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夏草乃 露別衣 不著尓 我衣手乃 干時毛名寸 (よみびと知らず)

 夏草の、露別(わ)け、衣着けなくに、我が衣手(ころもで)の、干(ふ)る時もなし。「夏草の露を衣につけたわけでもないのに、私の衣の袖は乾くときがありません。恋が苦しくて、涙がかわくことがありません。」の意。今年のタイトルは万葉集から。

 今回の短歌は『現代の短歌』(篠弘編著・東京堂出版)から、土屋文明の作品。土屋は明治23年、群馬県高崎生まれ。東大卒、万葉学者。明治42年「アララギ」入会。戦後はその指導者として、批評眼をもった、逞しい生活詠を展開。平成2年、100歳で没。

 ひねもすに響く筧(かけひ)の水清(きよ)み稀なる人の飲みて帰るなり 

 (以下7首は昭和23年刊の『山下水』から。疎開した郷土の群馬県吾妻郡川戸の作品。)

 s-農道徘徊用長靴20190613
 私の「夏草の露」対策は長靴。早朝の農道散歩用。農道の草々は朝露しとど。耐水性の運動靴でもびっしょりと濡れ、やがて靴下まで沁みてくる。ということで、田植えにも使えるという長靴を購入。軽くて耐水性抜群。靴底はちょっと薄いが、農道を歩くには問題なし。この写真から12枚目のクロネコまでは、朝の農道で撮った。

 はしばみの青き角(つの)より出づる実を嚙みつつ帰る今日の山行き

 s-シラサギ20190613
 シラサギ。

 この谷や幾代(いくよ)の飢えに痩せ痩せて道に小さなる媼(おうな)行かしむ

 s-ゴイサギ♂20190613
 ゴイサギ♂。繁殖期には後頭に白い冠羽が3本伸びる。足の長い小型ペンギンみたいに見えるけど、首を伸ばせばサギ科というのも頷ける。

 少数にて常に少数にてありしかばひとつ心を保ちて来にけり

 s-ゴイサギ♀20190613
 こちらはゴイサギ♀。

 今日もかも春日(はるひ)に歩む父を見る南遠く子を戦死せしめたり

 s-アオサギ20190613
 アオサギ。

 (もも)どりの競へる中にひびきとほる斑鳩(いかるが)の声に村は静まる

 s-ヨシキリ20190613
 以下、ヨシキリ3葉。

 にんじんは明日蒔けばよし帰らむよ東一華(あずまいちげ)の花も閉ざしぬ 

 *「東一華」はキンポウゲ科イチリンソウ属の多年草。

 s-ヨシキリ②20190613

 結局は小さなるこ国土(くにつち)と谷をゆき来の汽車の笛きこゆ

 s-ヨシキリ③20190613

 六年耕すくぬぎが下の菜畑にかれ葉のこして移り来にけり

 *以下、昭和42年刊の『青南集』から。収録された作品は、東京の青山に帰住した27年から、約10年間のもの。

 s-キジ20190613

 そこと思ふ海も海の上の島山も月の光はただほのかにて

 s-ワタゲ20190613

 月にゆく船の来たらば君等乗れ我は地上に年を数へむ

 s-夏草20190613

 栗をめでまつたけめでつつ此の夕べ老の二人の眼は涙なり

 *以下、昭和59年刊の『青南後集』から。近しい人々の死を悼んだ歌が多い。

 s-なんだよ20190613
 朝の農道徘徊の途中で、クロネコに遭遇。私の前を歩いていく。私が「ミャー」と言うと、振り返って「なんだよ」と言わんばかりに一睨みして、スタスタと歩いて行った。

