した乙川優三郎の『太陽は気を失う』(文春文庫)。書評家江南亜美子氏は、次のように解説している。

 この作品では、里帰りする初老の女性が登場する。かつて暮らした東北の海沿いの町には、老いて一人暮らしをする母がいる。この帰省の目的は、母親の見舞いに加え、ひと月前に四十六歳で亡くなった、知的障害者でもあった幼馴染の起則くんの墓参りにもあった。

 老母のおつかいに応えてスーパーに出かけようとしたとき、大地震が起きる。余震もつづくなか、津波に備えて自力での歩行も困難な母と少しでも高いところへ逃げようとするが、その行動は捗々しくはいかない。そして避難所へ。交通網も寸断され、不便と不安のつのる慣れない避難所暮らしにあって、逗子にいる彼女の夫との会話が挿入される。

 〈「地震と津波で家はめちゃくちゃよ、母と避難所にいるの、食べるものがないし、もう一度大きな地震が来たらここも危ない、あなたから東京の姉に電話して、車で助けに来るように言って」(中略)「あの人は苦手だ、話したくない」「お願い、そんなことを言っているときじゃないでしょう、母もいるのよ」「金は借りたのか」そのとき地面が揺れて、私の芯のあたりも揺れた〉

 じつは、この里帰りには、借金の申し込みという隠されたもうひとつの目的があったのである。しかもその借金は夫のふがいなさと見栄に起因するものだ。・・・・

 地縁が薄れていても起則くんのことは忘れなかった「私」が、過酷な被災状況にあって、夫の他者性に直面する。親の無力さにもまた。彼女はこの瞬間、時間が堆積して形作られてきた自分自身の「生」を、むなしく感じたことだろう。しかしそれに打ちひしがれただけではなく、夫との決別をも決意する。フィクションの力で、ある登場人物の人生がそこにまざまざと立体的に立ち上がるというのはひとつのマジックのようなものだが、それが可能になったとき、その物語は特定の場所や時代〈この作品なら3.11〉というくびきから解かれる。これがわたしやあなたの物語であってもなんら不思議ではない、という普遍性を獲得するのである。 

 二つ目は佐伯一麦(さえきかずみ)の『空にみずうみ』(中公文庫)
 
 この作品は、2014年6月23日から2015年5月26日まで、読売新聞夕刊に連載したもの。舞台は仙台。作家の小山田浩子氏の解説は次の通り。

 震災は日本中に大きな影響を与えたが、言うまでもなくその心理的な濃淡はさまざまであり、亡くなった人、亡くした人、家を失った人、そこにある土地に足を踏み入れられなくなってしまった人、電気や物資の不足に困った人、ボランティアに行った人行けなかった人行きたくなかった人・・・・・・それら全てに届く言葉などあるはずもない。当事者が発した言葉なら正しいわけでもないし誰かからのいたわりや鼓舞の言葉が暴力になる場合もある。・・・・

 作者はずっと自分の人生や生活と重なる作品を書いてきた。だから、「日常」を書くというのは作者のこれまでの作品と共通する姿勢ではある、が、本作ではそれらよりさらに細やか静かな描写、現実離れして感じられるほどもの柔らかな会話が選択されているように思える。
 それによって、作者の、自分はこうして (どんなことがあったあとであろうとも) 「日常」に淡々と向かい続けるのだ、それを作品にし続けるのだ、というむしろ激しいほどの決意と努力を読者は感じることになる。どんな災厄が起ころうと、それからも人は生きていかなければならない。震災を克服すべきものとして対峙するのではなく、顔を背けるのでもなく、目を向け耳を傾けじっと向き合い続ける。そして作者は、花を見たり木に触れたり水たまりを見つけるたびに、それにまつわる作家や詩人の文章を思い出し読み返す。

 覚悟のもと日常を生きていくとき、自然の移ろいに目を留め文学作品を紐解くのは単なる癒しや慰めにとどまらない。それは大きな事態を前にともすれば狭くなりがちな視野を広げるための、自分自身の心の基盤となる。「日常とは時間を取り戻すことなのかもしれません。」という言葉通り、人間の生活とはまた違ったリズムで繰り返される自然の営みへ研ぎ澄ました五感で向き合うこと、心の中に生きているさまざまな人々の声と融和すること、そしてそれを日々作品として書くこと。作者は日常を、その中に震災も含まれている日常を、受け止め生きようとしている。


            s-本②201902
             
 三作目は安東量子の『海を撃つ』(みすず書房)。以下は、本著の裏表紙の紹介文。

 著者は、植木屋を営む夫と独立開業の地を求めて福島県いわき市の山間部に移り住む。震災と原発事故直後、分断と喪失の中で、現状把握と回復を模索する。

 放射線の勉強会や放射線量の測定を続けるうちに、国際放射線防護委員会 (ICRP) の声明に出会う。著者はこう思う。「自分でも驚くくらいに感情を動かされた。そして、初めて気づいた。これが、私がいちばん欲しがっていた言葉なんだ、と。『我々の思いは、彼らと共にある』という簡潔な文言は、我々はあなたたちの存在を忘れていないと明確に伝えているように思えた。」

 以後、地元の有志と活動を始め、SNSやメディア、国内外の場で発信し、対話集会の運営に参画してきた。「原子力災害後人と土地の回復とは何か」を掴むために。事故に対する関心の退潮は著しい。復興・帰還は進んでいるが、「状況はコントロールされている」という宣言が覆い隠す、避難している人びと、被災地に住まう人びととの葛藤と苦境を、私たちは知らない。

