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齷齪(あくそく)

 齷齪(あくそく)。心にゆとりがなく、目先のことに追われてこせこせと気ぜわしく事をするさま。青空文庫では「あくそく」とルビがふってあるが「あくせく」とも。(今年のタイトルは漱石・『草枕』の難解熟語)

 今回の短歌は『昭和万葉集秀歌』の【二 相聞と挽歌】から。作者名の後の数字は作品の発表時期(22.12は昭和22年12月)。

 戦ひに命死ぬべしと別れたりき吹雪(ふぶ)きて青き夜の窓なりき(河村盛明 22.12)

 s-朝露20180624
 スギナ。

 今回の写真は6/24いわきにて。

 戦につづく幾とせのきびしきをけふのいのちありて君に会ひにけり(赤谷昭枝 25.1)

 s-朝の景色20180624

 絹マフラー色はなやかに笑み来るを枇杷の花匂ふ樹の陰にまつ(小山智士 23.2)

 s-茗荷と蕗20180624

 うるはしき水無月の野路いそぐとき待たるる人とわれを思ひぬ(佐藤春夫)

 s-朝の景色④20180624

 思ひ浮かぶかの日の別れ青芝に汝(な)れが影あはく長くうつりゐき(山本成雄 23.8)

 s-朝の景色③20180624

 逢ふ日あり逢はぬ日ありて青麦のさやさやとこころ君にかよへる(金井明 26.7)

 s-朝の景色②20180624
 ムラサキツユクサ。

 逢わむ日を心に待てば美しくなりたしと念(おも)うかなしきまでに(前田安津子 23.10)
  
 s-紫陽花20180624
 アメリカノリノキ「アナベル」
 
 訪ね行き君に見せむと結いにける我がくろかみに春の雪ちる(栗谷節子 22.5)

 s-桔梗20180624
 キキョウ。

 乾草のかぐはし中に身を投げて目閉(とぢ)る時にふれて来よ君(森下真理 23.8)

 s-薔薇20180624
 バラ。

 むらさきの日傘の色の匂ふゆゑ遠くより来る君のしるしも(川田順 27)
 *「匂ふゆゑ」は美しく映えるので。*「しるしも」は著しも。きわだっている・はっきりしている。

 s-花②20180624
 ペンスモンテン。

 わがこころの環(たまき)の如くめぐりては君をおもひし初めに帰る(川田順 27) 
 *「環の如く」はめぐりめぐってきわまるところのないことのたとえ。

 s-花20180624
 ヒメランタナ。

 春のめだか雛の足あと山椒の実それらのものの一つかわが子(中条ふみ 29) 

 s-ダリア20180624
 ダリア。

 剪毛(せんもう)されし羊らわれの淋しさの深みに一匹づつ降りてくる(中条ふみ子 27)

 s-ダリア②20180624

 思ふ人あらば君疾(と)く癒えなんと言ひし医師(くすし)をひそかに愛す(小島和子 30.12)

 s-ダリア③2010624

 明日の逢ひを約して丘を下る視野に海に続かむ川展(ひら)けたり(山本詞 31.5)

 s-シソ20180624
 シソ。

 やはらかく雑草の丈に閉ざされて座れば君に月さしにけり(馬場あき子 30.9)

 s-いただきもの20180624

 還太郎は6月末にいわき市へ転居する。上掲の写真は送別会で頂いたもの。花束のほかにもいろいろなお餞別品をいただいたが、最も多かったのはお酒。土浦に住んだこの1年間、毎日会社に行くのが楽しみだった。職場の仲間に感謝。
 ということで、7月からは、いわきにいる92歳の義母と90歳の実母に親孝行の真似事をしつつ、妻の指導を受けて野菜作りに励むことに。これからもブログは続けるので、絶滅危惧種的に少ない弊ブログの読者の皆さま、引き続きよろしく。

 皆さまのご健康を祈っております ! 実は今日も送別会なのであります・・・。

弊竇(へいとう)

弊竇(へいとう)、の「竇」は穴の意。弊害となる点。欠陥。「今代芸術の一大弊竇は・・・」。(今年のタイトルは漱石・『草枕』の難解熟語。)

