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水(みな)伝ふ 磯の浦みの 岩つつじ もく咲く道を またも見むかも

(みな)伝ふ 磯の浦みの 岩つつじ もく咲く道を またも見むかも(日並皇子宮舎人)

 今年のタイトルは万葉集から。水辺の岩に咲いているつつじが見えるこの道を、また見ることができるのだろうか、の意。日並皇子(ひなしみのみこ)の死を悲しんで舎人(とねり)たちが作った歌。

 今回の短歌は、5/4の日経新聞・歌壇から。

 春ですね そよ風吹いて水温み道行く人はマスクしている (多摩・田中章子)

 s-柿新葉20190502
 5/2、柿の新葉。

 「久しぶり今度飯でも」「是非、是非」とこの手の会話は実現しない (東京・菊田裕)

 s-白い花20190502
 庭先や道路脇にどんどん増えている白い花。ベツレヘムの星。

 ケンケンパの残されし輪をゆっくりと通りすがりに跳んでゆきたり (愛西・坂元二男)

 s-白い花②20190502
 同、アップ。

 日本語の意の変遷当節は第三者とは代弁者指す (阪南・岡本文子)

 s-紫の花③20190502
 こちらもどこでも見られる。以前はなかった花。温暖化のせい?

 耕運機を白鷺が追ふ春がきぬ畦道あまた軽トラ並ぶ (香南・中山昇喜)

 s-紫の花20190502

 もっと手を繋げばよかったたっぷりとしたその感触を思い出せない (京都・中尾素子)

 s-黄色の花②
 この花も庭先で増殖中。花期も長い。灯台草。

 この峡にただ一軒の父の家家を継げとも言はず逝きたり  (島根・重親利行)

 s-黄色の花20190502
 同アップ。

 乙姫に「息苦しくはないですか?」聞かれてもがく竜宮の夢 (白井・毘舎利道弘)

 s-ツツジ20190502
 見頃になった庭先のツツジ。

 犯人が名指しされてるラストから見てストーリーを推し量る昼 (東京・田中有芽子)
 
 s-トキワマンサク・白20190502
 トキワマンサクの白い花。赤い花に遅れること2週間。

 ウォーキングの老女の両手よく見れば鉄アレイ握ってゐてギョッとする (甲府・村田一広)

 s-ザクロの新葉20190502
 燃えるような赤い新葉はザクロ。

 あたらしい元号は令和に決まりけり子らにまみれてはっさく剥きおる (甲斐・富田野花)

 s-ヒメジオン20190503
 ハルジオン。

 きょう冬を終えた母からメールあり<春の帽子を買いました>とう (平塚・風花雫)

 s-カモ20190503

 夢のなか私は猫になっていた漱石先生の書斎へと入る (仙台・松原独鳳)

 s-フジ20190503

 どの人も肩、腰、膝をさすってる整形外科の春のひだまり (浜松・奥村美和)

 s-菜の花20190503

 ゆうぐれを堰きとめるうにバレッタで髪を纏めてキッチンに立つ (東京・鈴木美紀子)

 s-ウグイスかな20190504
 ウグイスの声を聞きながらの野良仕事の毎日。一度は撮ってみたいと、朝飯前に耕作放棄地の藪に出掛けた。望遠レンズ3000mmで撮影。確かにウグイスの声がする方向にレンズを向けて撮ったのだけど、カメラのモニターで見たときはモズかなと思った。帰宅してパソコンで画像を確認すると、モズに似ているが、もしかしてウグイスかも・・・と。

 母が手で洗っていたのはクリスマスの夜にお菓子を入れる靴下 (宇治・清原茂樹)

s-モズ20190503
 こちらは前日に撮影したモズ。尾の部分が切れているのが残念。

 戦後には豊かさ知らぬ子の遊び路地の先まで日の暮れるまで (横須賀・浜田節子)

 s-春爛漫20190504
 こんな光景もいいね。

 雨の降る気配は分かる ぼんやりといつ止むのかが分からず過ごす (東京・仲原佳)

 s-白い花20190504
 ハコベ。ナデシコ科ハコベ属の総称。花弁は5弁であるが、根元近くまで深く2裂するため10弁に見える。世界に約120種あり、日本には約18種ある。(Wikipediaによる)

 本人ののぼり背負いて本人を証す人あり黄砂降る日に (上尾・菅原玲子)

 s-シャクヤク②20190504
 まだ蕾の赤いシャクヤクボタンかな。
 
 もう十分悲しんだからわが友よ仕合はせになれ亡き人のため (京都・佐藤嘉彦)

 s-シャクヤク20190504
 白いボタンは満開。ボタンとシャクヤクの花はよく似ている。同じボタン科ボタン属。しかもこの2つの花の英語名は「peony」。つまり英語圏の国では区別されていない。
 見分けるポイントは「葉」。ボタンは葉にツヤがなく、大きく広がり、先が3つに分かれている。一方、シャクヤクは葉にツヤがあり、葉の先にギザギザはない。全体的に丸みもあるとのこと。(Wikipediaより)

 連日好天、しかも庭先も里山も花、花、花・・・。昨日は朝飯前にウグイスを狙って徘徊、その後、畑や畦道の雑草刈り。午後は実家の物置の整理。そんなことをしている中、同級生が自宅敷地内の山野草を持って来てくれたり、近所に住む別の同級生がぶらりとやってきて、物置から出た大量のゴミ出しについてアドバイスしてくれたり。

 ではまた。皆さま、お健やかにお過ごし願います。 

山吹の咲きたる野辺のつぼすみれ此の春の雨に盛りなりけり (高田女王)

山吹の咲きたる野辺のつぼすみれ此の春の雨に盛りなりけり (高田女王)

 今年のタイトルは万葉集から。いわきは今、ヤマブキもスミレ(タチツボスミレ)も満開。

 今回も短歌は『現代の短歌』(篠弘編・東京堂出版・2012年1月10日刊)から。作者は佐藤佐太郎。明治42年宮城県生まれ。斉藤茂吉に師事。昭和62年、77歳没。

 苦しみて生きつつをれば枇杷の花終りて冬の後半となる 

 s-エンドウ豆の花20190419
 エンドウ豆の花。以下、新緑の山と桜以外はほぼ庭先・畑の花々。

 われひとりめざめて居たりかかる夜を星の明りといはばいふべし
  
 s-八重ヤマブキ20190419
 八重のヤマブキ。

 あたたかにみゆる椎の木に近づきて椎の木の寒き木下(こした)をよぎる

 s-白い小さな花20190419

 みづからの光のごとき明るさをさげて咲けりくれなゐの薔薇
 s-八重スイセン20190419
 八重のスイセン。

 わが胸のうちに涙のごときもの動くと人に言ひがてなくに
 s-アジサイ新葉20190420
 アジサイの新葉。

 貧しさに堪ふべき吾はもだしつつ蝌蚪(くわと)ある水のほとりを歩む

 s-梨の花20190420
 ナシの花。

 はるかなるものの悲しさかがよひて辛夷(こぶし)の花の一木(ひとき)が見ゆる
 s-サクラ20190420

  街上のしづかに寒き夜の靄われはまづしき酒徒(しゅと)にて歩む

 s-白い花20190420

 あらはれて幾ところにも水湧けり音あるいずみ音なき泉
 s-赤い花20190120

 いつよりといふけじめなく幼子の音たしかにて階段を踏む
 s-黄色の花20190420

 すさまじきものとかつては思ひしか独笑(ひとりわらひ)をみづからゆるす

 s-ヒメジオン20190420

 とりかへしつかぬ時間を負う一人ミルクのなかの苺をつぶす
 s-陽光20190428

 さく薔薇の土に影おくかたはらに老いて愁の多きは何か
 s-何これ20190428

 午睡する老いし形を妻はいふみづから知らぬあはれの一つ
 s-ヤエザクラ紅20190428

 アンコール・ワットの濠にほてい葵の花うごかして水牛沈む
 s-ヤエザクラピンク20190428

 手につつむ真玉(またま)のごときものありて生くる一年さやかにあらな

 s-赤い花②20190429

 えにしだは黄の花をどる枝垂れてゆききのわれの愁を知らず
 s-新緑②20190429

 珈琲を活力としてのむときに寂しく匙の鳴る音を聞く
 s-新緑20190429

 われの眼は昏きに馴れて吹く風に窓にしきりに動く楤(たら)の葉

 s-紫の小さな花20190429

 杖をつく人いくたりか道に逢ふわれに似てこころよき対象ならず
 s-紫の花④20190429

 わが視力おとろへしかば両足の爪を切るときその爪見えず
 s-紫の花③20190429

 屋根の霜みるみるうちに融けゆくを冬のわかれと謂ひて寂しむ
 s-ハナミズキ20190429
 ハナミズキ。

 冬ながら暖かき日のつづきゐる段落ひとつ黄の銀杏ちる
 s-トキワマンサク20190429
 トキワマンサク。

  おのづから星宿移りゐるごとき壮観はわがほとりにも見ゆ
 s-スミレ20190429
 スミレ。

 その枝に花あふれ咲く雪柳日々来るわれは花をまぶしむ
 s-シャクヤク20190429
 シャクヤクの蕾。

 佐伯一麦の『山海記(せんがいき)』(講談社・2019年3月20日刊)を読んだ。帯の惹句は以下の通り。「海は割れ、山は裂けてその相貌を変える。はざまに堆積していく人びとの営みの記憶、それを歴史というのではないか・・・・・。東北の震災後、水辺の災害の痕跡を辿る旅を続ける彼は、締めくくりに 3.11 と同じ年に土砂災害に襲われた紀伊半島に向かう。道を行き、地誌を見つめて紡ぐ、入魂の長編小説。現代日本における私小説の名手が描く、人生後半のたしかで静謐な姿。」

 野山は花々で充ち溢れていますね。昨日(4/9)、阿武隈山系の林道をドライブ。八重・枝垂れ桜、山吹、菜の花、雪柳が満開! 無住の住居もそここにあり寂しい光景のところもあるものの、陽光の中に花々が咲き競い、桃源郷のようだった。
 
 おかげさまで拙ブログも300回目を迎えました \(^o^)/ 。 皆さま、お健やかにお過ごし願います。

時ごとに、いやめづらしく、八千種に・・・(大伴家持)

 時ごとに、いやめづらしく、八千種(やちくさ)に、草木花咲き、鳴く鳥の、声も変らふ、耳に聞き、目に見るごとに、うち嘆き、萎(しな)えうらぶれ、偲(しの)ひつつ、争ふはしに、木(こ)の暗(くれ)の、四月(うづき)し立てば、夜隠(よごも)りに、鳴く霍公鳥(ほととぎす)、いにしへゆ、語り継ぎつる、鶯(うぐひす)の、現(うつ)し真子(まこ)かも

 あやめぐさ、花橘(はなたちばな)を、娘子(おとめ)らが、玉貫(たまぬ)くまでに、あかねさす、昼はしめらに、あしひきの、八つ峰飛び越え、ぬばたまの、夜はすがらに、暁(あかとき)の、月に向ひて、行き帰り、鳴き響(とよ)むれど、なにか飽き足らむ

 四季ごとにますます色々な草木が花咲き、鳴く鳥の声も変わってきます。耳に聞き、目に見るたびに心を奪われ、どれがいいかと思っていると、木の暗いところは四月になると、夜が更けてから鳴く霍公鳥は、昔からの言い伝えにあるように、鶯が育てた愛しい子なのかも。

 あやめぐさ、花橘を少女たちが玉に貫く(五月の端午の節句)まで、昼はずっと山の峰々を飛び越えて、夜はずっと暁の月に向かって行き来し、鳴き響きますが、どうして飽きることがありましょう。 

 
 s-青い花20190402
 今回の写真は、8枚目のサクラ以外はすべて庭先の光景。ツルニチニチソウ。

 s-鳩のバトル20190404
 鳩首会談と思いきや、左右の♂が真ん中の♀に求婚中。左の♂が勝利。

 s-トサミズキ20190404
 トサミズキ。

 s-スイセン②20190404
 スイセン。

 s-スイセン20190407
 スイセン。

 s-花壇20190407

 s-ボケ20190407
 ボケ(木瓜)。

 s-サクラ20190409

 s-シダレザクラ20190409

 s-赤い花20190409
 ハナカイドウ。

 s-ユスラウメ20190409
 ユスラウメ(山桜桃梅)。

 s-黄色の花20190409
 ペチコートスイセン。

 s-ハナモモ20190409
 ハナモモ。

 s-ハナモモ②20190409
 同じくハナモモ。

 今回、短歌はお休み。野菜の苗の育成・定植、実家の裏ヤブの土留め工事(業者さんに依頼)等々でやや繁忙。そのほかに300㎡ほどの畑の雑木林化PJも開始。数々の花樹・果樹(かじゅかじゅのかじゅ・かじゅ)PJ? です。

 皆さまもどうぞお元気で、春をお楽しみ願います。

片岡之 此向峯 椎蒔者 今年夏之 陰尓将化疑 (詠み人知らず)

 片岡の この向つ峯に 椎蒔かば 今年の夏の 陰にならむか (詠み人知らず)

 (真夏の日差しには参るから) 片岡の向こうの峯に椎を蒔いたならば、今年の夏は木陰になるだろうか (吾が恋の成就はなるかな) の意。片岡は奈良県北葛城郡王寺町から香芝市志都美地方にかかる地域。