 この夕べ澄みたる空に手をのばす藤の蔓には行く方もなく

 s-ヒメイワダレソウ20190613
 以下の写真は還太郎植物園の近況。ヒメイワダレソウ。これは200ポット植え付けた。

 頑の老はいづくぞ白き額(ぬか)やはらかく七十年前の手の下に似て

 *以下は昭和57年に92歳で亡くなった妻テル子を悲しむ挽歌。

 s-ユウゲショウ20190613
 ユウゲショウ。2輪だけ咲いている。

 黒髪の少しまじりて白髪のなびくが上に永久のしづまり

 s-スミレ20190613
 先日までのホトケノザに代わり、いまはスミレが全盛。ユウゲショウの写真に写っている黄色や紫はスミレ。

 さまざまの七十年すごし今は見る最もうつくしき汝を柩に
 
 s-アジサイ②20190613
 アジサイも咲き出した。

 袷には下着重ねよとうるさく言ふ者もなくなりぬ素直に着よう

 s-山桜桃目の実20190613
 山桜桃梅(ゆすらうめ)の実。いずれ赤く色づく。植木屋さんからは、「サクランボみたいになります。鳥除けの用のネットを張った方がいいですよ」とのアドバイスがあった。果樹を植えた目的は野鳥を呼び寄せるためであったのだが、「結構おいしいですよ」と言われて、Amazonでネットを買ってしまった・・・。

 今日、某所で会社の大先輩と偶然会った。先方は、「あの・・・、もしかして還太郎さんですか?」とおっしゃる。「そうです」と返事すると、「似ているとは思ったけれど、顎のあたりがシャープになって別人かと思ったよ」とのこと。その先輩と一緒に仕事をしたのは10数年前。ということは、私の顎はそのころ既にかなりふくよかだったのか・・・。 朝は農道散歩、昼は野良仕事の毎日がいいみたい。晩酌の焼酎の量は減っていないのだけれど。

 連日のヨシキリ撮影に満足している還太郎です。皆さまも、お健やかにお過ごし願います。今日はこれから飲み会で~す。


 

夏山之 木末乃繁尓 霍公鳥 鳴響奈流 聲之遥佐 (大伴家持)

 夏山の 木末(こぬれ)の茂(しげ)に 霍公鳥(ほととぎす) 鳴き響(とよ)むなる声の遥(はる)けさ

 夏山の、梢の茂みで霍公鳥があたりに響くように鳴いています。その声がはるか遠くまで聞こえています、の意。今年のタイトルは万葉集から。

 今回の短歌は『現代短歌集成』(角川学芸出版)から。作者名の次の数字は西暦の下2桁で、発表年を示す。

 川ふたつ注げるところ豊里の葦の入江によしきりの鳴く (江畑耕作・85)

 s-ヨシキリ20190604
 ヨシキリ。多分、オオヨシキリ。還太郎のアパートの西側は水田地帯。そこの休耕田の藪が、野鳥の住処。ヨシキリ、ウグイス、カモ、スズメ、ツバメ、キジ、カラス等々。結構賑やか。一度だけだが、カッコーの鳴き声を聞いたこともある。

 身に近く大葦切の一つ啼く潟の面しきり風渡るとき (溝淵英子・96)

 s-ヨシキリ②20190604
 とりわけヨシキリの鳴き声は喧しいほど。カメラを持たずに散歩しているときは近くまで寄れるのだが、カメラを持っていると早々に隠れてしまうので、なかなか撮れない。この日は、目立ちたがり屋さんなのか、撮れと言わんばかりに鳴き続けていた。

 午前二時川原葦原暗くして葦切鳴けり 神は人の影 (高野公彦・00)

 s-ヨシキリ③20190604
 ヨシキリは本当に午前2時には鳴いている。深夜に目覚めてしまったとき、思わず自分の耳を疑った。

 六月のもの思(も)うも憂き雨の日は胸のあたりに古墳が眠る (渡辺松男・97)

 s-黄色の花20190604

 ピンはずしとびたたむとする青き蝶みなづき若葉の光の大地 (木造美智子・02)
 
 s-つる性植物20190604
 クズ(葛)かな。

 欠け朽ちて鰧(おこぜ)のやうになりませる飛鳥仏の顔おもひ出づ (前川佐美雄・71)

 s-四方仏②2019064
 以下は還太郎植物園にて。野鳥の水場にしようと、庭に据え付けた四方仏の蹲踞(つくばい)。四方仏は「しほうぶつ」とも「よほうぶつ」とも言うらしい。石の各側面に仏像が彫られている。