 地震と津波、それに続いた原発事故は巨大であり、全体を語りうる人はどこにもない。代弁もできない。ここにあるのは、いわき市の山間部に暮らすひとりの女性の幻視的なまなざしがとらえた、事故後7年半の福島に走る亀裂と断層の記録である。 

 還太郎は、「農業簿記3級」の講座の受講を昨日から開始。1回3時間を6回。受講料はテキスト代のみ。昨年の受講者が全員合格して資格を取得したと聞いて安心して始めた次第。資格取得のための受験は運転免許以来かな。頭の体操中 ❢

 皆さま、お健やかにお過ごし願います。
 
 

今さらに 雪降らめやも かぎろいの 燃ゆる春へと なりにしものを

 今年のタイトルは『万葉集』から。この歌の意は、「陽炎(かげろう)の燃え立つ春になったのに、なんで今さら雪なんか降るのだろう、もう雪なんてたくさんだよ」(作者不詳)。

 今回の短歌は『ぼくの短歌ノート』(穂村弘、講談社、2015年6月15日刊)から。不思議な感覚の歌、見たままの歌、笑ってしまう歌などなど。

 よくわからないけど二十回くらい使った紙コップをみたことがある (飯田有子)

 s-ウメ20190203
 
 あのこ紙パックジュースをストローの穴からストローなしで飲み干す (盛田志保子)

 s-ウメ20190204

 10分後賞味期限が切れる肉冷凍庫に入れて髪乾かす (田中有芽子)

 s-ウメ②20190204

 昼なのになぜ暗いかと電話あり深夜の街をさまよふ母より (栗木京子)

 s-サザンカ20190204

 父のなかの小さき父が一人づつ行方不明になる深い秋 (小島ゆかり)

 s-スイセン20190204

 銀杏を食べて鼻血が出ましたかああ出たねと智恵子さんは言う (野寺夕子)

 s-ボケ20190203

 「オレオレ」とまた電話あるは金持ちの様なわが名の所為なのだろう (大成金吾)

 s-ホトケノザ20190204

 あ、http://www.jitsuzonwo.nejimagete.koiga.kokoni.hishimeku.com (荻原裕幸)

 s-モクレン20190204 (1)

 コマーシャル挿入されてわれは消ゆ生命保険に笑む小家族 (大塚寅彦)

 s-ロウバイ20190203

 月を見つけて月いいよねと君が言う  ぼくはこっちだからじゃあまたね (永井祐)

 s-ロウバイ20190204

 「おぢいちゃんしぬまでながいきしてください」誕生祝いは孫からの文 (鉄本正信)

 s-枯れ花20190204

 どうこうと思うなけれど曾孫は「ばあちゃん、男か女か」と聞く (香城清子)

 s-枯れ花②20190204
 
 お一人様三点限り言われても私は二点でピタリと止めた (田中澄子)
 
 s-枯れ椿20190204

 「扉のむかうに人がゐるかもしれません」深夜のビルの貼紙を読む (清水良郎)
 
 s-枯草20190204

 えーえんとくちからえーえんとくちから永遠解く力を下さい (笹井宏之)

 「エーエンと口から」鳴き声がしているのかと思ったが、数回読むと「永遠解く力」が繰り返されていると気づく。

 s-枯葉20190204

 白鳥はふっくらと陽にふくらみぬ ありがとういつも見えないあなた (渡辺松男)

 s-白鳥20190204
 近くの蛭田(びんだ)川にて。最近は白鳥も飛来している。

 ねたらだめこんなところでしんじゃだめはやぶさいっしょにちきゅうにかえろう (田中弥生)

 満身創痍で地球に帰還した、小惑星探査機「はやぶさ」への呼びかけの歌。

 s-野鳥と鯉20190204
 同じく蛭田川。鯉と野鳥が共存。水の色も柔らかくなってきた。

 北浦和 南浦和 西浦和 東浦和 武蔵浦和 中浦和と無冠の浦和 (沖ななも)

 s-葉20190204

 誤植あり。中野駅徒歩十二年。それでいいかもしれないけれど (大松達知)

 s-新葉20190204

 いつの日のいづれの群れにも常にゐし一羽の鳩よ あなた、でしたか (光森裕樹)

 s-寒桜③20190207
 寒桜かな。@館山市。

 妻を得てユトレヒトに今は住むといふユトレヒトにも雨降るらむか (大西民子)

 著者の穂村弘は、作者(大西)に近い人から、「ユトレヒト」は虚構、と聞かされショックを受けたとのこと。曰く「かつての夫の再婚が事実の場合、地名だけをそこまで劇的に変えてしまうことはちょっと考えられない。そう考えてしまった私は、現実をドラマ化する大西ワールドの凄みを改めて痛感させられた」。

 s-寒桜②20190207

 雨の県道あるいてゆけばなんでしょうぶちまけられてこれはのり弁 (斉藤斎藤)
 
 s-寒桜20190207

 硝子戸に鍵かけてゐるふとむなし月の夜の硝子に鍵かけること (葛原妙子)

  s-富士山20190208
 東京湾アクアラインの「海ほたる」から富士山を望む。
 
 畳のヘリがみな起ち上がり讃美歌を高らかにうたふ窓きよき日よ (水原紫苑)