 今年のタイトルは万葉集から。そして、短歌は『現代の短歌』(篠弘編・東京堂出版・2012年1月10日刊)から。この本には100人の歌人・3,840首が採られている。今回は斎藤茂吉、明治15年、山形県上山(かみのやま)生まれ。精神科医。写生論を広義に拡大し、内面的な苦悩や幻想的な美をつかむ。昭和28年、70歳で没。

 このくにの空を飛ぶとき悲しめよ南へむかふ雨夜(あまよ)かりがね

 昭和24年4月刊の『小園』から。いちずに戦時体制に協力した茂吉は、敗戦によって「沈黙」を強いられる。ここから6首はいずれも戦後の作品で、疎開して戦後も住んでいた上山で詠んだもの。

 s-サクラ芽吹く20190401
 今回の写真はすべて4/1勿来の関にて。桜の様子を見に行ったのだが、全体としてはまだまだ。

 くやしまむ言(こと)も絶えたり爐のなかに炎のあそぶ冬のゆふぐれ

 s-ヤマザクラ③20190401

 秋晴のひかりとなりて楽しくも実りに入らむ栗も胡桃も

 茂吉の高弟の柴生田稔(明治大学文学部部長)は、この頃の茂吉の和歌を次のように評価している。「茂吉の生涯を通じて最高の位置に位するものではあるまいか。そこにはただ、高く澄んだ悲しみの調べだけがある。<楽しくも>と言って、無限の悲哀を伝えてくる。敗戦の苦痛の中に、茂吉はかうした悲歌を後世にのこしたのであつた。」

 s-ヤマザクラ20190401

 ひむがしに直(ただ)にい向ふ岡にのぼり蔵王の山を目守(まも)りてくだる

 目のまへに並ぶ氷柱にともし火のさす時心あたらしきごと 

 s-ヤマザクラ④20190401

 雪ふぶく丘のたかむらするどくも片靡(かたなび)きつつゆふぐれむとす

 s-白い花②20190401
 
 蔵王より離(さか)りてくれば平らけき国の真中(もなか)に雪の降る見ゆ 

 この歌から昭和24年8月刊の『白き山』から。茂吉は金瓶村から北方の大石田に転居。岡井隆の評は次の通り。
 「その蔵王から離れて、更に北方へ流されていく自己流謫である。大歌人として、愛国歌人として、名をうたはれた茂吉は、寂しい、みじめな敗北者として、北方へ流れて行く。雪は、ここでは茂吉をとりまく状況のきびしさの象徴なのである。
 
 s-鳥20190401
 ツグミかな。

 臥処(ふしど)よりおきいでくればくれなゐの罌粟(けし)の花ちる庭の隈(くま)みに

 s-白い花20190401
 アセビ。

 わが病やうやく癒えて歩みこし最上の川の夕浪のおと 

 s-新葉20190401

 近よりてわれは目守(まも)らむ白玉の牡丹の花のその自在心

 s-新葉②20190401

 秋づくといへば光もしづかにて胡麻のこぼるるひそけさあり

 s-紫の花2010401
 ショウジョウバカマ。

 かりがねも既にわたらずあまの原かぎりも知らに雪ふりみだる
 
 s-何かな②20190401

 運命にしたがふ如くつぎつぎに山の小鳥は峡(かひ)をいでくる

  s-ツバキかな20190401

 これからの3首は、昭和29年2月刊の『つきかげ』から。

 もろ膝をわれは抱きて山中にむらがる蝉を聞きゐたり
 
 s-なにかな20190401

 暁の薄明に死を思ふことあり除外例なき死といへるもの

 医師・歌人であった上田三四二は。この歌を下記のように評している。
 『つきかげ』中屈指の秀歌であり、全歌集に照らしても記憶されるべき一首であろう。厳粛に死という事実に向きあい、怖れつつ、その前に頭を垂れている。 この頃より茂吉の体調は一段と衰えを加え、死の近いこと自覚するに至っている。

 s-キブシ20190401
 キブシ(木五倍子)。

 老いづきてわが居る時に蝉のこゑわれの身ぬちを透りて行きぬ

 以下、おまけ。
 (かけはし)久美子著『原民喜・死と愛と孤独の肖像』(岩波新書)を読んだ。原民喜は1905年広島生まれ。1945年、疎開していた広島で被爆。戦後次々と作品を発表。原爆の悲惨さを描いた「夏の花」は水上瀧太郎賞受賞。

 小説家安西寛子は「広島が言わせる言葉」の中で、次のように書いている。
 
 うろたえぬ目、とまどわぬ耳。悲惨を、残酷をあらわし訴えようとした人々からとかく見過されやすかった広島、締め出されやすかった広島がそこにあり、わたしはその配合に緊張し、また温まる。(中略)
 原民喜は、貴重な資質と意志とによって、意味づけのない広島を遺し得た稀有の人である。眩しく恐ろしい人類の行方についてのあらゆる討議の前に、一度は見ておかなければならないもの、一度は聞いておかなければならないものがここにある。

 今晩(4/2)のいわきの気温は2~3℃、明け方は1℃との予報。昼も寒かった。皆さま、温かくしてお過ごしください。
 

霞立野上乃方尓 行之可波 鶯鳴都 春尓成良思 (丹比真人乙麻呂)

 霞立つ野の上(へ)の方(かた)に行(ゆ)きしかば鶯鳴きつつ春になるらし。(たじひのまひとおとまろ) 

 今年の短歌は万葉集から。「霞が立つ野の上の方に行ってみると、鶯が鳴いていた。春になったのだな。」の意。

 さて今回の写真はラン(蘭)。数日前、いつも植物名をご教示いただいているS先輩からメールをいただいた。下の写真は、そのメールに添付されていたS先輩のラン温室。週末は在宅していることが多いので、いつでも見にきていいよとのこと。S先輩のお住まいは還太郎のアパートから徒歩30歩・・・。昨日(3/21)、早速見学させていただいた。

 s-2019011301s-.jpg

 さて、写真を撮らせていただき品種名を写真下に記載したが、虎の巻はS先輩が自ら刊行された『洋蘭解説』正・続・別冊。194種のランの解説、写真は約500枚。似たものも多いので合っているか否か・・・。

 今回の短歌は『現代の短歌』(篠弘編・東京堂出版・2012年1月10日刊)から。この本は、100人の歌人の和歌3,840首を載せている。今回は葛原妙子さんの和歌。葛原さんは明治42年東京・本郷生まれ。昭和60年没。「生をめぐる不安や原罪意識を探る」と紹介されている。

 あやまちて切りしロザリオ転がりし玉のひとつひとつ皆薔薇

 s-ラン⑳20190321
 デンドロビウム ブラクテオスム。

 美しき球の透視をゆめむべくあぢさゐの花あまた咲きたり

 s-ラン⑱20190321
 ドリテノプシス MSピンク モモ。 

 胡桃ほどの脳髄をともしまひるわが白猫に瞑想ありき

 s-ラン⑰20190321
 シンビジウム ドクターL.F.ホーキンソン ピートモント品種は不明(S先輩からご教示あり)。

 乳白にかたまり合へる牡蠣の身に柑橘のするどき酸を絞りぬ

 s-ラン⑯20190321
 デンドロビウム サギムスメ。 
 
 星と星かち合うこがらし ああ日本はするどき深夜

 s-ラン⑫20190321
 エピデンドロム スペシャル・バレー スプリング・ベル。

 かの黒き翼掩ひしひろしまに触れ得ずひろしまを贄(にへ)として生きしなれば

 s-ラン⑪20190321
 エピカトレア レーン マルケス フレーム スワロー。

 うすらなる空気の中に実りゐる葡萄の重さははかりがたしも

 s-ラン⑨20190321
 アングレクム レオニス。

 飲食(おんじき)ののちに立つなる空壜のしばしばは遠き泪の如し

 s-ラン⑧20190321
 デンドロビウム フォーミディブルスノーレディー。

 明るき昼のしじまにたれもゐず ふとしも玻璃の壺流涕す

 s-ラン⑦20190321
 デンドロビウム ロセイぺス。

 卓上に塩の壺まろく照りゐたりわが手は憩ふ塩のかたはら

 s-ラン⑤20190321
 ミニカトレア レリア ルンディ。 レプトテス ビカラー。

 疾風はうたごゑを攫(さら)ふきれぎれに さんた、 ま、 りあ、 りあ、 りあ

 s-ラン③20190321
 調査中。 マキシラリア バリアピリス。 

 つくつくぼふし三面鏡の三面のおくがに啼きてちひさきひかり

 s-ラン2420190321
 エピカトレア キョウグチ ハッピー フィールド。

 ひるしづかケーキの上に粉ざたう見えざるほどに吹かれつつをり

 s-ラン2320190321
 セロジネ クリスタータ アルバ。

 ひえびえとかひこの毒を感ぜしむ絹の衣ながく纏へる汝(なれ)

 

 s-ラン2220190321
 シンビジウム ドロシー・ストックスチル フォアゴットンフルーツ。

 水の音つねにきこゆる小卓に恍惚として乾酪(チーズ)黴びたり

 s-ラン2120190321
 デンドロビウム アグレガツム マジュス。

 山羊の小屋わづかにひらき雪つもる 女性(にしょう)のごとく山羊はをりたり

 s-ラン①20190321
 デンドロビウム ピエラルディー。

 厨のくらがりにたれか動きゐて鋭きフォークをしばしば落せり

 おまけ。庭のモクレンが満開。今年は霜害も受けず、きれいに咲きそろった。 

 s-モクレン20190322

 春の農作業も忙しくなってきた。カブ、ホウレンソウ、カボチャ、レタス等々の発芽・成長は順調。タマネギの苗も雨不足で育ちが遅れていたが最近はグングン成長。イチジクの挿し木も20本ほど完了。今日はひしめき合っているネギを掘り起こして、1本当たり20cm程の間隔をとって移植。これから分結してどんどん増えるらしい。ウグイスの日に日に上手くなる鳴き声を聞きながら、野良仕事に精を出している。

 皆さま、元気にお過ごし願います。

あれは偽りのことばにすぎない、と。

 今回は短歌はお休み。3月上旬、詩人齋藤貢(みつぐ)さんが、『夕焼け売り』(思潮社・2018年10月1日刊)で「現代詩人賞」を受賞。齋藤さんは1954年、福島県生まれ。友人に薦められて拝読したが、心を打たれた。東日本大震災、ことに原発事故による被災がどういうことであったのか。常磐道を仙台まで下ると、沿道には「空虚」としか言いようのない光景が広がり、除染された土を入れた黒いフレコンバッグが山積みになっている。「復興は着実に進んでいる」と聞かされるたびに違和感を覚える私は、齋藤さんの詩によって、その違和感の正体を見た。 2編紹介させていただく。

     s-夕焼け売り

「夕焼け売り」

 この町では
 もう、夕焼けを
 眺めるひとは、いなくなってしまった。
 ひとが住めなくなって
 既に、五年余り。
 あの日。
 突然の恐怖に襲われて
 いのちの重さが、天秤にかけられた。

 ひとは首をかしげている。
 ここには
 見えない恐怖が、いたるところにあって
 それが
 ひとに不幸をもたらすのだ、と。
 ひとがひとの暮らしを奪う。
 誰が信じるというのか、そんなばかげた話を。

 だが、それからしばらくして
 この町には
 夕方になると、夕焼け売りが
 奪われてしまった時間を行商して歩いている。
 誰も住んでいない家々の軒先に立ち
 「夕焼けは、いらんかねぇ」
 「幾つ、欲しいかねぇ」

 夕焼け売りの声がすると
 誰もいないこの町の
 瓦屋根の煙突からは
 薪を燃やす、夕餉の煙も漂ってくる。

 恐怖に身を委ねて
 これから、ひとは
 どれほど夕焼けを胸にしまい込むのだろうか。

 夕焼け売りの声を聞きながら
 ひとは、あの日の悲しみを食卓に並べ始める。
 あの日、皆で囲むはずだった
 賑やかな夕餉を、これから迎えるために。

     s-明け方20190225


「辱められている」

 ああ必ず帰らねばならぬと、みずからに言い聞かせながら     
 あああああああああ あああ火に燃える街を迂回して     
 ああああああああああ あああああ苦しみの土地を抜けた。    

 ああああああああああああなにが大地を激しく揺らすのか。    

 ああ あああああああああああああああああ揺れの果てに     
 あああああああああああ震えているものが、海を溢れさせ     
 ああ ああああああ真夜中、高い火柱があかく空を染めた。  

 あ ああああああああああああ小雪混じりの冬空を覆って
 ああ ああああああああああああああああ震えているのは 
 ああああああああああああああああこころばかりではない。
 あああ ああああああああああああああこの世の果てまで 
 あああああああああああああ地上のすべてが震えている。
 ああああああああああ茂みに隠れて、鳥は空を飛ばない。
 あ あああ地に身を沈めて、獣はじっと息をひそめている。

      s-蕗の薹20190316

 あ あああああああああああああああどこか遠いところから 
 あ ああああああああゆがんだ大地の悲鳴が近づいてきて 
 あ あああああああああああああああああ地軸が小刻みに 
 あ あああああああああこころとからだを震わせてやまない。
 あ ああああああああああああああ息を震わせてやまない。