 普賢菩薩祈りてゐます合掌の中に小さき闇のありぬべき (稲葉京子・06)

 s-四方仏とエサ台20190606
 竹を二つに割った餌台も作成。楽して野鳥を撮ろうという魂胆。庭にあるトイレの窓、或いは弟の部屋の縁側から写真が撮れる位置に蹲踞と餌台を設置。

 会者定離愛別離苦とみ仏はほんとのことを告(の)らして術(すべ)なし (中原綾子・60)
 
 s-新顔20190602
 庭に一輪だけ咲いている。意図的に植えたものではない。なんだろう? 黒い実?も怪しい。

 (よし)と言ひ葦(あし)と呼ばれて湖岸の水無月直く雨期に入りゆく (安永蕗子・03) 

 s-黄色の花20190606
 オトギリソウかな。

 水無月のあはきゆふぐれ机(き)の上にひんやりひかるあれは爪切り (落合けい子・02)

 s-観葉植物20190607
 これは観葉植物と思っていたが、今年は見事な花を咲かせたのでビックリ。

 父の日の父を見にきて帰りたる長子、坂東太郎を越ゆらむ (今野寿美・04)

 s-観葉植物③20190607
 
 最近の出来事。①何年振りか分からないが、体重が80kgを切った。私の顔を見て、ある人は貧相になったと言い、ある人は精悍になったと言う。②一週間ほど前、池に鯉の稚魚(10~12cm)を10匹放した。餌を食べず、餓死してしまうのではないかと危惧していた。それが、昨日から餌を食べるようになった。 ③築60年の実家の土台や柱の防腐剤塗布を開始。3日目ともなると、防腐剤を壁に垂らすことも少なくなり、なかなかの出来栄えと自画自賛。母屋はほぼ終了したが、母屋と同程度のサイズの物置はこれから。

 皆さま。梅雨入りしましたね。ピチピチチャプチャプランランランと元気に過ごしましょう。

不時 玉乎曽連有 宇能花乃 五月乎侍者 可久有 

 時ならず、玉をぞ貫(ぬ)ける、卯の花の、五月を待たば、久しくあるべみ (詠み人知らず)

 今年のタイトルは万葉集から。「まだその時期ではないのに、卯の花が咲く五月を待っていたら、とても待ち遠しくなってしまいます」の意。五月に花の実を糸に通して薬玉(くすだま)を作って、健康を祈る風習があったとのこと。薬玉は五月玉とも言われていた。

 今回は短歌は休み。以下、朱字で記載したのは、森下典子著『好日日記』からの抜粋。全編、ゆっくりと味わいながら読んだ。

  どこかへ行こうとしなくても、日本は季節をめぐっているのだ。(中略) 私たちは、季節を追い抜いて先へ進むことも、逆らって同じ季節にとどまることもできない。いつも季節とともに変化して、一瞬の光や、樹々を吹きすぎる風に心を立て直し、降りしきる雨音に身を任せて自分を癒したりしているのだ。(中略) 私たちは季節のめぐりの外ではなく、元々、その中にいる。だから、疲れたら流れの中にすべてをあずけていいのだ・・・・・。

 s-紫の花20190512
 
 5月も最終日となってしまい、慌ててブログを作製。
 昨日は、機械と一緒に歩いて操作する草刈り機で、初めて作業。乗用の草刈り機は高価だし、足腰の鍛錬のためにはと思って購入。耕作していない畑は、雑草がある程度伸びたらトラクターで耕耘していたが、雨が降るたびに土が流される、特に冬季は土埃が舞うことから、雑草を根元から数cm残して刈れる草刈り機とした。うまいこと刈れたのではあるが、結構疲れる。今回の写真は実家の周りの光景。