 いわきは6日は雨だった。今年初めての雨では? 明日は雪との予報。雨でも雪でも降ってくれないと、畑がカラカラでタマネギの苗が育たない。

 皆さま、温かくしてお過ごし願います。


 以下、おまけを二つ。一つ目は『僕の短歌ノート』で読んだ塚本邦雄の随筆。

 私の家を含む東大阪市一部の電話は三年ばかり前に局番が變わった。(略)新局番は七四五、これと六二六二を組合わせて、舊番號も霞むばかりの名作を捏(でつ)ち上げねばならぬ。長考十分、すなはちでき上つたのは「梨五つ浪人六人國を出る」である。

 頃は元祿、さる大名の姫君が天竺(てんぢく)渡りの梨の木に始めて生つた實を、日頃寵愛の文武容色いづれ劣らぬ六人の若侍に與へようとしたが、生懀その數五つ。ここに端を発して御家騒動が起る。波瀾萬丈、紆余曲折の後六人は祿を棄てて出奔する。

 いとも舊めかしいロマンスで恐縮ながら、「國を出る」とは、「浪人六人=六二六二」までダイヤルし終ると、お呼び下さった私が電話口に出る、すなはち「邦雄出る」が懸けてあるのが味噌。ありの実・浪人・亡命から成る三題噺は、各人の好みでいかやうにも創作しつつ電話いただきたいものだ。
 (「菜葉煮ろ煮ろ」から。)

二つ目。 乙川優三郎 『太陽は気を失う』 (文春文庫 2018.9.10刊)から。

 常磐線が大津港から北へ県境を越えて間もない小さな駅の近くに細い川の流れがあって、土手の道を歩いていくと海であった。途中には百年は持つと言われた実家があり、海辺には発電所と墓地があった。私の帰郷の目的はひとり暮らしの老母を見舞い、一月前に亡くなった知人の墓へ参ることであった。

 短編14話の文庫本の第一話の冒頭が上記の文章。いま私がいる街である。この日の午後、主人公は東日本大震災に遭遇する。私も、その日はいわきに居たので、身につまされつつ読了。乙川優三郎は、オール讀物新人賞、時代小説大賞、山本周五郎賞、直木賞、中山義秀賞、大佛次郎賞、芸術選奨文部科学大臣賞(「太陽は気を失う」で)等々を受賞。

若の浦に 潮満ちくれば 潟を無み 葦辺をさして 鶴鳴き渡る

 今年のタイトルは『万葉集』から。

 若の浦に 潮満ちくれば 潟を無(な) 葦辺(あしべ)をさして (たづ)鳴き渡る。山部赤人。

 「若の浦に潮が満ちてくると干潟が無くなり、葦の生えている岸辺に向かって、鶴が鳴きながら飛んでいく」の意かな。潮が満ちて来て干潟が隠されるという悠久の自然を示す表現。満ち潮の動きに伴って、鳴きながら鶴が岸辺へ移動するという冬ならではの一コマ。

 今回も短歌は『昭和万葉集秀歌 【三】 四季・自然』(講談社現代新書・上田三四二編、昭和60年1月刊)から。作者名の後の数字は昭和何年の、或いは昭和何年何月の発表かを示す。

 嶺を覆う杉生(すぎふ)にまなこ凝らす時げにかすかなる秀(ほ)のゆらぎみつ (三好直太・48.10)
 
 s-阿武隈山系20190113
 阿武隈山系。中央奥の三角形の山は朝日山(標高797.3m)かな。冬の晴れた日には富士山が見えるらしい。その左手前は仏具山(607.5m)かな。山頂に通信用設備がかすかに見える。

 夜ふけし寒さに木の裂くる杉の木のするどき音は峡(かひ)にひびくも (大滝進保・49.3)

 s-勿来関20190114
 以下7葉は@勿来の関。

 蒼蒼(あおあお)と山たたなはる月の夜を雪かがやかす天(そら)の蔵王は (野地曠二・17.1)

 s-勿来関②20190114

 天つ日ははろかにさせり雪原のむかうに青き甲斐の山見ゆ (胡桃沢勘内・23)

 s-勿来関③20190114

 沫雪(あわゆき)のほのぼの白き晨(あさ)あけに巣にすむ鳥はささやき交わす (木山みさを・51)

 s-勿来関④20190114

 うち晴るる雪の野に舞ふ白鷺の羽のひかりは天(あめ)にまぎれぬ (木俣修・17)

 s-勿来関⑤20190114

 流れくる吹雪に真向(まむ)くしまらくは鶏(かけろ)もまなこ閉ぢて佇(た)ちゐつ (木俣修・17)
 
 s-勿来関⑥20190114

 波うてるかたちとどめて夜の吹雪荒れしづまりしこの明るさや (梶井重雄・49)

 s-勿来関⑦20190114

 冬の日といへども一日(ひとひ)は長からん刈田に降りていこふ鴉ら (佐藤佐太郎・41)

 s-野菜20190117
 いまはブロッコリー、カリフラワー、春菊、葉タマネギを出荷。ブロッコリーとカリフラワーは「根切り虫」の被害甚大で収穫できたのは2割程度かな。野菜は全て無農薬栽培につき、次のシーズンに備えて農薬を使わない根切り虫対策を勉強中。

 北方をとざせる煤のごときもの冬ながくして雲も古りたり (草野久佐男・36)
 
 s-広幅の溝20190118
 これは冬場の土壌作りのひとつ。幅90cm、深さ50cmの広幅の溝をスコップ一丁で掘る。15m×3本を予定。この溝の中に十分乾燥させたやや太い枝、中くらいの太さの枝、細い枝を下から順に積み上げて埋設する。理想的には深さ80cmと某農業誌に書いてあったが、バックホーでも買わないと無理なので50cmで妥協。因みに中古の小型バックホーでも100万円以上する由。
 既に一列は作業を終えたが、0.9m×0.5m×15m = 6.75立米の土を掘出し、埋め戻したことになる。これを比重1.5で換算すると約10 t 。3列で計30 t 。掘出しと埋め戻しで合計60 t か Σ(・□・;)・・・。1週間で終わらせると妻には話したのだが・・・。でも筋肉痛にもなってないし、いけるかな?