 あ ああああああああああああ襲ってくるただならぬ気配に 
 あ あああああああああああここにいてはならぬと促されて 
 ああ あああああひとは、いくつもの町や村を駆けぬけた。
 ああああ あああああ あああこの世で何が起きているのか 
 ああああああああああああああそれすらもわからないまま 
 あああああ ああああああああああああああ北を目指して 
 ああああああ ああああひとは、いくつもの山と川を越えた。
 ああ ああ なんども問いを反芻し、自問をくりかえしながら。

     s-モクレン20190316

 いったい誰に。
 そして、何のために。
 わたしたちはかくも試されねばならぬのか、と。

 あ あああああああああああああああああああああかつて 
 ああ あああああああああああこの地に撒かれた火の種は 
 あああああ破壊されることのない頑丈な容器に納められて 
 あああああああああああああ人の暮らしの安寧を約束した。
 ああああああああああああああああ未来永劫、永遠に、と。

 ああああああ約束はわずかな地の塩と米をもたらすだろう。

 あ ああ幾重にも防御された容器と方形の建屋のまわりで 
 あああああ あああああひとはうぶすなに祈り、土地を耕す。
 夕焼け小焼けの集落に日は沈み、地に撒かれた火の種は 
 あああああああああああふたたび朝のひかりを運んでくる。

 あああああああああああああああささやかな願いを託して 
 ああああ ああああひとは草のように地べたに生きるだろう。
 あ ああああああああああああああ日々の暮らしの傍らで 
 ああああああ歳月はつつましい約束のように訪れるだろう。
 
 あっ、山河が小刻みに震えて。
 あっ、安寧が突如破られて。
 あっ、あっ。
 あの日。
 
      s-ボケ②20190316

 あ ああああああああああああああああああああ火の種が 
 ああ ああああああああああ頑丈な容器から溶け落ちて 
 ああああ あああああああああああああ地にばらまかれた 
 あああああああああああ見えない恐怖の、むすうのかけら 
 ああああああああああああああ危うさが約束の地を揺らす。
 あああああ ああああああああ震えて縮みあがった土地に 
あああああああああああ ああああ唐突にもたらされたのは 
 ああああああ ああああああああああああ得体の知れない 
 ああああああ あああああああああああああああ地の恥辱 
 あああああああ ああああああああああああああ海の恥辱 
 あああああああ ああああああああああああああ空の恥辱 

 わかっていたはずなのに
 永遠などどこにもない、と。
 気づいていたはずなのに
 あれは偽りのことばにすぎない、と。

 あああああああああああああああああああ見捨てられて 
 あああああああああああああああああ不安に膝を抱えて 
 ああああああああああああああああああ恐怖におびえて 
 ああ ああああどれほどひとは眠れぬ夜を過ごしただろうか。
 あああああああああああああ火柱につつまれた祭壇には 
 あああああああああああむすうのいけにえが差し出されて 
 あああ あああああ海辺にはうずくまったまま息絶えたひと 
 あああああああああああああああああってはならぬことが 
 あああ あああああああああここではいたるところでおきた。

 ああ あああああああああああいのちが置き去りにされて。
 あああああああああああああああひとの暮らしが奪われて。
 あああ ああああああああこころをいくたびも引き裂かれて。

 なぜだろう。
 ここでは
 ひとであることが、辱められていて。

 いまもなお
 あたりまえに、ひとであることが辱められていて。

      s-スイセン20190316

 文芸評論家の粟津則雄氏は、齋藤さんのこの詩集に下記のことばを寄せている。

 齋藤貢さんのことばには、読む者の感情をことさらにかき立てるようなところはまったくない。彼は不思議な虚心をもって人や物や出来事をあるがままに迎え入れる。その凝視の底からある沈黙のしみとおったことばが身を起こすのである。

 今回はここまで。皆さま、お健やかにお過ごし願います。

石激 垂見之上乃 左和良妣乃 毛要出春尓 成来鴨 (志貴皇子)

 今年のタイトルは『万葉集』から。 原文は、石激 垂見之上乃 左和良妣乃 毛要出春尓 成来鴨 〔いわばしる 垂水(たるみ)の上の さ蕨(わらび)の 萌え出づる春に なりにけるかも〕。「岩を流れる滝のほとりのワラビが芽を出してくる春になったんですね」の意。

 今回の短歌は「セーラー服の歌人 鳥居」(岩岡千景著・KADOKAWA・2016年2月10日刊)から。「鳥居」は小学生の時に母が自殺、小学校中退、施設での虐待、ホームレス生活・・・、拾った新聞で字を覚えたという。歌人としては「鳥居」という姓だけを名乗り、名はない。

 いつの日も空には空がありました母と棺が燃える真昼間
 
 s-水温む20190305
 今回の写真は全て3/5、2日間続いた雨が上がった春日部・内牧公園。7時過ぎから約1万歩の散策。

 対岸に灯は点りけりゆわゆわと泣きじゃくる我と川を隔てて

 s-菜の花20190305
 ナノハナ。 (青字の植物名は全てS先輩からご教示いただいた。)

 風鈴を窓辺の箱にしまい終えその箱の崩れやすさを思う

 s-春の日射し20190305
 トウジュロ。

 標準語強いられるとき転校は味方のいない街へ行くこと

 s-春20190305
 オランダミミナグサ。

 あおぞらが、 妙に乾いて、 紫陽花が、 あざやか なんで死んだの

 s-枯葉と新葉20190305

 枯れた葉を踏まずに歩く ありし日は病に伏せる母を疎(うと)みし

 s-枯れ葉と新芽20190305

 書きさしの遺書、 伏せて眠れば 死をこえてあいにおいでと 紫陽花が咲く

 s-柿裸木20190305

 理由なく殴られている理由なくトイレの床は硬く冷たい

 s-果樹園の前20190305
 ニラ。

 爪のないゆびを庇(かば)って耐える夜 「私に眠りを、絵本の夢を」

 s-雨上がり⑧20190305
 コブシかな? 

 永遠に泣いている子がそこにいる「ドアにちゅうい」の腫れた指先

 s-雨上がり⑦20190305
 オオイヌノフグリ。

 朝焼けを坂の上から見送れば私を遠く避ける靴音

 s-兵馬俑20190305

 警報の音が鳴り止み遮断機が気づいたように首をもたげる

 s-雨上がり⑥20190305
 ナズナ。

  夜の海に君の重みを手放せば陶器のように沈みゆく首

 s-雨上がり⑤20190305
 ノボロギク。

 ひたひたと廊下を歩く ドアがあく イスに座って 被害を話す

 s-雨上がり④20190305
 スイバ。

 刃は肉を斬るものだった肌色の足に刺さった刺身包丁

 s-雨上がり③20190305

 海底にねむりしひとのとうめいなこえかさなりて海のかさ増す

 s-雨上がり②20190305

 壊されてから知る 私を抱く母をしずかに家が抱いていたこと

 s-雨上がり20190305

 大きく手を振れば 大きく振り返す 母が見えなくなる曲がり角

 s-テリハノイバラ20190305

 体温計くわえて窓に額つけ「ゆひら」とさわぐゆきのことかよ (穂村弘)

 「寒い冬の日。家の中の暖かい部屋で、体温計をくわえた病み上がりの子どもが窓に額をつけ、目を見開いて『ゆひら(ゆきだ)』と騒いでいる。それをそばで見ている父が『ゆきのことかよ、なーんだ』という顔をして眺めている・・・。そんな温かい家庭の光景が頭のなかに広がりました。そして、幸せな気持ちになりました。」(本文から) この一首との出会いで、鳥居は短歌に興味を持ったとのこと。

 洪水の夢から昼にめざめれば家中の壜まっすぐに立つ (吉川宏志)

  『一首の中に死と美しさ、そして違和感がない果てしない広がりを持っていることに感銘を受けた。』とも。

 鳥居は2012年、全国短歌大会で佳作入選。2016年、『キリンの子』を上梓、2017年、現代歌人協会賞を受賞。
 また、2012年ころより、自らが形式的には中学校卒業者であるが、実質的には小学校中退状態であること、義務教育を学び直したくとも学べない境遇の人がいることを伝えるため、取材などの公共の場ではセーラー服を着用している。鳥居のこの活動などを受け、2015年7月には文科省が形式卒業者を夜間中学校で受け入れるよう全国の教育委員会へと通知した。
 セクシャルマイノリティ向けに「虹色短歌会」、生きづらさを抱えた人のために「生きづら短歌会」などを行う。(Wikipediaより)

 さて、還太郎は農業簿記3級講座を無事終了。2018年度の試験問題に挑戦したら、100点満点⁉ 。但し、自宅でテキストと問題集を参考にしながら。電卓で加減乗除の計算をすると何度やっても合わないので、パソコンの計算ソフトも使用。
 果樹の育成中の経費は「育成仮勘定」という科目で資産として扱い、果樹の出荷を始めたら「減価償却費」としてコスト計上することなど、農業ならではの簿記を学び、楽しい講習だった。テスト本番は7/7。それまでには大方忘れてしまうのではと危惧・・・。

 皆さま、もう3月ですね。水も温み始めました。いい季節を楽しみましょう。どうぞ、お元気で。 

 
 

酒坏に梅の花浮け思ふどち飲みての後は散りぬともよし

 酒坏(さかづき)に梅の花浮け思ふどち飲みての後は散りぬともよし (万葉集・大友坂上郎女)

 今年のタイトルは万葉集から。「思ふどち」は相思う人々、親しいものどし、心の合った者どうし。

 今回の短歌も『ぼくの短歌ノート』(穂村弘、講談社、2015年6月15日刊)から。不思議な感覚の歌、見たままの歌、笑ってしまう歌などなど。

 マウンドにコーチ・内野手駆け寄れば我も行かねばテレビの向かふに (川西守)

 s-千葉の海201902
 @房総・平砂浦。

 動き初むる汽車の窓よりわれを見し涙とび出さんばかりの眼なりき (筏井嘉一)

 s-照葉樹林①201902
 照葉樹林が2月の陽を浴びて輝く。

 噴水は疾風にたふれ噴きゐたり 凛々(りり)たりきらめける冬の浪費よ (葛原妙子)

 s-照葉樹林②201902

 渇きたる砂に半ばうづもれて貝殻はみな海の傷持つ (大西民子)

 s-照葉樹林③201902

 名を呼ばれしもののごとくにやはらかく朴の大樹も星も動きぬ (米川千嘉子)

 s-照葉樹林④201902

 たちまちに君の姿を霧とざし或る楽章をわれは思ひき (近藤芳美)
 
 s-照葉樹林⑤201902
 マサキ。 (青字の植物名はS先輩から御教示ただいた。)
 
 さりげなくさしだされているレストランのグラスが変に美しい朝 (早坂類)

 s-照葉樹林⑥201902
 ヤマハゼかな?

 湯口より溢れ出でつつ秋の灯に太束(ふとたば)の湯のかがやきておつ (宮柊二)

 s-照葉樹林⑦201902

 約束を残したまま終わっていくような別れがいいな、月光 (杉田菜穂)

 s-照葉樹林⑧201902
 ヌマスギに絡む蔦植物。

 スカートをはいて鰻を食べたいと施設の廊下に夢が貼られる (安西洋子)

 s-照葉樹林⑨201902

 草つぱらに宮殿のごときが出現しそれがなにかといえばトイレ (小池光)

 s-照葉樹林⑩201902
 カクレミノ。 (次も)

 ボールペンの中身のインクが見えるのに書けないいらだちぐるぐるをかく (吉田洋和)

 s-照葉樹林⑪201902

 さくらさくらいつまで待っても来ぬひとと 死んだひととはおなじさ桜 (林あまり)

 さて、今回は長い「おまけ」。偶然に、東日本大震災をテーマにした作品を3冊続けて読んだ。

      s-本201902 
 
 先ずは、前号でも紹介した乙川優三郎の『太陽は気を失う』(文春文庫)。書評家江南亜美子氏は、次のように解説している。

 この作品では、里帰りする初老の女性が登場する。かつて暮らした東北の海沿いの町には、老いて一人暮らしをする母がいる。この帰省の目的は、母親の見舞いに加え、ひと月前に四十六歳で亡くなった、知的障害者でもあった幼馴染の起則くんの墓参りにもあった。

 老母のおつかいに応えてスーパーに出かけようとしたとき、大地震が起きる。余震もつづくなか、津波に備えて自力での歩行も困難な母と少しでも高いところへ逃げようとするが、その行動は捗々しくはいかない。そして避難所へ。交通網も寸断され、不便と不安のつのる慣れない避難所暮らしにあって、逗子にいる彼女の夫との会話が挿入される。

 〈「地震と津波で家はめちゃくちゃよ、母と避難所にいるの、食べるものがないし、もう一度大きな地震が来たらここも危ない、あなたから東京の姉に電話して、車で助けに来るように言って」(中略)「あの人は苦手だ、話したくない」「お願い、そんなことを言っているときじゃないでしょう、母もいるのよ」「金は借りたのか」そのとき地面が揺れて、私の芯のあたりも揺れた〉

 じつは、この里帰りには、借金の申し込みという隠されたもうひとつの目的があったのである。しかもその借金は夫のふがいなさと見栄に起因するものだ。・・・・

 地縁が薄れていても起則くんのことは忘れなかった「私」が、過酷な被災状況にあって、夫の他者性に直面する。親の無力さにもまた。彼女はこの瞬間、時間が堆積して形作られてきた自分自身の「生」を、むなしく感じたことだろう。しかしそれに打ちひしがれただけではなく、夫との決別をも決意する。フィクションの力で、ある登場人物の人生がそこにまざまざと立体的に立ち上がるというのはひとつのマジックのようなものだが、それが可能になったとき、その物語は特定の場所や時代〈この作品なら3.11〉というくびきから解かれる。これがわたしやあなたの物語であってもなんら不思議ではない、という普遍性を獲得するのである。 