 花も見ずに、なんのために生きる。(中見出し)
目黒川は、一瞬、雪かと見紛う景色だった。土手の黒土が、降る花びらでどこまでも真っ白に埋まっていた。花盛りの枝は、どっさりと雪をかぶったように重たげで、幾重にも重なる枝々の下をゆっくりと人波が移動していく。見上げれば、空を埋め尽くすような花の天井。行けども行けども桜だった。橋の上から見下ろすと、川面は花びらで白く、切れ切れの花筏となって流れていく。


 s-ボタン②20190512
 ボタン。

 春になれば、至る所で草が芽吹き、いっせいに花が咲く。そんなこと、誰もが幼い頃から当たり前だと思って暮らしている。だけど、ある日、まぶしい若葉を見て、卒然として気づくのだ。私たちはものすごく不思議なことに囲まれ、それを不思議とも思わず暮らしているのだということに・・・・・。
 
 s-ボタン20190512
 ボタン。
 
 梅花薫徹三千界(ばいか、くんてつ、ざんぜんかい・禅語)         
 禅語は色々な解釈があるので、ご興味のある方はお調べ願う。

 s-ハルジオン20190512

 清流無間断(せいりゅう むかんだん・禅語)

 s-ホトケノザ群落②20190530
 家の前の畑の果樹・花樹園はホトケノザの群生地に。まるで意図的に植えたみたい。スズメ、ヒヨドリ、ムクドリ、カラスに加えてキジも来訪。

 池の上を、初夏の風が撫でるにようにサーッと渡っていった。柳の枝が大きくそよぎ、水面でさざ波がキラキラ光り、睡蓮の葉が風にめくれた。その葉の間を、親に引率されたカルガモの雛の黄色い艦隊がスイスイ泳ぐ。青鷺が飛んできて、池の中の棒杭にとまった。ウシガエルの声が「ブー、ブー」と聞こえる。命の盛んな季節だ。
 
 s-紫の花20190530

 青梅はかわいく滑稽で、なんとなくエロチックだ。ふっくら丸くて、お尻みたいに割れている。産毛に覆われ、靄って見える。手のひらにころんと載せて眺めていると、なんだか指先がムズムズしてきて、ギューッと握りしめたい衝動に駆られる・・・・。

 s-エゴ20190529
 いまはエゴの花が咲いている。
 
 ふと目を上げると、庭が明るい。いつの間にか雨があがって、庭の木立の間に、鋭い光がさしていた。水やりの後のように、木々の葉が輝いている。椿の葉は玉のように照り、ドウダンツツジや土佐水木の青葉の先で、雫が光っている。庭の飛び石に、少し水が溜まって光が反射していた。水屋に立った時、ざわざわーっと、庭の柿の葉が揺れ、水引のか細い茎がいっせいにお辞儀した。襟足を風が通り過ぎ、スーッと汗が引いた。

 s-スイレン20190530
 こちらはビオトープを目指している約24㎡の池。スイレンが順調に育っている。6株植えた。

 気持ちよく晴れた日の午後、近所に住む友人と二人で、公園の池のまわりを散歩した。民家の庭に白いタチアオイが咲き、塀を這うノウゼンカズラの蔦に、明るいオレンジ色の花が咲いていた。カルガモの子は、すっかり大きくなって、親と同じ羽の色になり、睡蓮の花の間や橋の下を、我が家の庭のように泳ぎまわっていた。一家が通った水面には泳跡が広がり、風が吹くと水草がたなびいた。