 1/14、茨城県天心記念五浦美術館にて『小林恒岳展』をみた。フラッシュを焚かなければ写真撮影OK。むしろ「SNS等で積極的に発信してください」とのこと。
 「小林恒岳(1932~2017)は茨城県を代表する日本画家。長く石岡市や吾国山中腹で暮らした。作品は、小林が自然から感じ取った生命のかがやきとぬくもりを、写実と装飾性を融合させた平明で親しみやすい表現に昇華させ、誰もが共感できる生命賛歌として描き上げたもの。」(美術館のホームページから抜粋) 展示は2/11まで

 s-小林恒岳①
 「蓮池・雲流れる」。

 s-小林恒岳②
 「春の鯉」。

 s-小林恒岳③

 s-小林恒岳④
 筑波山。

 陽射しがあって風が弱い日は、車に乗っているときなどは暖房を止めてしまうほど暖かいのだが、陽射しがなくて風が強いと「東北の湘南」と言われるいわきも当然寒い。この不安定な気候のせいで風邪などひかぬよう、手洗いとウガイ励行の日々。

 皆さまも、どうぞお気をつけてお過ごしください。

新しき 年の初めに 思ふどち い群れて居(お)れば 嬉しくもあるか

 今年のタイトルは『万葉集』から。この歌の意は「新しい年の初めに、気の合った仲間と集まっていられるのは、楽しいものですね。」道祖王(ふなどのおう)作。

 一昨日に続き今日(1/11)も北風が強い。野良仕事は無理そうなので、ブログ用の写真撮りに行こうとしたが、なにせ冬枯れ。絵になる材料がない。はたと思い付いたのが、『いわき市フラワーセンター』。大きな温室がある。

 今回も短歌は『昭和万葉集秀歌 【三】 四季・自然』(講談社現代新書・上田三四二編、昭和60年1月刊)から。作者名の後の数字は昭和何年の、或いは昭和何年何月の発表かを示す。

 岩づたふ鶺鴒の影見れば冬の明りぞ澄みとほりたる (北原白秋・18) 

 s-石森山20190111
 ショウジョウアナナス。 (青字の植物名はS先輩から御教示いただいた)

 風に乗りてくる鉦の音寒修行のひとゆく夜(よは)にやすらぎは充つ (木俣修・33)

 s-石森山②20190111
 アブチロン。

 元朝の牛にいささか餅をやり家族としてのねぎらひをする (大木与一・43.3)

 s-石森山③ヤエサンユウカ20190111
 ヤエサンユウカ。 ブーゲンビリア。

 寒の水あかとき飲みてねむりけり涌井の椿咲くと思ひて (前登志夫・47)
 
 s-石森山④20190111
 カトレア。

 岸よりに鴨はねむれり濠の面(も)はこの降る夜の雪に明るく (木俣修・30)
 
 s-石森山⑤20190111
 ゴクラクチョウカ。

 伐られたる昨日の株に夜の雪はいたはりを積み盛りあがりたる (上田三四二・50)

 s-石森山⑥ネリネ20190111
 ネリネ。

 しづれ落つる雪に揺れゐる郁子(むべ)の実の一つ残りて年を越したり (西村俊一・45) 

 s-石森山⑥の②20190111

 その下に冽(きよ)き地下水はしれりとおもふまで麦の芽がそよぎおり (畑和子・47)

 s-石森山⑥の③20190111
 ビカクシダ。

  丹沢山の出湯の村は十頭の猪(しし)を吊して年迎へたり (鈴木貫介・43)

 s-石森山⑦20190111

 (とほ)つびと、我に告げ来ることのはも みじかかりけり。年のはじめに (釈迢空・23)

 s-石森山⑧20190111

 那智村の山家(やまが)をつつみ降る雪のあたたかにして梅ほころびぬ (中村雅夫)
 
 s-石森山⑨紅梅20190111
 紅梅。

 (にい)どしの標縄(しめ)のかざりのすがしさよものの初めはおごりなくして (今井邦子・13)

 s-石森山⑩20190111

 はつ春の真すみの空に真白なる曙の富士仰ぎけるかも (佐佐木信綱・26)

 s-石森山⑪ヒイラギナンテン20190111
 ヒイラギナンテン。

 (ひ)のやまの檜(ひのき)の雪をふるふおと暁はやくひびきて聞こゆ (伊藤保・31.4)

 s-石森山⑫蝋梅20190111
 ロウバイ。

 貧窮の年は暮れんと厨には吊せし鮭の歯あらわなり (岡部桂一郎・32.2)

 s-石森山⑬20190111
 バラ。
 
 冬ながらこの日だまりに家あれば我が老いにしを憂しとは言はず (内藤濯・53)