 二つ目は佐伯一麦(さえきかずみ)の『空にみずうみ』(中公文庫)
 
 この作品は、2014年6月23日から2015年5月26日まで、読売新聞夕刊に連載したもの。舞台は仙台。作家の小山田浩子氏の解説は次の通り。

 震災は日本中に大きな影響を与えたが、言うまでもなくその心理的な濃淡はさまざまであり、亡くなった人、亡くした人、家を失った人、そこにある土地に足を踏み入れられなくなってしまった人、電気や物資の不足に困った人、ボランティアに行った人行けなかった人行きたくなかった人・・・・・・それら全てに届く言葉などあるはずもない。当事者が発した言葉なら正しいわけでもないし誰かからのいたわりや鼓舞の言葉が暴力になる場合もある。・・・・

 作者はずっと自分の人生や生活と重なる作品を書いてきた。だから、「日常」を書くというのは作者のこれまでの作品と共通する姿勢ではある、が、本作ではそれらよりさらに細やか静かな描写、現実離れして感じられるほどもの柔らかな会話が選択されているように思える。
 それによって、作者の、自分はこうして (どんなことがあったあとであろうとも) 「日常」に淡々と向かい続けるのだ、それを作品にし続けるのだ、というむしろ激しいほどの決意と努力を読者は感じることになる。どんな災厄が起ころうと、それからも人は生きていかなければならない。震災を克服すべきものとして対峙するのではなく、顔を背けるのでもなく、目を向け耳を傾けじっと向き合い続ける。そして作者は、花を見たり木に触れたり水たまりを見つけるたびに、それにまつわる作家や詩人の文章を思い出し読み返す。

 覚悟のもと日常を生きていくとき、自然の移ろいに目を留め文学作品を紐解くのは単なる癒しや慰めにとどまらない。それは大きな事態を前にともすれば狭くなりがちな視野を広げるための、自分自身の心の基盤となる。「日常とは時間を取り戻すことなのかもしれません。」という言葉通り、人間の生活とはまた違ったリズムで繰り返される自然の営みへ研ぎ澄ました五感で向き合うこと、心の中に生きているさまざまな人々の声と融和すること、そしてそれを日々作品として書くこと。作者は日常を、その中に震災も含まれている日常を、受け止め生きようとしている。


            s-本②201902
             
 三作目は安東量子の『海を撃つ』(みすず書房)。以下は、本著の裏表紙の紹介文。

 著者は、植木屋を営む夫と独立開業の地を求めて福島県いわき市の山間部に移り住む。震災と原発事故直後、分断と喪失の中で、現状把握と回復を模索する。

 放射線の勉強会や放射線量の測定を続けるうちに、国際放射線防護委員会 (ICRP) の声明に出会う。著者はこう思う。「自分でも驚くくらいに感情を動かされた。そして、初めて気づいた。これが、私がいちばん欲しがっていた言葉なんだ、と。『我々の思いは、彼らと共にある』という簡潔な文言は、我々はあなたたちの存在を忘れていないと明確に伝えているように思えた。」

 以後、地元の有志と活動を始め、SNSやメディア、国内外の場で発信し、対話集会の運営に参画してきた。「原子力災害後人と土地の回復とは何か」を掴むために。事故に対する関心の退潮は著しい。復興・帰還は進んでいるが、「状況はコントロールされている」という宣言が覆い隠す、避難している人びと、被災地に住まう人びととの葛藤と苦境を、私たちは知らない。

 地震と津波、それに続いた原発事故は巨大であり、全体を語りうる人はどこにもない。代弁もできない。ここにあるのは、いわき市の山間部に暮らすひとりの女性の幻視的なまなざしがとらえた、事故後7年半の福島に走る亀裂と断層の記録である。 

 還太郎は、「農業簿記3級」の講座の受講を昨日から開始。1回3時間を6回。受講料はテキスト代のみ。昨年の受講者が全員合格して資格を取得したと聞いて安心して始めた次第。資格取得のための受験は運転免許以来かな。頭の体操中 ❢

 皆さま、お健やかにお過ごし願います。
 
 

今さらに 雪降らめやも かぎろいの 燃ゆる春へと なりにしものを

 今年のタイトルは『万葉集』から。この歌の意は、「陽炎(かげろう)の燃え立つ春になったのに、なんで今さら雪なんか降るのだろう、もう雪なんてたくさんだよ」(作者不詳)。

 今回の短歌は『ぼくの短歌ノート』(穂村弘、講談社、2015年6月15日刊)から。不思議な感覚の歌、見たままの歌、笑ってしまう歌などなど。

 よくわからないけど二十回くらい使った紙コップをみたことがある (飯田有子)

 s-ウメ20190203
 
 あのこ紙パックジュースをストローの穴からストローなしで飲み干す (盛田志保子)

 s-ウメ20190204

 10分後賞味期限が切れる肉冷凍庫に入れて髪乾かす (田中有芽子)

 s-ウメ②20190204

 昼なのになぜ暗いかと電話あり深夜の街をさまよふ母より (栗木京子)

 s-サザンカ20190204

 父のなかの小さき父が一人づつ行方不明になる深い秋 (小島ゆかり)

 s-スイセン20190204

 銀杏を食べて鼻血が出ましたかああ出たねと智恵子さんは言う (野寺夕子)

 s-ボケ20190203

 「オレオレ」とまた電話あるは金持ちの様なわが名の所為なのだろう (大成金吾)

 s-ホトケノザ20190204

 あ、http://www.jitsuzonwo.nejimagete.koiga.kokoni.hishimeku.com (荻原裕幸)

 s-モクレン20190204 (1)

 コマーシャル挿入されてわれは消ゆ生命保険に笑む小家族 (大塚寅彦)

 s-ロウバイ20190203

 月を見つけて月いいよねと君が言う  ぼくはこっちだからじゃあまたね (永井祐)

 s-ロウバイ20190204

 「おぢいちゃんしぬまでながいきしてください」誕生祝いは孫からの文 (鉄本正信)

 s-枯れ花20190204

 どうこうと思うなけれど曾孫は「ばあちゃん、男か女か」と聞く (香城清子)

 s-枯れ花②20190204
 
 お一人様三点限り言われても私は二点でピタリと止めた (田中澄子)
 
 s-枯れ椿20190204

 「扉のむかうに人がゐるかもしれません」深夜のビルの貼紙を読む (清水良郎)
 
 s-枯草20190204

 えーえんとくちからえーえんとくちから永遠解く力を下さい (笹井宏之)

 「エーエンと口から」鳴き声がしているのかと思ったが、数回読むと「永遠解く力」が繰り返されていると気づく。

 s-枯葉20190204

 白鳥はふっくらと陽にふくらみぬ ありがとういつも見えないあなた (渡辺松男)

 s-白鳥20190204
 近くの蛭田(びんだ)川にて。最近は白鳥も飛来している。

 ねたらだめこんなところでしんじゃだめはやぶさいっしょにちきゅうにかえろう (田中弥生)

 満身創痍で地球に帰還した、小惑星探査機「はやぶさ」への呼びかけの歌。

 s-野鳥と鯉20190204
 同じく蛭田川。鯉と野鳥が共存。水の色も柔らかくなってきた。

 北浦和 南浦和 西浦和 東浦和 武蔵浦和 中浦和と無冠の浦和 (沖ななも)

 s-葉20190204

 誤植あり。中野駅徒歩十二年。それでいいかもしれないけれど (大松達知)

 s-新葉20190204

 いつの日のいづれの群れにも常にゐし一羽の鳩よ あなた、でしたか (光森裕樹)

 s-寒桜③20190207
 寒桜かな。@館山市。

 妻を得てユトレヒトに今は住むといふユトレヒトにも雨降るらむか (大西民子)

 著者の穂村弘は、作者(大西)に近い人から、「ユトレヒト」は虚構、と聞かされショックを受けたとのこと。曰く「かつての夫の再婚が事実の場合、地名だけをそこまで劇的に変えてしまうことはちょっと考えられない。そう考えてしまった私は、現実をドラマ化する大西ワールドの凄みを改めて痛感させられた」。

 s-寒桜②20190207

 雨の県道あるいてゆけばなんでしょうぶちまけられてこれはのり弁 (斉藤斎藤)
 
 s-寒桜20190207

 硝子戸に鍵かけてゐるふとむなし月の夜の硝子に鍵かけること (葛原妙子)

  s-富士山20190208
 東京湾アクアラインの「海ほたる」から富士山を望む。
 
 畳のヘリがみな起ち上がり讃美歌を高らかにうたふ窓きよき日よ (水原紫苑)

 いわきは6日は雨だった。今年初めての雨では? 明日は雪との予報。雨でも雪でも降ってくれないと、畑がカラカラでタマネギの苗が育たない。

 皆さま、温かくしてお過ごし願います。


 以下、おまけを二つ。一つ目は『僕の短歌ノート』で読んだ塚本邦雄の随筆。

 私の家を含む東大阪市一部の電話は三年ばかり前に局番が變わった。(略)新局番は七四五、これと六二六二を組合わせて、舊番號も霞むばかりの名作を捏(でつ)ち上げねばならぬ。長考十分、すなはちでき上つたのは「梨五つ浪人六人國を出る」である。

 頃は元祿、さる大名の姫君が天竺(てんぢく)渡りの梨の木に始めて生つた實を、日頃寵愛の文武容色いづれ劣らぬ六人の若侍に與へようとしたが、生懀その數五つ。ここに端を発して御家騒動が起る。波瀾萬丈、紆余曲折の後六人は祿を棄てて出奔する。

 いとも舊めかしいロマンスで恐縮ながら、「國を出る」とは、「浪人六人=六二六二」までダイヤルし終ると、お呼び下さった私が電話口に出る、すなはち「邦雄出る」が懸けてあるのが味噌。ありの実・浪人・亡命から成る三題噺は、各人の好みでいかやうにも創作しつつ電話いただきたいものだ。
 (「菜葉煮ろ煮ろ」から。)

二つ目。 乙川優三郎 『太陽は気を失う』 (文春文庫 2018.9.10刊)から。

 常磐線が大津港から北へ県境を越えて間もない小さな駅の近くに細い川の流れがあって、土手の道を歩いていくと海であった。途中には百年は持つと言われた実家があり、海辺には発電所と墓地があった。私の帰郷の目的はひとり暮らしの老母を見舞い、一月前に亡くなった知人の墓へ参ることであった。

 短編14話の文庫本の第一話の冒頭が上記の文章。いま私がいる街である。この日の午後、主人公は東日本大震災に遭遇する。私も、その日はいわきに居たので、身につまされつつ読了。乙川優三郎は、オール讀物新人賞、時代小説大賞、山本周五郎賞、直木賞、中山義秀賞、大佛次郎賞、芸術選奨文部科学大臣賞(「太陽は気を失う」で)等々を受賞。

若の浦に 潮満ちくれば 潟を無み 葦辺をさして 鶴鳴き渡る

 今年のタイトルは『万葉集』から。

 若の浦に 潮満ちくれば 潟を無(な) 葦辺(あしべ)をさして (たづ)鳴き渡る。山部赤人。

 「若の浦に潮が満ちてくると干潟が無くなり、葦の生えている岸辺に向かって、鶴が鳴きながら飛んでいく」の意かな。潮が満ちて来て干潟が隠されるという悠久の自然を示す表現。満ち潮の動きに伴って、鳴きながら鶴が岸辺へ移動するという冬ならではの一コマ。

 今回も短歌は『昭和万葉集秀歌 【三】 四季・自然』(講談社現代新書・上田三四二編、昭和60年1月刊)から。作者名の後の数字は昭和何年の、或いは昭和何年何月の発表かを示す。

 嶺を覆う杉生(すぎふ)にまなこ凝らす時げにかすかなる秀(ほ)のゆらぎみつ (三好直太・48.10)
 
 s-阿武隈山系20190113
 阿武隈山系。中央奥の三角形の山は朝日山(標高797.3m)かな。冬の晴れた日には富士山が見えるらしい。その左手前は仏具山(607.5m)かな。山頂に通信用設備がかすかに見える。

 夜ふけし寒さに木の裂くる杉の木のするどき音は峡(かひ)にひびくも (大滝進保・49.3)

 s-勿来関20190114
 以下7葉は@勿来の関。

 蒼蒼(あおあお)と山たたなはる月の夜を雪かがやかす天(そら)の蔵王は (野地曠二・17.1)

 s-勿来関②20190114

 天つ日ははろかにさせり雪原のむかうに青き甲斐の山見ゆ (胡桃沢勘内・23)

 s-勿来関③20190114

 沫雪(あわゆき)のほのぼの白き晨(あさ)あけに巣にすむ鳥はささやき交わす (木山みさを・51)

 s-勿来関④20190114

 うち晴るる雪の野に舞ふ白鷺の羽のひかりは天(あめ)にまぎれぬ (木俣修・17)

 s-勿来関⑤20190114

 流れくる吹雪に真向(まむ)くしまらくは鶏(かけろ)もまなこ閉ぢて佇(た)ちゐつ (木俣修・17)
 
 s-勿来関⑥20190114

 波うてるかたちとどめて夜の吹雪荒れしづまりしこの明るさや (梶井重雄・49)

 s-勿来関⑦20190114

 冬の日といへども一日(ひとひ)は長からん刈田に降りていこふ鴉ら (佐藤佐太郎・41)

 s-野菜20190117
 いまはブロッコリー、カリフラワー、春菊、葉タマネギを出荷。ブロッコリーとカリフラワーは「根切り虫」の被害甚大で収穫できたのは2割程度かな。野菜は全て無農薬栽培につき、次のシーズンに備えて農薬を使わない根切り虫対策を勉強中。

 北方をとざせる煤のごときもの冬ながくして雲も古りたり (草野久佐男・36)
 
 s-広幅の溝20190118
 これは冬場の土壌作りのひとつ。幅90cm、深さ50cmの広幅の溝をスコップ一丁で掘る。15m×3本を予定。この溝の中に十分乾燥させたやや太い枝、中くらいの太さの枝、細い枝を下から順に積み上げて埋設する。理想的には深さ80cmと某農業誌に書いてあったが、バックホーでも買わないと無理なので50cmで妥協。因みに中古の小型バックホーでも100万円以上する由。
 既に一列は作業を終えたが、0.9m×0.5m×15m = 6.75立米の土を掘出し、埋め戻したことになる。これを比重1.5で換算すると約10 t 。3列で計30 t 。掘出しと埋め戻しで合計60 t か Σ(・□・;)・・・。1週間で終わらせると妻には話したのだが・・・。でも筋肉痛にもなってないし、いけるかな?

