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中国、常熟・上海、3泊4日

 先ずは7/5(火曜日)の常熟市。前日は大雨・大風の荒天だったとのことで、空がきれい。常熟は上海市街から西方へ80kmほどに位置する。いわき市ほどの面積(1,264平方km)、人口200万人(いわき市の人口は約30万人)。ホテルの21階の部屋から見ると、見渡す限りビルやマンションで埋まっている。写真ではよく分からないが、通り沿いには幅広い緑地帯が設けられている。
 常熟20160705
 常熟市の北側は揚子江。常熟港には5万トン級の船舶が停泊可。同市に進出している日系企業は約220社。夜は日本料理店に行ったが、毎週火曜日に九州から魚等の食材が空輸されてくるとのことで、火曜日の飲み会となった駐在員は、真っ先に刺身を注文。ビール、焼酎(富乃宝山)の一升瓶(ボトルキープができる)、日本酒少々、色々食べて最後はざるそば。どれも博多の居酒屋で食べている味!! 4人で28,000円。博多の居酒屋で飲むよりは高いけど (というか、博多が安くてうますぎるのだが・・・)、ビックリする値段ではない。
 町中に出ると電動バイクが全盛。免許書もヘルメットも不要とのこと。要するに電動自転車の進化形として扱われているらしい。ナンバープレートもなければ保険もなし。時速40~50kmは出ているのに・・・。訪問先の会社でも、駐輪場に充電設備を設置したとのこと。

 こちらは7/8の上海・東浦地区。梅雨時なので、連日夕方になるとスコールがあり、空がきれい。
 上海20160708

 新しく作られた街。幹線道路は片側4車線、幅広い緑地帯が設けられている。樹木の成長とともに街は一層きれいになっていく。今回の出張の同行者は、中国は3年振りとのことで、「3年前と比べるととてもきれいになっている」と感心していた。
         上海20160708②

 3車線分ほどもある緑地帯。
 上海20160708③

 日本では中国経済の停滞ばかり報道されているが、実際に現地に行くとそんな感じはしない。6%程度の成長に減速したというが、その6%はタイ国の経済規模に匹敵するのだから、毎年タイ国が1個誕生していることになる。鉄鋼等の過剰設備に苦しんでいる業界もあるが、世界第2の経済規模の国の6%成長はやはり大きい。
 中国の方と話をすると、政治は政治、経済は経済と割り切っている。自分の身の回りに日本へ観光などで行ってきた人が格段に増え、生の情報に接することで、むしろ日本への憧れは高まっているとのこと。

 それにしても、還太郎にとって、中国は人口も経済も街並みも巨大すぎるし、変化のスピードもすごい。巨人国の回転木馬に乗せられてしまった小人のような気分に陥ってしまう。(カメラを持って行かなかったので、今回の写真は全て携帯電話で撮影。なお、「青空」はいつも見られる光景ではないことをお断りしておく。)

 皆さま、お健やかにお過ごしください。

ベトナム3泊4日

 ベトナムへ行ってきました。7/27、アパートを出たのは5:20。7/30、ホーチミンのホテルを出たのは4:00。バタバタの4日間。 (本稿は昨夜UPしたのでありますが、本日、S先輩から植物名他、数々のご教示あり。ベトナムの植物までご存知ですかと伺うと、温室栽培では比較的ポピュラーな品種だからとのことでした。毎度感謝、感謝です。)

 ホテルの12階の窓から見るサイゴン川支流。夕方は上流(左上)から草のかたまりなどがゆっくり流れてくるが、朝見ると草のかたまりが川を遡っていく。河口までは相当の距離があるはずなのだけど、大陸の末端だから海抜差は殆ど無いようで、潮の干満の影響だろう。
 s-ベトナム20140727①

 到着した27日は日曜日なので、ホテルの近隣徘徊。フランスの植民地時代に作られたという郵便局。
 s-ホーチミンの郵便局

 朝6時半頃の建設現場前。徹夜で仕事しているのか、作業員が休んでいる。或いはこれから作業開始か。ここはテーブルも椅子もあるが、何もない歩道でおばさんが開店していて、そこで体育座りをして朝食を食べている人も大勢いる。朝食代12,000ドン=60円。
 s-朝の路上