 還太郎は66歳になった。ゾロ目の歳を、喜寿(77歳)や米寿(88歳)、白寿(99歳)のように66歳を示す言葉は無いようである。70歳が古希(古来稀なり)なのだから、60代は名付けるまでもないということか。因みに、半寿、卒寿、紀寿、茶寿、皇寿、珍寿、天寿、大還暦・・・などもある由。

 12月のいわきのJA祭の野菜の即売会で、隣に軽トラを並べたご夫婦は80歳代。農作物の価格競争に巻き込まれたくないので、毎年新しい作物に挑戦しているとのこと。荏胡麻や珍しい豆などを販売しておられた。お顔は歳相応とお見掛けしたが、挑戦する気持ちがすごい  ‼

 皆さま、厳寒の砌、ご自愛専一に ❣  

敬頌新禧(けいしょうしんき)


 遅ればせながら、明けましておめでとうございます。今年もよろしくお願いします。

 s-IMG_0382.jpg
 元旦、6時54分、いわき市勿来海岸。妻がスマホで撮影。

 今回のテキストは『ホームレス歌人のいた冬』(三山喬 著、東海大学出版会・2011年3月刊)から。

 (柔らかい時計)を持ちて炊き出しのカレーの列に二時間並ぶ (ホームレス・公田耕一)

 この歌は2008年12月8日、朝日新聞の歌壇に掲載された。 「柔らかい時計」は、スペインの画家ダリの代表作『記憶の固執』に描かれたモチーフ。まるで高熱でとけてしまったのように、段差の上に置かれた時計の盤面は、自らの重みでぐにゃりと折れ曲がっている。別の時計は、木の枝に洗濯物のようにふたつ折れにぶら下がっている。

 ホームレスを名乗る投稿者は、炊き出しの順番を待つ忍耐力をこの比喩で示そうとしたのか。それとも、空腹のなかで時間感覚が溶けるようにひしゃげてしまったさまを歌ったのだろうか。

 s-鮫川河口20190104
 1/4、鮫川河口と太平洋。川の中央部の二つの黒ポチは釣り人。

 鍵持たぬ生活に慣れ年を越す今さら何を脱ぎ棄てたのか

 公田の短歌は、2008年12月~翌年1月にかけて計6首が採用された。朝日歌壇には毎週2,500~3,000首が寄せられる。掲載されるのは4選者の欄に計40首だから、「常連」として読者に認識されるハードルの高さがわかるだろう。公田はその難事をわずか数週間で果たしてしまった。「公田」をテーマとする短歌も掲載され、このあとも長く続く。

 炊き出しに並ぶ歌あり住所欄(ホームレス)とありて寒き日 (武富純一、2008・12・22)

 一日を歩いて暮らすわが身には雨はしたたか無援にも降る 
  
 s-内牧公園20190106
 (以下の写真はすべて1/7・@春日部)

 パンのみで生きるにはあらず配給のパンのみみにて一日生きる

  s-内牧公園②20190106

 親不孝通りと言へども親もなく親にもなれずただ立ち尽くす
 哀しきは寿町と言ふ地名長者町さへ隣りにはあり

 公田の投稿ハガキの消印は「横浜」。寿町も長者町も横浜市中区の地名。公田に関する個人情報はこれだけ。

 s-内牧公園④20190106

 美しき星空の下眠りゆくグレコの唄を聴くは幻 

 1951年、フランスの歌手ジュリエット・グレコが吹き込んだ曲『美しき星の下に』を知る人は、シャンソン愛好家にも少ない。スペインのシューレアリスム画家に続いて、今度は「実存主義の女神」と呼ばれ、銀幕でも活躍した美貌の歌姫である。天声人語氏には、作品ににじみ出る公田の教養が、あまりに深く思えることへの違和感もあったのだろう。「ホームレスという境遇までが『作品』なのか、確かめようはない。知りたくもあり、知りたくもなし。」と戸惑いを綴っている。

 s-内牧公園⑤20190106

 胸を病み医療保護受けドヤ街の柩(ひつぎ)のやうな一室に居る

 囚人の己れが<(ホームレス)公田>想いつつ食むHOTMEALを (郷隼人)
 *郷隼人。アメリカで殺人事件の終身犯として20年以上収監されている日本人受刑者。

 温かき缶コーヒーを抱きて寝て覚めれば冷えしコーヒー啜る

 s-内牧公園⑥20190106

 我が上は語らぬ汝の上訊(き)かぬ梅の香に充つ夜の公園
 *「上」は「身の上」のこと。

 生きていれば詠めるペンあれば書けることを教えてくれたホームレス公田氏 (甲斐みどり)
 
 s-内牧公園⑦20190106

 瓢箪の鉢植えを売る店先に軽風立てば瓢箪揺れる

 2009年9月7日。この日掲載された歌を最後に、公田の作品は朝日歌壇から姿を消す。初掲載から最後の作品までが丁度40週。公田の作品の中に「毎週2首投稿している」という歌があるが、計80首投稿して28首の入選。打率3割5分。朝日歌壇の全体の採用率は2%に満たないわけだから、この「打率」はすさまじい。
  
 s-内牧公園⑧20190106
 *この写真は逆さまではなく、枝が折れて垂れ下がっている姿。

 寒くないかい淋しくないかい歌壇でしか会えぬあなたのしばしの不在 (井村公司、2009・11・16)