 1/14、茨城県天心記念五浦美術館にて『小林恒岳展』をみた。フラッシュを焚かなければ写真撮影OK。むしろ「SNS等で積極的に発信してください」とのこと。
 「小林恒岳(1932~2017)は茨城県を代表する日本画家。長く石岡市や吾国山中腹で暮らした。作品は、小林が自然から感じ取った生命のかがやきとぬくもりを、写実と装飾性を融合させた平明で親しみやすい表現に昇華させ、誰もが共感できる生命賛歌として描き上げたもの。」(美術館のホームページから抜粋) 展示は2/11まで

 s-小林恒岳①
 「蓮池・雲流れる」。

 s-小林恒岳②
 「春の鯉」。

 s-小林恒岳③

 s-小林恒岳④
 筑波山。

 陽射しがあって風が弱い日は、車に乗っているときなどは暖房を止めてしまうほど暖かいのだが、陽射しがなくて風が強いと「東北の湘南」と言われるいわきも当然寒い。この不安定な気候のせいで風邪などひかぬよう、手洗いとウガイ励行の日々。

 皆さまも、どうぞお気をつけてお過ごしください。

新しき 年の初めに 思ふどち い群れて居(お)れば 嬉しくもあるか

 今年のタイトルは『万葉集』から。この歌の意は「新しい年の初めに、気の合った仲間と集まっていられるのは、楽しいものですね。」道祖王(ふなどのおう)作。

 一昨日に続き今日(1/11)も北風が強い。野良仕事は無理そうなので、ブログ用の写真撮りに行こうとしたが、なにせ冬枯れ。絵になる材料がない。はたと思い付いたのが、『いわき市フラワーセンター』。大きな温室がある。

 今回も短歌は『昭和万葉集秀歌 【三】 四季・自然』(講談社現代新書・上田三四二編、昭和60年1月刊)から。作者名の後の数字は昭和何年の、或いは昭和何年何月の発表かを示す。

 岩づたふ鶺鴒の影見れば冬の明りぞ澄みとほりたる (北原白秋・18) 

 s-石森山20190111
 ショウジョウアナナス。 (青字の植物名はS先輩から御教示いただいた)

 風に乗りてくる鉦の音寒修行のひとゆく夜(よは)にやすらぎは充つ (木俣修・33)

 s-石森山②20190111
 アブチロン。

 元朝の牛にいささか餅をやり家族としてのねぎらひをする (大木与一・43.3)

 s-石森山③ヤエサンユウカ20190111
 ヤエサンユウカ。 ブーゲンビリア。

 寒の水あかとき飲みてねむりけり涌井の椿咲くと思ひて (前登志夫・47)
 
 s-石森山④20190111
 カトレア。

 岸よりに鴨はねむれり濠の面(も)はこの降る夜の雪に明るく (木俣修・30)
 
 s-石森山⑤20190111
 ゴクラクチョウカ。

 伐られたる昨日の株に夜の雪はいたはりを積み盛りあがりたる (上田三四二・50)

 s-石森山⑥ネリネ20190111
 ネリネ。

 しづれ落つる雪に揺れゐる郁子(むべ)の実の一つ残りて年を越したり (西村俊一・45) 

 s-石森山⑥の②20190111

 その下に冽(きよ)き地下水はしれりとおもふまで麦の芽がそよぎおり (畑和子・47)

 s-石森山⑥の③20190111
 ビカクシダ。

  丹沢山の出湯の村は十頭の猪(しし)を吊して年迎へたり (鈴木貫介・43)

 s-石森山⑦20190111

 (とほ)つびと、我に告げ来ることのはも みじかかりけり。年のはじめに (釈迢空・23)

 s-石森山⑧20190111

 那智村の山家(やまが)をつつみ降る雪のあたたかにして梅ほころびぬ (中村雅夫)
 
 s-石森山⑨紅梅20190111
 紅梅。

 (にい)どしの標縄(しめ)のかざりのすがしさよものの初めはおごりなくして (今井邦子・13)

 s-石森山⑩20190111

 はつ春の真すみの空に真白なる曙の富士仰ぎけるかも (佐佐木信綱・26)

 s-石森山⑪ヒイラギナンテン20190111
 ヒイラギナンテン。

 (ひ)のやまの檜(ひのき)の雪をふるふおと暁はやくひびきて聞こゆ (伊藤保・31.4)

 s-石森山⑫蝋梅20190111
 ロウバイ。

 貧窮の年は暮れんと厨には吊せし鮭の歯あらわなり (岡部桂一郎・32.2)

 s-石森山⑬20190111
 バラ。
 
 冬ながらこの日だまりに家あれば我が老いにしを憂しとは言はず (内藤濯・53)

 還太郎は66歳になった。ゾロ目の歳を、喜寿(77歳)や米寿(88歳)、白寿(99歳)のように66歳を示す言葉は無いようである。70歳が古希(古来稀なり)なのだから、60代は名付けるまでもないということか。因みに、半寿、卒寿、紀寿、茶寿、皇寿、珍寿、天寿、大還暦・・・などもある由。

 12月のいわきのJA祭の野菜の即売会で、隣に軽トラを並べたご夫婦は80歳代。農作物の価格競争に巻き込まれたくないので、毎年新しい作物に挑戦しているとのこと。荏胡麻や珍しい豆などを販売しておられた。お顔は歳相応とお見掛けしたが、挑戦する気持ちがすごい  ‼

 皆さま、厳寒の砌、ご自愛専一に ❣  

敬頌新禧(けいしょうしんき)


 遅ればせながら、明けましておめでとうございます。今年もよろしくお願いします。

 s-IMG_0382.jpg
 元旦、6時54分、いわき市勿来海岸。妻がスマホで撮影。

 今回のテキストは『ホームレス歌人のいた冬』(三山喬 著、東海大学出版会・2011年3月刊)から。

 (柔らかい時計)を持ちて炊き出しのカレーの列に二時間並ぶ (ホームレス・公田耕一)

 この歌は2008年12月8日、朝日新聞の歌壇に掲載された。 「柔らかい時計」は、スペインの画家ダリの代表作『記憶の固執』に描かれたモチーフ。まるで高熱でとけてしまったのように、段差の上に置かれた時計の盤面は、自らの重みでぐにゃりと折れ曲がっている。別の時計は、木の枝に洗濯物のようにふたつ折れにぶら下がっている。

 ホームレスを名乗る投稿者は、炊き出しの順番を待つ忍耐力をこの比喩で示そうとしたのか。それとも、空腹のなかで時間感覚が溶けるようにひしゃげてしまったさまを歌ったのだろうか。

 s-鮫川河口20190104
 1/4、鮫川河口と太平洋。川の中央部の二つの黒ポチは釣り人。

 鍵持たぬ生活に慣れ年を越す今さら何を脱ぎ棄てたのか

 公田の短歌は、2008年12月~翌年1月にかけて計6首が採用された。朝日歌壇には毎週2,500~3,000首が寄せられる。掲載されるのは4選者の欄に計40首だから、「常連」として読者に認識されるハードルの高さがわかるだろう。公田はその難事をわずか数週間で果たしてしまった。「公田」をテーマとする短歌も掲載され、このあとも長く続く。

 炊き出しに並ぶ歌あり住所欄(ホームレス)とありて寒き日 (武富純一、2008・12・22)

 一日を歩いて暮らすわが身には雨はしたたか無援にも降る 
  
 s-内牧公園20190106
 (以下の写真はすべて1/7・@春日部)

 パンのみで生きるにはあらず配給のパンのみみにて一日生きる

  s-内牧公園②20190106

 親不孝通りと言へども親もなく親にもなれずただ立ち尽くす
 哀しきは寿町と言ふ地名長者町さへ隣りにはあり

 公田の投稿ハガキの消印は「横浜」。寿町も長者町も横浜市中区の地名。公田に関する個人情報はこれだけ。

 s-内牧公園④20190106

 美しき星空の下眠りゆくグレコの唄を聴くは幻 

 1951年、フランスの歌手ジュリエット・グレコが吹き込んだ曲『美しき星の下に』を知る人は、シャンソン愛好家にも少ない。スペインのシューレアリスム画家に続いて、今度は「実存主義の女神」と呼ばれ、銀幕でも活躍した美貌の歌姫である。天声人語氏には、作品ににじみ出る公田の教養が、あまりに深く思えることへの違和感もあったのだろう。「ホームレスという境遇までが『作品』なのか、確かめようはない。知りたくもあり、知りたくもなし。」と戸惑いを綴っている。

 s-内牧公園⑤20190106

 胸を病み医療保護受けドヤ街の柩(ひつぎ)のやうな一室に居る

 囚人の己れが<(ホームレス)公田>想いつつ食むHOTMEALを (郷隼人)
 *郷隼人。アメリカで殺人事件の終身犯として20年以上収監されている日本人受刑者。

 温かき缶コーヒーを抱きて寝て覚めれば冷えしコーヒー啜る

 s-内牧公園⑥20190106

 我が上は語らぬ汝の上訊(き)かぬ梅の香に充つ夜の公園
 *「上」は「身の上」のこと。

 生きていれば詠めるペンあれば書けることを教えてくれたホームレス公田氏 (甲斐みどり)
 
 s-内牧公園⑦20190106

 瓢箪の鉢植えを売る店先に軽風立てば瓢箪揺れる

 2009年9月7日。この日掲載された歌を最後に、公田の作品は朝日歌壇から姿を消す。初掲載から最後の作品までが丁度40週。公田の作品の中に「毎週2首投稿している」という歌があるが、計80首投稿して28首の入選。打率3割5分。朝日歌壇の全体の採用率は2%に満たないわけだから、この「打率」はすさまじい。
  
 s-内牧公園⑧20190106
 *この写真は逆さまではなく、枝が折れて垂れ下がっている姿。

 寒くないかい淋しくないかい歌壇でしか会えぬあなたのしばしの不在 (井村公司、2009・11・16)

 先ほどNHK福島が、いわき市三和町では福寿草が咲き揃っていると紹介。昨年の冬至は12月22日。それから3週間弱であるが、大分日が長くなったような気がする。風の冷たさは増すばかりでも、福寿草も咲き、還太郎宅のヒヤシンスも満開。明日が穏やかな天気ならば両実家の植木に寒肥(かんごえ)を施すかと思案している。草木灰はたっぷり用意してある。さすがに年末年始は野良仕事も休止していたので、腹回りが若干肥大化傾向。明日からは定常運転に復帰する予定。

 皆さま、お健やかにお過ごし願います。

   

崢嶸(そうこう)


崢嶸(そうこう)は、山や谷のけわしさ、人生のけわしさ。今年のタイトルは漱石『草枕』の難解熟語。

 今回は今年撮った写真から。こうして1年間の写真を並べてみると、季節の移ろいとともにいろいろな花々が咲くものだなと改めて感心する。
 今回の短歌は、日経歌壇「2018年の秀作(上)」(12/22・三枝昂之 選)から。