 s-金魚20190530
 金魚も50匹放流。

 翌日、小荷物を受け取りに、郵便局に行った。途中、土手の上にある古いお屋敷の庭から、萩の枝が滝のように枝垂れているのを見た。道沿いに、散りこぼれた赤紫色の小さな花々がピンクのたまりを作っていた。崖をこんもりと覆う葛(くず)の大きな葉も、風にヒラヒラとめくれ、そのたびに陰に咲いている赤紫の花穂がちらりと見えた。今の自分が、季節のめぐりのどこにいるかを明確に感じた。それはカレンダーや時計が刻む数字ではない。心の時間だ。

 s-メダカ20190530
 メダカは100匹。金魚もメダカもペットショップで買うと高い。ネットで「餌用金魚・メダカ」を入手。

 水掬月在手(みずをすくえば、つき、てにあり・禅語)

 s-メダカ②20190530
 ホテイアオイなど、水草も10種ほど揃えてみたが、割と高価。あとは自然に繁殖するのを待つことに。それなりになるには3年ほどかかるかな。

 5月にして、真夏日や猛暑日とは・・・。皆さま、ご自愛専一に願います。

水(みな)伝ふ 磯の浦みの 岩つつじ もく咲く道を またも見むかも

(みな)伝ふ 磯の浦みの 岩つつじ もく咲く道を またも見むかも(日並皇子宮舎人)

 今年のタイトルは万葉集から。水辺の岩に咲いているつつじが見えるこの道を、また見ることができるのだろうか、の意。日並皇子(ひなしみのみこ)の死を悲しんで舎人(とねり)たちが作った歌。

 今回の短歌は、5/4の日経新聞・歌壇から。

 春ですね そよ風吹いて水温み道行く人はマスクしている (多摩・田中章子)

 s-柿新葉20190502
 5/2、柿の新葉。

 「久しぶり今度飯でも」「是非、是非」とこの手の会話は実現しない (東京・菊田裕)

 s-白い花20190502
 庭先や道路脇にどんどん増えている白い花。ベツレヘムの星。

 ケンケンパの残されし輪をゆっくりと通りすがりに跳んでゆきたり (愛西・坂元二男)

 s-白い花②20190502
 同、アップ。

 日本語の意の変遷当節は第三者とは代弁者指す (阪南・岡本文子)

 s-紫の花③20190502
 こちらもどこでも見られる。以前はなかった花。温暖化のせい?

 耕運機を白鷺が追ふ春がきぬ畦道あまた軽トラ並ぶ (香南・中山昇喜)

 s-紫の花20190502

 もっと手を繋げばよかったたっぷりとしたその感触を思い出せない (京都・中尾素子)

 s-黄色の花②
 この花も庭先で増殖中。花期も長い。灯台草。

 この峡にただ一軒の父の家家を継げとも言はず逝きたり  (島根・重親利行)

 s-黄色の花20190502
 同アップ。

 乙姫に「息苦しくはないですか?」聞かれてもがく竜宮の夢 (白井・毘舎利道弘)

 s-ツツジ20190502
 見頃になった庭先のツツジ。

 犯人が名指しされてるラストから見てストーリーを推し量る昼 (東京・田中有芽子)
 
 s-トキワマンサク・白20190502
 トキワマンサクの白い花。赤い花に遅れること2週間。

 ウォーキングの老女の両手よく見れば鉄アレイ握ってゐてギョッとする (甲府・村田一広)

 s-ザクロの新葉20190502
 燃えるような赤い新葉はザクロ。

 あたらしい元号は令和に決まりけり子らにまみれてはっさく剥きおる (甲斐・富田野花)

 s-ヒメジオン20190503
 ハルジオン。

 きょう冬を終えた母からメールあり<春の帽子を買いました>とう (平塚・風花雫)

 s-カモ20190503

 夢のなか私は猫になっていた漱石先生の書斎へと入る (仙台・松原独鳳)