 先ほどNHK福島が、いわき市三和町では福寿草が咲き揃っていると紹介。昨年の冬至は12月22日。それから3週間弱であるが、大分日が長くなったような気がする。風の冷たさは増すばかりでも、福寿草も咲き、還太郎宅のヒヤシンスも満開。明日が穏やかな天気ならば両実家の植木に寒肥(かんごえ)を施すかと思案している。草木灰はたっぷり用意してある。さすがに年末年始は野良仕事も休止していたので、腹回りが若干肥大化傾向。明日からは定常運転に復帰する予定。

 皆さま、お健やかにお過ごし願います。

   

崢嶸(そうこう)


崢嶸(そうこう)は、山や谷のけわしさ、人生のけわしさ。今年のタイトルは漱石『草枕』の難解熟語。

 今回は今年撮った写真から。こうして1年間の写真を並べてみると、季節の移ろいとともにいろいろな花々が咲くものだなと改めて感心する。
 今回の短歌は、日経歌壇「2018年の秀作(上)」(12/22・三枝昂之 選)から。

 ほうき、橋、指ぬき、老いの手の一人あやとりそこで終はりぬ (仙台・武藤敏子)

 s-20180101鶴沼
 @神立(土浦市)。
 
 「君たち」を「老人たち」に置きかへてどう生きるかを考へてみる (長野・山口恒雄)

 s-20180107春日部
 @春日部。

 100万回生きたねこから訊くべきは100万回の死の迎え方 (横浜・安西大樹)

 s-201802神立
 @神立。*「百万回生きたねこ」は佐野洋子作の絵本。一匹の猫が輪廻転生を繰り返していく様を描いた作品。200万部超のベストセラー。

 団塊で生まれて働きそして老い社会の重荷と言われる世代 (横浜・森秀人)

 s-201803神立
 @神立。

 いくつかの改竄疑惑を飲み込みて耐へる能吏の家族を思ふ (成田・神部一成)

 s-201803②いわき
 @いわき。

 晩節を汚せるほどに出世せよと励ます親のゐさうな現代 (横須賀・丹羽利一)

 s-201804神立
 @神立。 

 内定にフライングしてルールなど構わず始まる新社会人 (東京・野上卓)
 
s-201804②神立
 @神立。

 総理よりひびく言葉におみなごが今を生きるとおきなわの日 (甲府・内藤富士子)
 
 s-201804③神立
 @神立。

 アンフェアが当たり前だと知ったとき少年時代は終わりとなった (八千代・服部勝) 
 
 s-201804④神立
 @神立。

 煮凝りを割ればふるさと滲みでるどじょっこふなっこもう冬ですね (東京・青木公正)

 s-201804⑤神立
 @神立。

 芽吹きたつ木々のむかふの校舎裏夢ある若きの銀輪並ぶ (横須賀・小知和弘子)

 s-201805いわき
 @いわき。

 帰省して厠に出でて眺めたる砂子のやうな満天の星 (八王子・竹下富子)

 s-201805②いわき
 @いわき。

 此のところ将棋弱いぞ無事なのか病の前科癒えた筈だぞ (千葉・磯崎静夫)

 s-201805③神立
 @神立。

 俺なんか掃除・洗濯・布団干し大谷君よりやること多い (川口・亀山幸輝)
 
 s-201806神立
 @神立。

 一生に一度奇跡の一枚を撮られてみたい篠山紀信に (横浜・橘高なつめ)

 s-201806②神立
 @神立。

 宇宙(おおぞら)は億光年先が見えるのに地下十キロが読めぬ災い (東京・上田国博)

 s-201807いわき
 @いわき。
 
 人生の荒海ばかり渡りつつ凪しか知らぬ顔した希林 (筑紫野・二宮正博)

 s-201807②いわき
 @いわき。

 以下は、日経俳壇「2018年の秀作(上)」(12/22・黒田杏子 選)から。全17句のうち冒頭の5句は今年2月に亡くなった金子兜太を悼む、偲ぶ作品。

 俳鬼神昇り春天賑はへり (下関・粟屋邦夫)

 s-201808いわき
 @いわき。
 
 遺句のごと巖(いわ)に残雪嗚呼兜太 (倉敷・山本一穂)

 s-201809②いわき
 @いわき。

 竜天に登るあなたを忘れない (池田・鈴木みのり)

 s-201809③いわき
 @いわき。

 兜太さん勝手にしのぶ花の宴 (下妻・神郡貢) 

 s-201809いわき
 @いわき。

 蛍烏賊仕えし兜太偲ぶ日よ (東久留米・渡辺誠)

 s-201809④いわき
 @いわき。 

 フクシマの墓前に届く初音かな (千葉・渡部健)
 
 s-雨後20180928
 @春日部。

 八月六日被爆四世の産声 (広島・村越縁)

 s-201809昭和公園
 @昭和公園。

 汝断酒我は禁煙山眠る (国立・松尾丈)

 s-201810②いわき
 @いわき。

 空腹を忘れて居たる原爆忌 (大阪・田村昶三) 

 s-201810いわき
 @いわき。

 街の灯に夏のおとろへ見えにけり (立川・西遥)

 s-201810春日部
 @春日部。

 署名せずカンパもせずに夏ゆけり (東京・野上卓)

 s-201811③いわき
 @いわき。

 「月佳なり」荷風記せし敗戦日 (千葉・鈴木千ひろ)