 6時半頃の通勤風景。絶え間なく続くバイク群。道の向こう側に渡ることは早々にあきらめた。
 s-朝の通勤風景

 以下、朝の散歩で見かけた花々。ハイビスカス。
 s-ハイビスカス20140727

 サンタンカ。
 s-サンタンカ20140727

同じくサンタンカ。
s-サンタンカ②20140728

 クリヌム。
 s-クリヌム20140727

 同じくクリヌム。
 s-クリヌム②20140728

 アラマンダ。
 s-アラマンダ20140728

 ヘリコニア。
 s-ヘリコニア20140728

 クロッサンドラ。
 s-ベトナム20140727の②

 プルメニア。
  s-プルメリア20140728
 
 ホーチミン市内のあちこちに大木が。高温湿潤で、氾濫原ゆえに地味も豊かなのか。
 s-大木⑤201407 s-大木④201407 s-大木③201407

 s-大木②201407 s-大木①201407 s-大木⑥201407

 こちらは今回訪問した工場があるビエンホアー市の「雅園」。建物からして相当古いものと思ったが、数年前に移築したものとのこと。日本と同様の木造建築の文化を感じて魅かれた。ベトナム人社員の希望で、20名ほどでここで懇親会をした。
 s-雅園20140729
 
 s-雅園②201407  

 s-雅園③201407

 雅園の庭に並ぶ「盆栽」。これも日本と同様。但し、石との組み合わせ。中国の水墨画の影響なのか、文人墨客風のフィギアも配置されている。石の窪みの僅かな土で、これほど幹の太い盆栽を育てるのに何年かかるのか!
 s-盆栽⑤20140729

 s-盆栽④20140729

 s-盆栽②20140729

 s-盆栽①20140729

 s-盆栽⑥20140729

 s-盆栽⑦20140729

 べトム訪問は2回目。水と緑が豊富で、野菜も海鮮も生で食べてもokなのも有難い。ベトナムの会社にはベトナム人の4人の部長さんがいるが、男性1人、女性3人(40代1人、30代3人)。若くて意欲に溢れた頑張り屋さんが大勢いる。

 駆け足のベトナム訪問記はここまで。皆さま、お健やかに。

浜町公園午前8時

6/16から3泊4日の東京出張だった。田舎暮らしに馴染んだ体には、満員電車はきつい。

 以下は6/19の8時過ぎの日本橋浜町公園。紫陽花がそこここに咲いている。
 一劃は紫陽花園と申すべし(稲畑汀子)
 s-アジサイ20140619

 満開ですなあ! 梅雨ぐもり ただに物うきのみならず 紫陽花の花は 色濃かりけり(岡麓)
 s-あじさい②20140619
 
 淡い色が何ともいえない。昨日より色のかはれる紫陽花の瓶をへだてて二人かたらず(啄木)
  s-あじさい③20140619

 こちらはザクロの花。 散るといふは火のこぼるゝや花柘榴(喜舟)
 s-柘榴20140619

 こちらはオトギリソウと思いきやビヨウヤナギとS先輩からご教示あり。共にオトギリソウ科ながら、オトギリソウは一年草、ビヨウヤナギは小低木。
 s-弟切草20140619

 こちらは浜町公園近くのビルの前のスイレン。手を伸ばす水の少女か一むらの濃き緑より睡蓮の咲く(晶子)
 s-蓮20140619

 なかなか近隣徘徊ができないので、今回は出張先で撮った写真でお茶を濁した。
 皆さま、お健やかにお過ごしください。

浜町公園は桜満開!!(4/2)

4月2日午前8時の中央区浜町公園。各種の桜が満開。 
 
 s-浜町公園20140402⑦

 s-浜町公園20140402③
 
 s-浜町公園20140402②

 s-浜町公園20140402④

 八重咲きのハナモモ。
 s-浜町公園20140402⑤

 『八重咲きハナモモの白花品種か? 枝先が見えるとよかった。』(S先輩)
 s-浜町公園20140402⑥

 翌日の4/3のいわきは雨。夕方から雨脚は強まり、一晩中雨音が強い。今日4日は大雨、落雷、雹に注意とのこと。皆さまもお気をつけて!