 s-フジ20190503

 どの人も肩、腰、膝をさすってる整形外科の春のひだまり (浜松・奥村美和)

 s-菜の花20190503

 ゆうぐれを堰きとめるうにバレッタで髪を纏めてキッチンに立つ (東京・鈴木美紀子)

 s-ウグイスかな20190504
 ウグイスの声を聞きながらの野良仕事の毎日。一度は撮ってみたいと、朝飯前に耕作放棄地の藪に出掛けた。望遠レンズ3000mmで撮影。確かにウグイスの声がする方向にレンズを向けて撮ったのだけど、カメラのモニターで見たときはモズかなと思った。帰宅してパソコンで画像を確認すると、モズに似ているが、もしかしてウグイスかも・・・と。

 母が手で洗っていたのはクリスマスの夜にお菓子を入れる靴下 (宇治・清原茂樹)

s-モズ20190503
 こちらは前日に撮影したモズ。尾の部分が切れているのが残念。

 戦後には豊かさ知らぬ子の遊び路地の先まで日の暮れるまで (横須賀・浜田節子)

 s-春爛漫20190504
 こんな光景もいいね。

 雨の降る気配は分かる ぼんやりといつ止むのかが分からず過ごす (東京・仲原佳)

 s-白い花20190504
 ハコベ。ナデシコ科ハコベ属の総称。花弁は5弁であるが、根元近くまで深く2裂するため10弁に見える。世界に約120種あり、日本には約18種ある。(Wikipediaによる)

 本人ののぼり背負いて本人を証す人あり黄砂降る日に (上尾・菅原玲子)

 s-シャクヤク②20190504
 まだ蕾の赤いシャクヤクボタンかな。
 
 もう十分悲しんだからわが友よ仕合はせになれ亡き人のため (京都・佐藤嘉彦)

 s-シャクヤク20190504
 白いボタンは満開。ボタンとシャクヤクの花はよく似ている。同じボタン科ボタン属。しかもこの2つの花の英語名は「peony」。つまり英語圏の国では区別されていない。
 見分けるポイントは「葉」。ボタンは葉にツヤがなく、大きく広がり、先が3つに分かれている。一方、シャクヤクは葉にツヤがあり、葉の先にギザギザはない。全体的に丸みもあるとのこと。(Wikipediaより)

 連日好天、しかも庭先も里山も花、花、花・・・。昨日は朝飯前にウグイスを狙って徘徊、その後、畑や畦道の雑草刈り。午後は実家の物置の整理。そんなことをしている中、同級生が自宅敷地内の山野草を持って来てくれたり、近所に住む別の同級生がぶらりとやってきて、物置から出た大量のゴミ出しについてアドバイスしてくれたり。

 ではまた。皆さま、お健やかにお過ごし願います。 

山吹の咲きたる野辺のつぼすみれ此の春の雨に盛りなりけり (高田女王)

山吹の咲きたる野辺のつぼすみれ此の春の雨に盛りなりけり (高田女王)