 s-201811⑤いわき
 @いわき。

 新米の上手に炊けぬこともあり (東京・明惟久里)

 s-201811いわき
 @いわき。

 川越せぬ蜻蛉か橋を渡りゆく (白井・毘舎利道弘)

 s-20181130紅葉
 @いわき。

 眼に深く深く沈めよ冬銀河 (ソウル・金利恵)
  
 s-20181211いわき
 @いわき。

 長く生きそしてひとりの庭花火 (堺・鈴木律夫)

 s-モズ
 @いわき。この一枚だけ2015年5月に撮ったもの。モズの眼つきが険しいのは雛を狙うカラスを警戒しているから。

 拙ブログも289回目となった。読者の皆様に感謝 ‼ 最近はカメラよりも鍬やスコップ、電動工具を持つことがはるかに多い。晴れた日は野良仕事。雨の日は写真撮影には不向き。そんなことで、1ヶ月振りのブログ更新となった次第。

 年末は寒波襲来とのこと。皆さま、くれぐれもご自愛願います。どうぞ良いお年をお迎えください。
 

的皪(てきれき)

「的皪」はあざやかに白く輝くさま。今年のタイトルは漱石『草枕』の難解熟語。漱石は『草枕』では「的皪と光るのは白桃らしい」、『野分』では「明星と見まがう程の留針が的皪と輝いて」、『虞美人草』では「的皪と近江の湖が光った」と使っている。

 今回も短歌は『昭和万葉集秀歌 【三】 四季・自然』(講談社現代新書・上田三四二編、昭和60年1月刊)から。作者名の後の数字は昭和何年の、或いは何年何月の発表かを示す。

 薄雪の降りし街路にアセチレンなげきのごとく点し蟹売る(阪田博義・34.1)

 s-縁側20181115
 11/5、実家の縁側の下を掃除。縁側の下には猫の侵入防止のために網が張られていたのだが、経年劣化であちこちが破れていた。網を撤去し、落葉などを掻き出す。家の西側に8畳間ほどの大きさの池があるせいか、掻き出した土が湿っているので、吸湿のためにゼオライトを敷設。

 霜ばしらくづれて出でし水光り青き万年青(おもと)の根に流れゆく (谷鼎・10.1)

 s-縁側の下補修20181115
 網を張ってもいずれは破れてしまうので、柵を製作。防腐剤を塗布した柵はフックに架けられているだけなので、掃除のときには簡単に取り外せる。ほぼ一日掛かりの仕事となり、完成は16時過ぎになってしまった。馴れていない木工作業にしてはまずまずのできと自画自賛。(柵が撓んでいるのは、ホームセンターで買ってきた板が撓んでいたから。買うときにもっと注意しないとダメだね。)

 澄みとほる朝の日射(ひざし)に冬畑の氷柱かがやき葱の秀(ほ)は燃ゆ (岩間正男・22.3)
 
 s-八つ手20181119
 11/19、夜来の雨も上がり、好天に。以下11葉は庭先にて。ヤツデ。
 
 花蘭(た)けし椿の蔭に孔雀をりいま擾乱(ぜうらん)のうつつに遠き (大野誠夫・46)

 s-水滴20181119
 
 火の国に椿咲きたり乙女らは枝ひきたわめ花の蜜吸ふ (内藤隆義)

 s-ユズ20181119
 今年は不作だったユズ。

 ひろげたる翼しづかにをさめたりさびしき鶴のただ立ちてゐる (川田順・10)
 
 s-ヒイラギナンテン20181119
 ヒイラギナンテン。

 冬雲のなかより白く差しながら直線光(すぐなるひかり)ところをかへぬ (斎藤茂吉・17)

 s-ヒイラギ20181119
 ヒイラギ。

 山の上のこの平けき湖(うみ)の面(も)に照り耀(かが)よひて風の道見ゆ(寺師治人・48)
 
 s-バラ②20181119
 バラ。

 山の間に野火の煙はほぐれつつ藍に濁りて冬山昏(く)るる (田中順二・52)
 
 s-バラ20181119
 バラ。
 
 山ふかき国に生(あ)れたる幸(さきはひ)を雪にこもりて思ふことあり (松井芒人・34)

 s-キク④20181119

 雪ののちもまだ保ちゐて朝あさに落葉する木の赤ならを愛す (上村孫作・46)

 s-キク②20181119

 雪の日のけふのしづまり椿には咲きたる紅(あか)と咲く蕾みゆ(岡部文夫・50)

 s-キク③20181119

 みんなみに鷹わたる日なり佐多岬(さたのみさき) 空の高さよ 海の青さよ (海音寺潮五郎)

 s-キク20181119
 
 むかつ尾の檜山(ひやま)杉山横ざまにしげくも雪の降りはじめたる (川合玉堂・23)

 s-JA祭20181123
 11/23、JA祭の野菜即売会に参加。サツマイモ3種、ネギ、ダイコン、ジャガイモ、シュンギクなど。NHKの朝イチ等でサツマイモが
準完全食であること、お通じの改善効果があることが取り上げられているからか、販売は割と好調で昼前に在庫補充をしたほど。試食品を持参したことも幸いした。会社関係の来場者も何人かいて、「よく似ているなとは思ったが、まさか還太郎さん本人だとは・・・」と驚かれる。(昨夜21時ごろ寝たので、2時半起床。仕方なく、ブログの製作を開始・・・。)