台湾~静岡~春日部

ゴホンといったら、龍角散

 10月初めから続いていた咳が、やっと収まりました。ひと月かかりました。10月29、30日と台湾で会食2連ちゃん。「金門高粱酒」(58度)でうがいしたのがよかったみたい。
 この間、風邪薬他、いろいろ服用しましたが、ビッキ@山学校さんに勧められた「龍角散」も効きました。祖父の常備薬だったことを久方振りに思い出し、懐かしくもあり、缶のデザインが当時と全く変わっていないように思えることもむしろ新鮮で、持ち歩いていました。龍角散の原型は、江戸時代中期に佐竹藩の御典医の藤井玄淵によって創設されたとのこと。まことに歴史のある薬であります。 
                 龍角散

 台湾に向かう機窓から(10/29)
 まずは霞ケ浦の末端部。写真右下の岬のようなところが和田公園。和田公園辺りから上に視線を転じていただくと、雲の切れ間に北浦、そしてさらに上に、海岸線に打ち寄せる太平洋の白波がかすかに見える。
 霞ヶ浦和田公園

 三浦半島の先に大島、利島、新島など。
 三浦半島大島他
 
 次いで浜名湖。右手前が猪鼻湖。その上が浜名湖。湖の面積としては日本で10番目。形が複雑で、細江湖、猪鼻湖、松見ヶ浦、庄内湖の4つの枝湾を持ち、湖の周囲長は日本第3位。因みに、浜名湖名物「うなぎパイ」はgooお土産ランキングで、「白い恋人たち」「長崎カステラ」に次いで第3位。
 浜名湖

 さて、この特徴的な地形はどこでしょう? 小学校か中学校の頃、見た覚えがありませんか? 写真中ほどの左端が、四国最東端の「蒲生田岬」(徳島県)です。写真は瀬戸内側から撮ってます。ワニに飲み込まれそうな魚のように見えるのが舞子島。
 蒲生田岬灯台と紀伊日の御埼灯台を結んだラインまでが瀬戸内海とのこと。
 徳島県蒲生田岬

 鹿児島湾です。写真右下に噴煙を上げる桜島。右手薩摩半島の先には開聞岳(標高924m)。左手大隅半島の先端は佐多岬。沖合の島は宮之浦岳(同1,982m)をいただく屋久島ではないかと?
 桜島



 10ヶ月振りの台湾 

 海外に出ると文盲と化してしまう私にとって、台湾は楽しい地であります。街の看板も微妙に読める。駅の改札やレストランで押しのけられたり割り込まれたりしない、横断歩道はちゃんと歩行者優先になっているなどなど、気疲れしない町なのであります。
 『桃園飛行場』のある台北から顧客の会社がある台中まで、新幹線で約一時間。日本の新幹線技術が導入されており、車内はちょっと前の東海道新幹線のデザイン。新幹線ができる前は、台中での顧客との会食で、なんとか潰そうとする乾杯攻勢を躱して、高速道路で台北まで帰ってきた。バンバン飛ばす運転は怖いし、車の振動で内臓が掻き回されて酔いが促進される。台中に泊まると言うと、もう一軒行くことになるから、必ず帰ることにしていた。毎回、酔うことは酔うが前後不覚になったことは幸いにもない。

 「台北喜来登大飯店」は「台北シェラトンホテル」です。あとは読めますよね。『シェラトンホテルの駐車場です。当ホテルの社員以外の駐車はご遠慮ください。』。
 シェラトン社員駐車場