 今年のタイトルは万葉集から。いわきは今、ヤマブキもスミレ(タチツボスミレ)も満開。

 今回も短歌は『現代の短歌』(篠弘編・東京堂出版・2012年1月10日刊)から。作者は佐藤佐太郎。明治42年宮城県生まれ。斉藤茂吉に師事。昭和62年、77歳没。

 苦しみて生きつつをれば枇杷の花終りて冬の後半となる 

 s-エンドウ豆の花20190419
 エンドウソラ豆の花。以下、新緑の山と桜以外はほぼ庭先・畑の花々。

 われひとりめざめて居たりかかる夜を星の明りといはばいふべし
  
 s-八重ヤマブキ20190419
 八重のヤマブキ。

 あたたかにみゆる椎の木に近づきて椎の木の寒き木下(こした)をよぎる

 s-白い小さな花20190419

 みづからの光のごとき明るさをさげて咲けりくれなゐの薔薇
 s-八重スイセン20190419
 八重のスイセン。

 わが胸のうちに涙のごときもの動くと人に言ひがてなくに
 s-アジサイ新葉20190420
 アジサイの新葉。

 貧しさに堪ふべき吾はもだしつつ蝌蚪(くわと)ある水のほとりを歩む

 s-梨の花20190420
 ナシの花。

 はるかなるものの悲しさかがよひて辛夷(こぶし)の花の一木(ひとき)が見ゆる
 s-サクラ20190420

  街上のしづかに寒き夜の靄われはまづしき酒徒(しゅと)にて歩む

 s-白い花20190420

 あらはれて幾ところにも水湧けり音あるいずみ音なき泉
 s-赤い花20190120

 いつよりといふけじめなく幼子の音たしかにて階段を踏む
 s-黄色の花20190420

 すさまじきものとかつては思ひしか独笑(ひとりわらひ)をみづからゆるす

 s-ヒメジオン20190420

 とりかへしつかぬ時間を負う一人ミルクのなかの苺をつぶす
 s-陽光20190428

 さく薔薇の土に影おくかたはらに老いて愁の多きは何か
 s-何これ20190428

 午睡する老いし形を妻はいふみづから知らぬあはれの一つ
 s-ヤエザクラ紅20190428

 アンコール・ワットの濠にほてい葵の花うごかして水牛沈む
 s-ヤエザクラピンク20190428

 手につつむ真玉(またま)のごときものありて生くる一年さやかにあらな

 s-赤い花②20190429

 えにしだは黄の花をどる枝垂れてゆききのわれの愁を知らず
 s-新緑②20190429

 珈琲を活力としてのむときに寂しく匙の鳴る音を聞く
 s-新緑20190429

 われの眼は昏きに馴れて吹く風に窓にしきりに動く楤(たら)の葉

 s-紫の小さな花20190429

 杖をつく人いくたりか道に逢ふわれに似てこころよき対象ならず
 s-紫の花④20190429

 わが視力おとろへしかば両足の爪を切るときその爪見えず
 s-紫の花③20190429

 屋根の霜みるみるうちに融けゆくを冬のわかれと謂ひて寂しむ
 s-ハナミズキ20190429
 ハナミズキ。

 冬ながら暖かき日のつづきゐる段落ひとつ黄の銀杏ちる
 s-トキワマンサク20190429
 トキワマンサク。

  おのづから星宿移りゐるごとき壮観はわがほとりにも見ゆ
 s-スミレ20190429
 スミレ。

 その枝に花あふれ咲く雪柳日々来るわれは花をまぶしむ
 s-シャクヤク20190429
 シャクヤクの蕾。

 佐伯一麦の『山海記(せんがいき)』(講談社・2019年3月20日刊)を読んだ。帯の惹句は以下の通り。「海は割れ、山は裂けてその相貌を変える。はざまに堆積していく人びとの営みの記憶、それを歴史というのではないか・・・・・。東北の震災後、水辺の災害の痕跡を辿る旅を続ける彼は、締めくくりに 3.11 と同じ年に土砂災害に襲われた紀伊半島に向かう。道を行き、地誌を見つめて紡ぐ、入魂の長編小説。現代日本における私小説の名手が描く、人生後半のたしかで静謐な姿。」

 野山は花々で充ち溢れていますね。昨日(4/9)、阿武隈山系の林道をドライブ。八重・枝垂れ桜、山吹、菜の花、雪柳が満開! 無住の住居もそここにあり寂しい光景のところもあるものの、陽光の中に花々が咲き競い、桃源郷のようだった。
 
 おかげさまで拙ブログも300回目を迎えました \(^o^)/ 。 皆さま、お健やかにお過ごし願います。
プロフィール

kantarou + 6

Author:kantarou + 6
畑や庭での作業を楽しんで、晩酌・早寝・早起きの毎日です。読書やドライブも好きです。

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