 風が冷たくなりました。皆さま、ご自愛下さいますよう願います。

煦々(くく)たる

 「煦々たる」は、①暖かいさま、②恵みをかけるさま。「煦々たる春日に背中をあぶって」と漱石は書いている。今年のタイトルは漱石『草枕』の難解熟語。

 今回も短歌は『昭和万葉集秀歌 【三】 四季・自然』(講談社現代新書・上田三四二編、昭和60年1月刊)から。作者名の後の数字は昭和何年の、或いは何年何月の発表かを示す。

 やうやくに海面(うなも)に湧きし鰤(ぶり)の群しぶけば網子(あみこ)ら昂(たか)ぶり競ふ (宇田道隆)

 s-菊花20181107
 これ以降10葉は庭先に咲き誇る菊・その他。菊は繁殖力旺盛で、根元から切っても来春には復活する。ほどほどなら根元から切ったりはしないのだけれど、畑にも侵入してくるので厄介。
 
 山すそにわきつぐいづみ村びとは石をたたみて清くたもてり (大野武・50)

 s-菊花20181101

 山にのぼり切なく思へばはるかにぞ遍照の湖青く死にて見ゆ (前川佐美雄・15)
 *「遍照」=広く照らしわたること。

 s-菊花②20181107

 薪塚に凝れる霜をま上より照らしてゐたる月は小さし (佐藤正憲・37.5)

 s-菊花③20181107
 
 ひっそりと白きとむらひ行きにける枯野に淡く雪降りそめつ (永井隆・36)

 s-菊花④20181107

 何にすぐ揺るるみづひきくれなゐの花ひとつづつ秋の風吹く (福田栄一46・)

 s-菊花⑤20181107

 
 何ものの瞬きならん透明の彼方はららかに降りつぐ黄の葉 (高安国世・43.1)

 s-菊花⑥20181107

 つぎつぎと飛びたつ鴨の冬鴨のみなかげ寒し首のべてとぶ (野村清・36)

 s-菊花⑦20181107
 庭のあちこちにこんな光景がある。左奥の赤いのはケイトウ。これまた繁殖力大。一番奥に見えるヒバ、ツゲ、アオキの剪定は植木屋還太郎。
 
 葛城(かつらぎ)のみねに残れる夕明かり木山草山色をわかてり (岩沙政一・47)

 s-ツワブキ20181103
 ツワブキ。

 薄雪の降りし街路にアセチレンなげきのごとく点し蟹売る(阪田博義・34.1)

  s-ツバキかな20181107
 サザンカ。

 つみあげし漬菜の上に降る雨のたそがれ行けばみぞれとなりぬ (和辻照・24)

 s-紅葉20181109
 以下は11/9の田人路。一日雨で野良仕事はお休み。雨降りではあるが、紅葉の具合を見に出かけた。明日晴れたなら、また来ようと思ったほど紅葉の真盛り。雨中の撮影なので画像補正を種々加えた。

 せきばく と ひ は せうだい の こんだう の のき の くま より くれ わたり ゆく (会津八一・15)
 *寂寞と日は招提の金堂の軒の隈より暮れわたりゆく(還太郎の推定漢字訳。招提=唐招提寺)

 s-紅葉②20181109

 草生なく荒々つづく砂礫帯遊べるに似て霧の這ひ来る (礒幾造・50.11)

 s-紅葉③20181109

 小鳥らがつるうめもどきついばみて散り敷く殻にあさあさの霜 (鈴木孝一・49.5)

 s-紅葉④20181109
 
 湿原に点なす二つと見し白の動きはじめぬあはれ二羽鶴 (田中優紀子・46.9)

 s-紅葉⑤20181109

 しぶきふる雨に樹海の中くらし咲ける椿も散れる椿も (佐藤志満・53)

 s-紅葉⑥20181109

 
 草の実のこぼれつくして冬枯れの石につめたく霜おりにけり (大井広・7)

 s-紅葉⑦20181109

 下りてゆく杉の木の間の朝鳥の声の中なる一つ斑鳩(いかるが) (宮本清胤・48.6)

 s-紅葉⑧20181109

 今日読み始めたのは森下典子著『日日是好日』(新潮文庫・平成20年11月1日発行。同30年10月20日29刷)。主人公は大学生時代から25年間茶道を習い続けている。例えば、春の移り変わりを次のように書いている。
 『春は、最初にぼけが咲き、梅、桃、そから桜が咲いた。葉桜になったころ、藤の房が香り、満開のつづじが終わると、空気がむっとし始め、梅雨のはしりの雨が降る。梅の実がふくらんで、水辺で菖蒲が咲き、紫陽花が咲いて、くちなしが甘く匂う。紫陽花が終わると、梅雨も上がって、「さくらんぼ」や「桃の実」が出回る。季節は折り重なるようにやってきて、空白というものがなかった。』
 
 雨の音については、次の通り。
 『十一月の雨は、しおしおと淋し気に土にしみ込んでいく。同じ雨なのに、(六月の雨とちがうのは)なぜだろう。あ ! 葉っぱが枯れてしまったからなんだ・・・。六月の雨音は、若い葉が雨をはね返す音なんだ ! 雨の音って、葉っぱの若さの音なんだ。』

 皆さま、11月も半ばに差し掛かってきます。ご自愛願います。 
プロフィール

kantarou + 6

Author:kantarou + 6
畑や庭での作業を楽しんで、晩酌・早寝・早起きの毎日です。読書やドライブも好きです。

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