 ほうき、橋、指ぬき、老いの手の一人あやとりそこで終はりぬ (仙台・武藤敏子)

 s-20180101鶴沼
 @神立(土浦市)。
 
 「君たち」を「老人たち」に置きかへてどう生きるかを考へてみる (長野・山口恒雄)

 s-20180107春日部
 @春日部。

 100万回生きたねこから訊くべきは100万回の死の迎え方 (横浜・安西大樹)

 s-201802神立
 @神立。*「百万回生きたねこ」は佐野洋子作の絵本。一匹の猫が輪廻転生を繰り返していく様を描いた作品。200万部超のベストセラー。

 団塊で生まれて働きそして老い社会の重荷と言われる世代 (横浜・森秀人)

 s-201803神立
 @神立。

 いくつかの改竄疑惑を飲み込みて耐へる能吏の家族を思ふ (成田・神部一成)

 s-201803②いわき
 @いわき。

 晩節を汚せるほどに出世せよと励ます親のゐさうな現代 (横須賀・丹羽利一)

 s-201804神立
 @神立。 

 内定にフライングしてルールなど構わず始まる新社会人 (東京・野上卓)
 
s-201804②神立
 @神立。

 総理よりひびく言葉におみなごが今を生きるとおきなわの日 (甲府・内藤富士子)
 
 s-201804③神立
 @神立。

 アンフェアが当たり前だと知ったとき少年時代は終わりとなった (八千代・服部勝) 
 
 s-201804④神立
 @神立。

 煮凝りを割ればふるさと滲みでるどじょっこふなっこもう冬ですね (東京・青木公正)

 s-201804⑤神立
 @神立。

 芽吹きたつ木々のむかふの校舎裏夢ある若きの銀輪並ぶ (横須賀・小知和弘子)

 s-201805いわき
 @いわき。

 帰省して厠に出でて眺めたる砂子のやうな満天の星 (八王子・竹下富子)

 s-201805②いわき
 @いわき。

 此のところ将棋弱いぞ無事なのか病の前科癒えた筈だぞ (千葉・磯崎静夫)

 s-201805③神立
 @神立。

 俺なんか掃除・洗濯・布団干し大谷君よりやること多い (川口・亀山幸輝)
 
 s-201806神立
 @神立。

 一生に一度奇跡の一枚を撮られてみたい篠山紀信に (横浜・橘高なつめ)

 s-201806②神立
 @神立。

 宇宙(おおぞら)は億光年先が見えるのに地下十キロが読めぬ災い (東京・上田国博)

 s-201807いわき
 @いわき。
 
 人生の荒海ばかり渡りつつ凪しか知らぬ顔した希林 (筑紫野・二宮正博)

 s-201807②いわき
 @いわき。

 以下は、日経俳壇「2018年の秀作(上)」(12/22・黒田杏子 選)から。全17句のうち冒頭の5句は今年2月に亡くなった金子兜太を悼む、偲ぶ作品。

 俳鬼神昇り春天賑はへり (下関・粟屋邦夫)

 s-201808いわき
 @いわき。
 
 遺句のごと巖(いわ)に残雪嗚呼兜太 (倉敷・山本一穂)

 s-201809②いわき
 @いわき。

 竜天に登るあなたを忘れない (池田・鈴木みのり)

 s-201809③いわき
 @いわき。

 兜太さん勝手にしのぶ花の宴 (下妻・神郡貢) 

 s-201809いわき
 @いわき。

 蛍烏賊仕えし兜太偲ぶ日よ (東久留米・渡辺誠)

 s-201809④いわき
 @いわき。 

 フクシマの墓前に届く初音かな (千葉・渡部健)
 
 s-雨後20180928
 @春日部。

 八月六日被爆四世の産声 (広島・村越縁)

 s-201809昭和公園
 @昭和公園。

 汝断酒我は禁煙山眠る (国立・松尾丈)

 s-201810②いわき
 @いわき。

 空腹を忘れて居たる原爆忌 (大阪・田村昶三) 

 s-201810いわき
 @いわき。

 街の灯に夏のおとろへ見えにけり (立川・西遥)

 s-201810春日部
 @春日部。

 署名せずカンパもせずに夏ゆけり (東京・野上卓)

 s-201811③いわき
 @いわき。

 「月佳なり」荷風記せし敗戦日 (千葉・鈴木千ひろ)

 s-201811⑤いわき
 @いわき。

 新米の上手に炊けぬこともあり (東京・明惟久里)

 s-201811いわき
 @いわき。

 川越せぬ蜻蛉か橋を渡りゆく (白井・毘舎利道弘)

 s-20181130紅葉
 @いわき。

 眼に深く深く沈めよ冬銀河 (ソウル・金利恵)
  
 s-20181211いわき
 @いわき。

 長く生きそしてひとりの庭花火 (堺・鈴木律夫)

 s-モズ
 @いわき。この一枚だけ2015年5月に撮ったもの。モズの眼つきが険しいのは雛を狙うカラスを警戒しているから。

 拙ブログも289回目となった。読者の皆様に感謝 ‼ 最近はカメラよりも鍬やスコップ、電動工具を持つことがはるかに多い。晴れた日は野良仕事。雨の日は写真撮影には不向き。そんなことで、1ヶ月振りのブログ更新となった次第。

 年末は寒波襲来とのこと。皆さま、くれぐれもご自愛願います。どうぞ良いお年をお迎えください。
 

的皪(てきれき)

「的皪」はあざやかに白く輝くさま。今年のタイトルは漱石『草枕』の難解熟語。漱石は『草枕』では「的皪と光るのは白桃らしい」、『野分』では「明星と見まがう程の留針が的皪と輝いて」、『虞美人草』では「的皪と近江の湖が光った」と使っている。

 今回も短歌は『昭和万葉集秀歌 【三】 四季・自然』(講談社現代新書・上田三四二編、昭和60年1月刊)から。作者名の後の数字は昭和何年の、或いは何年何月の発表かを示す。

 薄雪の降りし街路にアセチレンなげきのごとく点し蟹売る(阪田博義・34.1)

 s-縁側20181115
 11/5、実家の縁側の下を掃除。縁側の下には猫の侵入防止のために網が張られていたのだが、経年劣化であちこちが破れていた。網を撤去し、落葉などを掻き出す。家の西側に8畳間ほどの大きさの池があるせいか、掻き出した土が湿っているので、吸湿のためにゼオライトを敷設。

 霜ばしらくづれて出でし水光り青き万年青(おもと)の根に流れゆく (谷鼎・10.1)

 s-縁側の下補修20181115
 網を張ってもいずれは破れてしまうので、柵を製作。防腐剤を塗布した柵はフックに架けられているだけなので、掃除のときには簡単に取り外せる。ほぼ一日掛かりの仕事となり、完成は16時過ぎになってしまった。馴れていない木工作業にしてはまずまずのできと自画自賛。(柵が撓んでいるのは、ホームセンターで買ってきた板が撓んでいたから。買うときにもっと注意しないとダメだね。)

 澄みとほる朝の日射(ひざし)に冬畑の氷柱かがやき葱の秀(ほ)は燃ゆ (岩間正男・22.3)
 
 s-八つ手20181119
 11/19、夜来の雨も上がり、好天に。以下11葉は庭先にて。ヤツデ。
 
 花蘭(た)けし椿の蔭に孔雀をりいま擾乱(ぜうらん)のうつつに遠き (大野誠夫・46)

 s-水滴20181119
 
 火の国に椿咲きたり乙女らは枝ひきたわめ花の蜜吸ふ (内藤隆義)

 s-ユズ20181119
 今年は不作だったユズ。

 ひろげたる翼しづかにをさめたりさびしき鶴のただ立ちてゐる (川田順・10)
 
 s-ヒイラギナンテン20181119
 ヒイラギナンテン。

 冬雲のなかより白く差しながら直線光(すぐなるひかり)ところをかへぬ (斎藤茂吉・17)

 s-ヒイラギ20181119
 ヒイラギ。

 山の上のこの平けき湖(うみ)の面(も)に照り耀(かが)よひて風の道見ゆ(寺師治人・48)
 
 s-バラ②20181119
 バラ。

 山の間に野火の煙はほぐれつつ藍に濁りて冬山昏(く)るる (田中順二・52)
 
 s-バラ20181119
 バラ。
 
 山ふかき国に生(あ)れたる幸(さきはひ)を雪にこもりて思ふことあり (松井芒人・34)

 s-キク④20181119

 雪ののちもまだ保ちゐて朝あさに落葉する木の赤ならを愛す (上村孫作・46)

 s-キク②20181119

 雪の日のけふのしづまり椿には咲きたる紅(あか)と咲く蕾みゆ(岡部文夫・50)

 s-キク③20181119

 みんなみに鷹わたる日なり佐多岬(さたのみさき) 空の高さよ 海の青さよ (海音寺潮五郎)

 s-キク20181119
 
 むかつ尾の檜山(ひやま)杉山横ざまにしげくも雪の降りはじめたる (川合玉堂・23)

 s-JA祭20181123
 11/23、JA祭の野菜即売会に参加。サツマイモ3種、ネギ、ダイコン、ジャガイモ、シュンギクなど。NHKの朝イチ等でサツマイモが
準完全食であること、お通じの改善効果があることが取り上げられているからか、販売は割と好調で昼前に在庫補充をしたほど。試食品を持参したことも幸いした。会社関係の来場者も何人かいて、「よく似ているなとは思ったが、まさか還太郎さん本人だとは・・・」と驚かれる。(昨夜21時ごろ寝たので、2時半起床。仕方なく、ブログの製作を開始・・・。)

 風が冷たくなりました。皆さま、ご自愛下さいますよう願います。

煦々(くく)たる

 「煦々たる」は、①暖かいさま、②恵みをかけるさま。「煦々たる春日に背中をあぶって」と漱石は書いている。今年のタイトルは漱石『草枕』の難解熟語。

 今回も短歌は『昭和万葉集秀歌 【三】 四季・自然』(講談社現代新書・上田三四二編、昭和60年1月刊)から。作者名の後の数字は昭和何年の、或いは何年何月の発表かを示す。

 やうやくに海面(うなも)に湧きし鰤(ぶり)の群しぶけば網子(あみこ)ら昂(たか)ぶり競ふ (宇田道隆)

 s-菊花20181107
 これ以降10葉は庭先に咲き誇る菊・その他。菊は繁殖力旺盛で、根元から切っても来春には復活する。ほどほどなら根元から切ったりはしないのだけれど、畑にも侵入してくるので厄介。
 
 山すそにわきつぐいづみ村びとは石をたたみて清くたもてり (大野武・50)

 s-菊花20181101

 山にのぼり切なく思へばはるかにぞ遍照の湖青く死にて見ゆ (前川佐美雄・15)
 *「遍照」=広く照らしわたること。

 s-菊花②20181107

 薪塚に凝れる霜をま上より照らしてゐたる月は小さし (佐藤正憲・37.5)

 s-菊花③20181107
 
 ひっそりと白きとむらひ行きにける枯野に淡く雪降りそめつ (永井隆・36)

 s-菊花④20181107

 何にすぐ揺るるみづひきくれなゐの花ひとつづつ秋の風吹く (福田栄一46・)

 s-菊花⑤20181107

 
 何ものの瞬きならん透明の彼方はららかに降りつぐ黄の葉 (高安国世・43.1)

 s-菊花⑥20181107

 つぎつぎと飛びたつ鴨の冬鴨のみなかげ寒し首のべてとぶ (野村清・36)

 s-菊花⑦20181107
 庭のあちこちにこんな光景がある。左奥の赤いのはケイトウ。これまた繁殖力大。一番奥に見えるヒバ、ツゲ、アオキの剪定は植木屋還太郎。
 
 葛城(かつらぎ)のみねに残れる夕明かり木山草山色をわかてり (岩沙政一・47)

 s-ツワブキ20181103
 ツワブキ。

 薄雪の降りし街路にアセチレンなげきのごとく点し蟹売る(阪田博義・34.1)

  s-ツバキかな20181107
 サザンカ。

 つみあげし漬菜の上に降る雨のたそがれ行けばみぞれとなりぬ (和辻照・24)

 s-紅葉20181109
 以下は11/9の田人路。一日雨で野良仕事はお休み。雨降りではあるが、紅葉の具合を見に出かけた。明日晴れたなら、また来ようと思ったほど紅葉の真盛り。雨中の撮影なので画像補正を種々加えた。

 せきばく と ひ は せうだい の こんだう の のき の くま より くれ わたり ゆく (会津八一・15)
 *寂寞と日は招提の金堂の軒の隈より暮れわたりゆく(還太郎の推定漢字訳。招提=唐招提寺)

 s-紅葉②20181109

 草生なく荒々つづく砂礫帯遊べるに似て霧の這ひ来る (礒幾造・50.11)

 s-紅葉③20181109

 小鳥らがつるうめもどきついばみて散り敷く殻にあさあさの霜 (鈴木孝一・49.5)

 s-紅葉④20181109
 
 湿原に点なす二つと見し白の動きはじめぬあはれ二羽鶴 (田中優紀子・46.9)

 s-紅葉⑤20181109

 しぶきふる雨に樹海の中くらし咲ける椿も散れる椿も (佐藤志満・53)

 s-紅葉⑥20181109

 
 草の実のこぼれつくして冬枯れの石につめたく霜おりにけり (大井広・7)

 s-紅葉⑦20181109

 下りてゆく杉の木の間の朝鳥の声の中なる一つ斑鳩(いかるが) (宮本清胤・48.6)

 s-紅葉⑧20181109

 今日読み始めたのは森下典子著『日日是好日』(新潮文庫・平成20年11月1日発行。同30年10月20日29刷)。主人公は大学生時代から25年間茶道を習い続けている。例えば、春の移り変わりを次のように書いている。
 『春は、最初にぼけが咲き、梅、桃、そから桜が咲いた。葉桜になったころ、藤の房が香り、満開のつづじが終わると、空気がむっとし始め、梅雨のはしりの雨が降る。梅の実がふくらんで、水辺で菖蒲が咲き、紫陽花が咲いて、くちなしが甘く匂う。紫陽花が終わると、梅雨も上がって、「さくらんぼ」や「桃の実」が出回る。季節は折り重なるようにやってきて、空白というものがなかった。』
 
 雨の音については、次の通り。
 『十一月の雨は、しおしおと淋し気に土にしみ込んでいく。同じ雨なのに、(六月の雨とちがうのは)なぜだろう。あ ! 葉っぱが枯れてしまったからなんだ・・・。六月の雨音は、若い葉が雨をはね返す音なんだ ! 雨の音って、葉っぱの若さの音なんだ。』

 皆さま、11月も半ばに差し掛かってきます。ご自愛願います。 

拖泥帯水(たでいたいすい)

 「拖泥帯水」は苦しみにまみれている人を、慈悲の心を持って共に生活することで救済すること。今年のタイトルは漱石『草枕』の難解熟語。

 今回も短歌は『昭和万葉集秀歌 【三】 四季・自然』(講談社現代新書・上田三四二編、昭和60年1月刊)から。作者名の後の数字は昭和何年の、或いは何年何月の発表かを示す。

 朝富士の紺青に澄める頂に茜及びて起伏見え初む (葛原繁・39.10)

 s-パープルスイートロード③20181017
 先ずはサツマイモの収穫状況。ご覧の通りの豊作。品種は「パープル スイートロード」。

 天城嶺(あまぎね)は 母の山かも。常仰ぎ しかも忘れてゐつつ 心底(した)恋ふ (穂積忠・30)
 
 s-パープルスイートロード20181017
 割と大きさも揃っている。柔らかい土なので、スコップを差し込んで、その柄を手前に押し下げると、ゴソッとサツマイモが浮き上がってくる。あとはツルを持って引き上げるだけ。

 おのづからまな鶴なべ鶴棲み分けて川越えし田に群るるなべ鶴 (木田節子・43.3)
 
 s-シルクスイート20181018
 こちらは「シルクスイート」。大きさが不揃いであるばかりか、長芋かゴボウのような長尺品もあり、掘り起こすのは難行苦行。こんな不揃いなのは初めてと妻が嘆く。幸いにして他の列はこれほど不揃いではない。
 もう一つの問題は売行き不振。JAの直営販売店3ヶ所、イオンのJAコーナーなど計4ヶ所で販売しているのだが、思ったほど売れない。義母がお世話になっているデイ・ケア施設や知り合いの料理店、その他に20~30kgほどを無償提供。更には畑の脇を通りかかった知人にも配布。「撒き餌」効果があるいいのだが・・・。来年は好物の芋焼酎でも作ろうかな?