 台湾も雨でした。以下、帰国する日、早起きして雨の街を歩いて撮りました。さすがに温かい。日中は28℃まで上がるとのことで、まだまだ秋の気配は感じられない。
 台湾①「ダンドク」
 台湾②「ペンタス」
 台湾③パープルスター」 
 台湾 ④「ムラサキシソンカ」
 台湾⑤「ハナキリン」
 台湾⑥「コチョウラン」
 台湾⑦「ヒオウギ」

 台湾では、通りの50m~100m毎にある「セブン・イレブン」に日系某社の『楓康呉羽保鮮膜』が必ずある。『楓康呉羽保鮮膜』の台湾でのシェアは45%に達し、日本よりも高いそうな。台湾のスーパーやホームセンターでは20m、50mに加えて60m品もある。因みにこの店の20m品の価格は79台湾ドル、日本円で220円前後になるが、日本でもコンビニではそのくらいの価格である。

 台湾7-11

 11/1は午後から静岡へ

 富士山の山頂部はすっかり雪。冬の風の強い日などは春日部からでも意外なほど大きく見えることがある。国道16号線を野田方面から春日部に入ってくると、16号線の延長線上に「何だあれは?」と声に出してしまうほど大きな山容が目に飛び込んでくる。富士山しかありえないと納得するのだが、それにしても大きい。どこから見ても、富士山はいい!!
 富士山121101
 
こちらは国際宇宙センターから見た富士山(2001年5月27日)。やはり大きい!!(wikipedia)
 s-国際宇宙ステーションから見た富士山

 駿府公園。これはガマズミ。スイカズラ科ガマズミ属。こうして見ると、秋に赤い実をつける植物の多いことに驚く。いままでは「赤い実」としか思わなかったが、写真を撮り始め、しかも最近はその名前を調べるようになったので、その多さに気付かされる。赤い色は鳥類が好むのか、単に目立つから鳥類の餌になり繁殖の機会が多くなるからか。鳥類は色盲ではなかったっけ? 人間が赤く美しい実を愛でて栽培することによる繁殖を図っているのか?
 ガマズミ121101

 お次はセンリョウ。センリョウ科センリョウ属。
 センリョウ

 マンリョウもよく知られた植物であるが、ヒャクリョウ、ジュウリョウもあるとのこと。ふざけているのか、単なる語呂合わせか。上からマンリョウ、センリョウ、ヒャクリョウ、ジュウリョウ。
 マンリョウもヒャクリョウ(唐橘)もジュウリョウもヤブコウジ科ヤブコウジ属。イチリョウもあるそうな。(wikipedia)
 s-万両 s-千両
 s-百両  s-十両

 今回の〆はやはり地元の秋の風景から。秋晴れの青空、黄葉、辺りに満る野鳥の声。
 岩槻公園121103

 『里の秋』 斉藤信夫作詞、海沼実作曲。

      1. 静かな静かな 里の秋     お背戸に木の実の 落ちる夜は
        ああ 母さんとただ二人    栗の実 煮てます いろりばた

      2. 明るい明るい 星の空     鳴き鳴き夜鴨(よがも)の 渡る夜は 
        ああ 父さんのあの笑顔    栗の実 食べては 思い出す

      3. さよならさよなら 椰子の島  お舟にゆられて 帰られる
        ああ 父さん御無事でと    今夜も 母さんと 祈ります 


 小学校の時に3番の歌詞まで習ったのかな? 3番の歌詞の意味がよく分からず、ネットで調べてみたら、南洋に出征した父親の帰りを待つ歌とのこと。上記の歌詞は昭和20年版。昭和16年版の3番の歌詞は下記の通り。

      3. きれいなきれいな椰子の島   しっかり護って 下さいと
        ああ 父さんのご武運を    今夜も一人で 祈ります

 昭和20年版は、終戦したのちに、帰還する兵士を待つ家族のために急遽歌詞を変えて、NHKがラジオで流したとのこと。
 
 しみじみしてしまう秋であります。今回はここまで。
 
プロフィール

kantarou + 6

Author:kantarou + 6
畑や庭での作業を楽しんで、晩酌・早寝・早起きの毎日です。読書やドライブも好きです。

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