 雲は地に結ばれてゐてその黒き影を錘(おもり)のごとく曳きをり (水上正直・51)

 s-ケイトウ20181017
 変わった色のケイトウ。

 散る花のうへにまた散る山茶花のさながら白き夕ぐれのとき (佐藤志満・53)

 10/23、都内で会食、6時半開始。5名で大いに盛り上がり、お店の方に「もう11時になるので閉店したいのですが・・・」と注意されるまで、そんな時間になっているとは全く気が付かなかった。茨城にいたときのお客様がお相手。以下の写真は24日春日部内牧公園で。今頃咲くの? と再三思わされた花が多かった。
 
 s-ナノハナ20181024
 ナノハナ。 

 十年(ととせ)経てふたたび来れば移りゐる雲ひとつ那智の滝のしづかさ (佐藤佐太郎・45)

 s-ユウゲショウ20181024
 ユウゲショウ。

 飛火野(とぶひの)に小雨ふる日は鹿の群ひとかたまりとなりて濡れゐつ (市橋りえ・44.11)
 *「飛火野」=奈良市外の東方を占め、興福寺・東大寺・春日大社・国立博物館と一体となり、さらに若草山から春日山原始林までを取り込んで広大な公園となっている。

 s-白い花20181024
 ハナイバナ。 S先輩からご教示有り。青字は以下同様。

 何に触るる音としもあらず揉みあひて谷のぼりゆく夜の風音 (中山礼治・46.6)

 s-ホトケノザ20181024
 ホトケノザ。

 竹は内部に純白の闇育て来ていま鳴れりその一つ一つの闇が (佐佐木幸綱・51)
 
 s-白い花②20181024
 タネツケバナかな。

 庭土の白く乾きて八つ手咲くこの宵頃は星冴えて見ゆ (淵浩一・5)

 s-黄色の花20181024
 ハキダメギク。

 墓捨てし吾を責むると外(と)に立てば氷雨は過ぐる相模野の丘 (前田透・47.3)

 s-紫の花20181024
 ノアサガオ。

 避難小屋の石置く屋根のあらはれて信濃側より霧はれむとす (亀村佳代子)

 s-田植え済みかな20181024
 水を入れれば田植え後の姿の田んぼ。

 山深く音にたちくる秋の雨つるうめもどきのくれなゐ寒し (渡辺直吉・14.9)

 s-白い花③20181024
 ヒメジオンかな。

 夕日かげかげりし原によごれたる山羊ひとつ居て風に吹かるる (堀内通孝・16)

 s-不明20181024

 夕陽さす黄葉(もみぢ)の谷に鳴きかへる猿(ましら)の声は山にひびきぬ (丸田嘉雄・6.4)

 s-白い花④20181024

 ゆく秋のわが身切なく儚(はかな)くて樹に登りゆさゆさ紅葉(こうえふ)を散らす (前川佐美雄・15)

 s-ヘクソカズラ20181024
 ヘクソカズラ。

 よりそへば壁も柱もわが影もひえびえしめる秋の夜の雨 (九條武子・3.2)

 s-ノコンギクかな20181024
 ノコンギクかな?
 
 雷鳥の立ちし岨路(そばぢ)に杖とめて見放(みさ)くる尾根を雲ながれゆく (鈴木将剛)
 
s-クズの葉20181024
 クズの葉。
 
侘しきとき侘しさ誘ふ檻の中に孔雀はよごれし羽根をひろげぬ (桜井鬼怒夫・28)
 
 s-クコ20181024
 クコ。 

よひよひの露ひえまさるこの原に病雁(やむかり)おちてしばしだに居よ (斎藤茂吉・25)

 s-キバナコスモス2018124
 キバナコスモス。

 山空をひとすぢに行く大鷲の翼の張りの澄みも澄みたる (川田順・15)

 s-お茶の花20181024
 お茶の花。

 柵あり牧舎あり烏なきて声はこだまに帰ることなし (土屋文明・10)

 s-イヌタデ20181024
 イヌタデ。
 
葉脈の硬き薊(あざみ)を食(は)み終えし兎はしずかにあかき眼ひらく (小松北溟・49.11)
 
 s-アザミかな20181024
 アザミかな? ノゲシ(別名ハルノノゲシ)。

 ひと房の葡萄を持てばきみが手に流るるごとく秋の紫 (福田栄一・23.9)

 s-テリハノイバラとクズの葉20181024
 テリハノイバラとクズの葉。

 今日(10/27)は8時前後にやや強い雨があり、畑が濡れてしまったのでサツマイモ掘りはお休み。昨夜も会食がありややお疲れモードの還太郎には、「干天の慈雨」。全部掘り尽すには、あと5日ほどかかるかな。足腰が鍛えられる。
 皆さまもお元気にお過ごし願います。

寸縑(すんけん)

 「寸縑」。「縑」は目をこまかく固く織った絹布。訓読みでは「かとり」。固織りの約。わずかな幅の画布ということかな。『草枕』の中では、前号で紹介した「尺素」と合わせて「尺素を染めず、寸縑を塗るらざるも、われは第一流の大画工である。」と使われている。(今年のタイトルは漱石『草枕』の難解熟語。)

 今回も『昭和万葉集秀歌 【三】 四季・自然』(講談社現代新書・上田三四二編、昭和60年1月刊)から。作者名の後の数字は昭和何年の、或いは何年何月の発表かを示す。

 秋ながらうちつけに日の照らすなか山の蜻蛉(あきつ)は人を怖れず (田谷鋭・53)
 *「うちつけに」=突然に。

 s-サフラン20181002
 イヌサフラン?

 うちけぶる銀河の位置は移りたり大地傾きてゆくけはひあり (服部忠志・22)

 s-発芽したタマネギ20181007 (1)
 発芽したタマネギ。縫い針ほどの背丈。約3,000粒を蒔いた。

 塩田のむかうに見えぬ海ありてマストの赤き旗ひるがへる (坂本孫一・36.8)

 s-柿20181007
 渋柿。
 
 思ひ切り枝はらわれしせんだんの幹黒くして秋の雨ふる (森島康与・50.11)

 s-ピーマン20181007
 ピーマン。

 雁一列(ひとつら)真上の空に近づけり荒くして徹る声きこえつつ (川田順・10)

 s-トウガラシ20181007
 トウガラシ。

 首垂れて草食み移る緬羊の日のあたる方にいつか群れゆく (島田幸造・33.11)

 s-シュンギク20181007
 シュンギク。稚苗を定植するのだが、活着率は非常に高く、虫もつかない。

 桑の木の踝(くるぶし)は祈りの列に似てわが行く赭(あか)き道に続けり (金井秋彦・53)
 
 s-シソ20181007
 シソの実。

 根源のごとく謐(しづ)けき月の出に太樹(ふとき)の黐(もち)はくらくかがやく (加藤知多雄・48.8)

 *「黐」=モチノキ科モチノキ属の常緑高木。葉がクチクラ層と呼ばれるワックス層に覆われていることから塩害に強い。暖かい地方の海辺に自生する。
 
 s-コスモス20181007
 コスモスとサツマイモの葉。

 静かなる雲の流れと思へるに木の間を下る霧は速しも (岡井弘・8.7)

 s-オクラ20181007
 オクラ。

 信濃川の川原にみれば弥彦山は孤(ひと)つ山かも天そそり立つ (小泉苳三・8)
 *「弥彦山」=越後平野の日本海沿いに連なり、弥彦山塊と呼ばれる山並みの主峰。標高634m(スカイツリーと同じ高さ ! )。標高はあまり高くないが、北に位置する多宝山との双耳峰で秀麗な山容で知られる。

 s-カボチャ ダークホース20181007
 カボチャ(品種名はダークホース、味噌汁に入れてもおいしい)。カボチャの下敷きになっている白いプラスチックの成型品は「座布団」、「台座」、「フルーツ枕」とか言われる。太陽光を下部から反射させカボチャの底部着色不良を防止。また、土・水からの病害防止効果もあるとか。

 しぬ竹の庭べに座り日のうつり冬めくとのみ我はおもはむ (室生犀星・3.2)

 s-生垣20181007
 アオキの生け垣の剪定。電動バリカンが活躍。右手奥は生垣ではなくブロック塀。手前の赤い植物はシソ。あとは全てサツマイモ(4種)。

 月明き河を渡りてみちのくのあがたにさびし行く雁の声 (山田四郎・11.1)
 s-メマツヨイグサかな20181009
 ここから5葉は海岸近くで。メマツヨイグサ。(7時26分に撮ったのだが、待宵草?) コマツヨイグサ。S先輩から御教示あり。青字は同様。

 遠空に山かさなれるあたりまで静かさつづく峠くだりをり (村田利明・50)

 s-なにかな20181009
 クコ。 

 突風は中天に最も烈しきか雁の列の乱れなかなか復(かへ)らず (田中譲・43.11)
 
 s-ダンドボロギクかな20181009
 アレチノギクかな。アキノノゲシ。

 (はり)のごとく光は水に透りゆく渓ふかく秋もをはらむとして (岩上とわ子・31)

 s-セイタカアワダチソウ20181009
 セイタカアワダチソウ。

 乾反(ひぞ)りたる柿の落葉のあるものは陶器のごとき光沢をもつ (杜沢光一郎・51)

 s-紫の花20181009
 調査中。タイカンマツバギク。

 ほのかなる 硫黄のかをり 吹きかよへ 芳が平の 秋風のうち (三好達治・9) 

 s-怖い訪問者20181008
 怖い来訪者。

 まさびしき空間をくだりぎんなんの鬱金(うこん)の落葉地に吸はれゆく (伊藤麟・46)

 s-怖い訪問者②20181009
 続・怖い来訪者

 松風のおと聞くときはいにしへの聖(ひじり)のごとく我は寂しむ (斎藤茂吉・25)  

 s-ショウガ 龍馬20181009
 ショウガ。品種名は「龍馬」。中央下部が種芋で、これで一株分。

 満月を阻(はば)む地球の冥(くら)き影巨(おお)いなるかも宙に泛(うか)びて (児玉和子・47)

 s-パープルスイートロード20181009
 サツマイモ。品種名は「パープル スイート ロード」。水洗い直後はこんなに鮮やかな色。まだ本格的な収穫は始めていないが、まずまずの出来のようで一安心。

 道の辺の高萱に鳴く馬追は昨日(きぞ)の夕べも此処に鳴きゐし (上田三四二・42)

 s-コスモス20181009
 もう一度コスモス。

 畑仕事や庭木の剪定、裏ヤブの伐採で日々暮らしているが、大げさに言えば地球の自転に合わせた生活であり、季節の移り変わりを肌身で感じる。心地よい。
 昨日は好天。急を要する農作業もないので、母畑温泉・八幡屋の昼食・温泉付きコース。片道70km程度のドライブ。日帰りコースのお客さんはは3、4組のようで、屋内・露天風呂、麦飯石サウナはほぼ専有状態。平日に使うお金のパフォーマンスは週末の何倍かな? 往復ともなるべく高速道路は使わないようにして、田畑の見学。稲刈りが例年より遅くなっているような気がする。だが、夕陽に輝く稻田もよかった。
 それで終わればいいおじさんなのだが、帰宅して18時から旧知の「おじさんたち」と飲み会。まあ、十分盛り上がったけど20時半帰宅。自分も含めて「おじさん」達は『2時間飲んだら帰って寝たい症候群』では?
 
 皆さま、この季節をお楽しみ願います。  

尺素(せきそ)

「尺素」=(一尺の絹布の意で、文字を書くことに用いたことから)短い手紙。今年のタイトルは漱石『草枕』の難解熟語。

 今回も『昭和万葉集秀歌 【三】 四季・自然』(講談社現代新書・上田三四二編、昭和60年1月刊)から。作者名の後の数字は昭和何年の、或いは何年何月の発表かを示す。

 あきあじが川上にたどり着く頃か朝々の水つめたくなりぬ (加藤良秋・28.2)
 
 s-朝露20180928
 9/28、春日部にて早朝の散歩。夜来の雨が上がり、植物にはたっぷりの水気が。

 秋の気の裂けて鋭声(とごえ)に百舌鳥(もず)なけばももくさの実もしまるとききぬ (太田水穂・8)

 s-朝露②20180928

 秋の夜の井戸に音あり深奥のはるけき銀河汲まれいるなり (馬場あき子・47)

 s-朝露③20180928
 シロザ(S先輩からご教示有り。以下、青字は同様。)

 あらあらしき野分吹きつつ庭畑にこぞりたちたる葱苗(ねぎなえ)ひかる (板宮清治・49.11)

 s-朝露④20180928

 (いにしへ)もかくありつらむ熊野路の磯の岩間にこぼるる椎の実 (大井俊次・50)

 s-朝露⑥20180928
 オオニシキソウ。

 海の湧く音よもすがら草木と異なるものは静かに睡(ねむ) (佐藤佐太郎・45)

 s-朝露⑦20180928
 たぶんツクシハギ。

 おもほへば海の心のやはらかき方(かた)に伸びて来て岬濡れをり (安永蕗子・37)

 s-朝露⑧20180928
 イヌガラシ。

 カナカナは鳴かずなりにし昨日より野に立つ風の澄みて秋づく (八杉龍一)

 s-昭和記念公園20180928

 9/28午後、昭和記念公園(東京都立川市・昭島市)へ。東京ドームの約40倍の敷地。広々としていて気持ちいい。

 かへり行く先も檻にて芸終へし猛獣どもはゆるく歩めり (岸本千代・43)

 s-昭和記念公園④20180928

 寒蝉(かんぜん)の声ゆるやかに外(そ)れゆきてひつそりと秋は老楠(おいくす)にくる (野上久人・48)

 s-昭和記念公園③20180928

 車道より高処(たかど)に見えて迫田(さこだ)あり空につづきて稲の輝く (広森清・48.9)

 s-昭和記念公園②20180928
 「みんなの原っぱ」。高さ20m超の大ケヤキは同公園のシンボルツリーとか。

 
 秋雷の絶えたるのちの冷々と卓に黒耀の粒なす葡萄 (馬場あき子・47)

 s-ソバ20180928
 ソバ。

 台風にのりて琉球の蝶こしと小さき記事あり秋となる空 (富山繁子・50)

 s-ススキ20180928

 ちる花はかずかぎりなしことごとく光をひきて谷にゆくかも (上田三四二・50)

 s-キンモクセイの大樹20180928
 キンモクセイの大樹。満開の花。

 ひぐらしの一つが啼けば二つ啼き山みな声となりて明けゆく (四賀光子・29)

 s-キバナコスモス20180928
 キバナコスモス。

 拾ひきて夜の灯に愛(お)しむ秋蝉のあかがねいろのぬけがらひとつ (杜沢光一郎・51)

 s-昭和記念公園⑤20180928
 日本庭園にて。

 9/26から3泊4日で春日部の自宅へ。26日は都内で劇団四季の「キャッツ」を観た。妻は大喜び。
 27日は妻の掃除の邪魔にならぬよう、宮本輝の『田園発港行き自転車』上下巻を読む。やっぱり宮本輝はいい。近所のTSUTAYAで『錦秋』、『星宿海への道』も購入。
 29日は春日部~坂東~つくば~土浦~行方~大洗~日立経由でいわきへ戻った。全て一般道。あいにくの雨ではあったが、サツマイモ・キャベツ・白菜等々の畑を眺めるのが目的。17時半頃から、海上を走る6号国道日立バイパスを北上。町の灯りがきれいだった。
 
 台風24号はかなり強烈とのこと。皆さま、どうぞご安全に ‼

蜀犬日に吠ゆ(しょくけんひにほゆ)

「蜀犬日に吠ゆ」 = (蜀は山地で雨の降ることが多く、太陽の出ている時間が少ないので、日が出ると犬が怪しんで吠えるということわざから) 無知のために、あたり前のことに疑いを抱くことのたとえ。見識の狭い人が賢人のすぐれた言行を疑い、非難するたとえ。 (今年のタイトルは漱石『草枕』の難解熟語。)

 今回の短歌も『昭和万葉集秀歌 【三】 四季・自然』(講談社現代新書・上田三四二編、昭和60年1月刊)から。作者名の後の数字は昭和何年の、或いは何年何月の発表かを示す。

 うちひびきひたと地を打つ秋雨の俄(にわか)に降りて心すがしき (尾山篤三郎・7.10)

 s-ハギ②20180913
 以下3葉は9/13、庭先にて。ミヤギノハギ(S先輩からご教示有り。以下、青字で記載)。

 雲ひらひら月の光りをさへぎるはしら鷺よりもさやけかりける (太田水穂・8)

 s-ハギ20180913
 シラハギ。

 くらがりに潮の香はこぶ風ありて風の彼方の遠き潮騒(森岡正・30)

 s-ダリア20180913
 咲き残りのダイア。

 くれなゐのトマトを愛(いと)しむ夕の卓いのち鮮やかに生きてゆきたし (横山日出時・23.11)

 s-黄色の花③20180923
 以下の写真は9/23、田人路で。キンミズヒキ。

 黒川の川原の石に尾を見せて鳴く鶺鴒は嬬(つま)を呼ぶらしも (広瀬民子・7.8)

 s-白い花20180923
 ヒメジョオン。

こほろぎも終りにちかき秋ぐさの濃きむらさきの花揺(ゆれ)やまず (結城信一・51)
 
 s-赤い実20180923
 トチバニンジンの果実。

 此処にのみ秋の光のまぶしきやけざやかに咲く曼殊沙華の群 (鳥居文子・26.1)

 s-小さな白い花20180923
  直径3mmほどの花。シソではないよね? ゆっくり歩かないと目に留まらない。 ヒメジソ。

 椎の葉にながき一連の風ふきてきこゆる時に心は憩ふ(佐藤佐太郎・27)

 s-黄色の花②20180923
 キツネノボタン。

 しやがの葉に月の照れるは寂かにて庭は今年の冬に入り行く (長門莫・46)

 s-ミズヒキソウ20180923
 ミズヒキ。

 秋分の日の電車にて床にさす光もともに運ばれ行く(佐藤佐太郎・27)

  s-黄色の花⑤220180923
 キツリフネを逆さまにしたような花。花顎は食虫植物のよう。路肩に群生していた。 キバナアキギリ。

 杉谷に迫りて咲ける蓼(たで)の花はつかににほふそのくれなゐよ (田中璃津子・19.1)

 s-ピンクの花20180923
 アキノウナギツカミかな?

 立山が後立山(うしろたてやま)に影うつす夕日の時の大きしづかさ (川田順・15)

 s-なにかな20180923
 チヂミザサ。

 月あかり水脈(みお)引く雲の波だちて夜空はすずし水のごと見ゆ(北原白秋・9)

 s-トンボ20180923
 アキアカネ。

 ふり仰ぐ槍のいただきは遥かなる空の深みに澄み入りて見ゆ (大悟法利苳雄・16)

 s-オカトラノオかな20180923
 オカトラノオ? イヌショウマ。

 ふるさとの野べの光や秋くさの実のはじけとぶ音は澄みつつ (阿部知二)

 s-ウドかな20180923
 セリかドリゼリ? ちょっと花期が違うのだけど・・・。 シラネセンキュウ。

 みづからを恃(たの)み生きよと蟋蟀のをさなきこゑのきこゆ寝覚に(田谷鋭・33.11)

 s-紅葉の始まり20180923
 紅葉の始まり。

 涼しくなりました。風邪などにご注意願います。皆さま、お元気で❣ 

隨縁放曠(ずいえんほうこう)


「隨縁放曠」は何事も縁にまかせて自由に振舞い、物事にこだわらないこと。(今年のタイトルは漱石『草枕』の難解熟語)

 今回の短歌も『昭和万葉集秀歌 【三】 四季・自然』(講談社現代新書・上田三四二 編、昭和60年1月刊)から。作者名の後の数字は昭和何年の、或いは何年何月の発表かを示す。
 
 悲しみを窺(うかが)ふごとも青銅色(せいどう)のかなぶん一つ夜半に来てをり (宮柊二・23)
 
 s-1オクラ20180907
 オクラ。野菜の花の中で一番きれいだと思う。

 神のおそれひたにおもひつ葉ごもりにせみしぐれせる日ざかりをゆく (三島由紀夫・17.12)

 s-2ニラの花20180907
 ニラとセセリチョウ。 (S先輩からご教示あり、以下の青字も同様。)

 忘れゐしものの心地に佇ちて聴く夕日の丘のかなかなの声 (太田青丘・25)

 s-3キアゲハ20180907
 モミジアオイとキアゲハ。

 日照雨しばしば草に降りしかば今日の日暮のかなかなきこゆ (植木正三・31)

 s-4タイカンマツバギク20180907
 タイカンマツバギク(耐寒松葉菊)。

 那須野路は秋近みかも煙草の葉摘まれて畑のあらはになりぬ (蓮実彊・24.10)
 
 s-5フランスギク20180907
 フランスギクかな?

 月冴ゆるこよひは雲のゆきかひのはや秋づくと夫(つま)がいふかも (北見志保子・25)

 s-6酔芙蓉①201809071116
 スイフヨウ(酔芙蓉)、11時13分。夕方に赤みを帯びてくるから「醉い」芙蓉。還太郎と同種。

 川に沿ひ山へちらばる町の灯をぬらし滲(にじ)ましふる小夜(さよ)しぐれ (川合玉堂・21.1)
 *「小夜しぐれ」=夜に降る時雨。

 s-7酔芙蓉②201809071238
 スイフヨウ、12時36分。

 あらざらむのちを思ふといふならね落葉の上に落葉つもりぬ (大井広・27) 
 *「あらざらむのち」=死後。

 s-8酔芙蓉201809071519
 スイフヨウ、15時19分。
 
炉の端(はた)にこほろぎ一つわが家にすぎたるものの如く鳴き澄む (木島冷明・38)

 s-9ダリア20180907
 ダリア。 ヒャクニチソウ。

 二見の浦朝靄(あさもや)遠く晴れそめて神代のままの天つ日のぼる (井上哲次郎・18.12)
 
 s-10咲き残りのダリアの花に20180907
 キアゲハ。

 あかつきのまだ暗きなかを目覚めゐぬこの世の鳥は地(つち)の底に啼く (前川佐美雄・22)

 s-11咲き残りのダリアの花に②20180907
 セセリチョウ。

 沿いてゆくゆふあかり田にそそぎ入る水はしづかに萍(うきくさ)ながす (山本友一・28)

 s-12ケイトウ20180907
 ケイトウ。

 たましひをふかく吸ひ込む夕暮やはなだの色ぞたゆたひにける (尾山篤二郎・36)
 *「はなだの色」=うすい藍色。
 
 s-13黄色の花20180907
 カタバミ(アカカタバミとも)。

 椎の葉にながき一連の風ふきてきこゆる時に心は憩ふ (佐藤佐太郎・27)
 
 s-14黄色の花②20180907
 カタバミ。

 わが踏める地平の果てに沈む日を信濃より来てなつかしみ見る (窪田空穂・26)

 s-15ツユクサ20180907
 ツユクサ。

 うつしみに何の矜持(きょうぢ)ぞあかあかと蠍座は西に尾をしづめゆく (山中智恵子・32)
 *「矜持」=誇り。

 9月8日の午後から土浦・上野へ2泊3日の小旅行。友人たちと夜の飲み会2回、昼食会1回。10日昼にいわきへ戻った。以下の写真は土浦市で撮ったもの。

 s-レンコン田20180909
 収獲が始まったレンコン田。軽トラが何台も見える。霞ヶ浦の向こうは土浦市街。

 なく鳥は御堂へだてしおく山の杉の木間(このま)にあつまるらしも (岡麓・32)
 
 s-紫の花20180908
 ツルマメかな?

 槌音にはたとやみたる蟋蟀(こほろぎ)のまた鳴きつぐを待てばひそけし (塚原嘉重・32)
 
 s-ミゾハギ20180908
 ミソハギ。

 秋刀魚の詩(うた)子にきかせつつわが家の青き蜜柑の酸(す)をしたたらす (番場美津子・32.10)
 *「秋刀魚の詩」=佐藤春夫の「秋刀魚の歌」。

 s-ヌマトラノオ20180909
 ヌマトラノオ。

 いま読んでいる本はドナルド・キーン著・金関寿夫訳『百代の過客』上巻(朝日選書・1984年7月刊)。実は1988年刊の『続・百代の過客』上下2冊を同年に買って読んでいる。読み終えて「続・・・」であることに気づいたが、それから30年、「続・・・」でない方も読みたいと時々は思い出したりしていたが、先週Amazonで購入。
 『百代の過客』では僧円仁の『入唐求法巡礼行記』から川路聖謨の『長崎日記』について、『続・百代の過客』では村垣淡路守範正の『遣米使日記』から永井荷風の『新帰朝者日記』について評論。

 皆さま、御機嫌よう❢

プロフィール

kantarou + 6

Author:kantarou + 6
畑や庭での作業を楽しんで、晩酌・早寝・早起きの毎日です。読書やドライブも好きです。

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