 今日は薄曇りで午後時々晴れ。一昨日と昨日、そして今日も午前中は長袖のポロシャツを着用。半袖では寒い ! 9時過ぎからご近所のお庭の鑑賞しつつ散歩した。
 
 今回の短歌は講談社現代新書『昭和万葉集秀歌 〔二〕相聞と挽歌』(岡井隆 編・昭和59年12月20日刊)から。

 相逢はぬ日を重ねつつたな雲の夕づく頃はひとり嘆くも(中島勝)

  s-バラ20180617
 バラ。

 告げがたき思ひにふるふわれの手に大き蛍を娘(こ)は呉れにけり(岩田清)

 s-バラ②20180617
 バラ。

 葉をこぼす木の間あかるし先ゆきて言葉少なき人をさびしむ(鶴見英之)

 s-黄色の薔薇20180617
 ダリア。 

 逢へる夜の時じくの雪顔臥せて歩める汝(なれ)が額(ひたい)ぬれつつ(相沢正) *「時じく」は季節はずれの意。
 
 s-ピンクの花2180617
 アルストロメリア。

 後髪(おくれげ)に触(ふ)りつつわれのきよかりき雪ある舗道に小雨ふり出づ(松坂二郎)  
 
 s-ブルーベリー②20180617
 ブルーベリー。

 あわただしく過ぎゐる吾にかぎろひの夕べの逢ひはたまゆらなりし(五味保義) *「たまゆら」はわずかの時間の意。
 
 s-黄色の花20180617
 ヘメロカリス。

 手を垂れてキスを待ち居し表情の幼きを恋ひ別れ来りぬ(近藤芳美)

 s-黄色の花③20180617
 イヌガラシ。

 みつめゐる君が面(おも)わの眩しければサン・テクジュペリのことを話し出(いだ)しぬ(近藤とし子)

 s-合歓の花20180617
 ネム。

 我が若き思ひのすべて街を往く君を包みて夕霧となれ(加太こうじ)

 s-狛犬20180617

 うつつなくわれら相より月かげに遠潮鳴(とおしおな)りの音をききにき(坂東房子)

 s-紫の花20180617

 月読(つきよみ)の蒼き光もまもりませ加那(かな)(ゆ)き給ふ海原の果て(島尾ミホ)  *「月読」は月の神または月の意。「加那」はあなた、君の意。

 s-赤い花③20180617
 ダリア。

 わが想う人も恋ふらめ山の上(へ)の明けなむとする薔薇光(かげ)のそら(島尾ミホ)

 s-青い花④20180617
 ムラサキツユクサ。

 ふり向かず別れては来ぬ別れ来て冬木の道に涙こぼしき(潮霧子)

 s-赤い花②20180617
 アルストロメリア。

 リラの花卓のうへに匂ふさへ五月(さつき)はかなし汝(なれ)に会わずして(木俣修)

 s-青い花②20180617
 グラジオラス。

 汝が吐息頬近うまでおぼゆるを愛しきものと眼(まなこ)とぢをり(村尾公) 

 s-赤い花20180617
 ダリア。

 泥まみれの天使のようなお前、そっと抱けば空に立つ虹(前田透)

 s-青い花20180617
 キキョウ。

 くれなゐの苺の汁を吸ふごとき戯れをもて唇(くち)触り給ふな(杉浦翠子)

 s-新葉20180617
 シロダモ。

 あさあけに白き帆船を夢みたり醒めてこほしきわがこころづま(服部忠志)

 s-紫陽花③20180617
 アジサイ。

 見出(みいだし)たる嬉しさに叫ぶ妹の声か木魂となりて再びは聞こゆ(遠藤正人)

 s-紫陽花20180617
 アジサイ。

 お茶の水崖のつたの葉紅(あけ)にそみ妻となる娘(こ)を思ひつつ見る(木山捷平)

 s-紫の花⑥20180617
 トキワハゼ。

 まがなしき心きはまりたまさかに逢ひ得し君を泣かしめにけり(山口茂吉) *「まがなしき」はいとしいの意。

 s-蝶20180617
 アゲハチョウ。

 蒲の穂にさやに霜降り冷ゆる夜を君と相寝るさちを恃(たの)まむ(山口茂吉) 

 s-白い花20180617
 ダリア。

 人生のはじめてにしてきみと聴く谷川の音ほかはなかりき(岡山たづ子)

 s-白い花②20180617
 インドハマユウ(クリナム)。
 
 添ひて座る吾妹(わぎも)はいまだいとけなし南京玉を指にはめたり(白駒一義) *「南京玉」は小さな穴のあいた陶製やガラス製の玉。
 
 s-白い花③20180617
 ニンジンかな?
 
 
 ふくろふは雪降る夜半も鳴くと云ふ覚めて歎きて君はききけむ(森本康子) 

 s-白い花④20180617
 ハコベ。

 おもひいでてたへがたくをりうつむける君が睫(まつげ)のながかりしかも(久保田安治)
 
 s-捩花20180617
 ネジバナ。

 今日は1万歩ほど歩いたのだが、町内の環境整備の日になっているようで、多くのお宅が生垣の剪定作業をやっておられた。
 皆さま、天候不順というか梅雨です。ご自愛願います。


 

幽闃(ゆうげき)のあなた、遼遠(りょうえん)のかしこへ

「幽闃(ゆうげき)」は寂しく静かなこと。「あなた」は自分や相手から遠いところ。遼遠(りょうえん)ははるかに遠いこと。「かなた」も遠くはなれた方。(今年のタイトルは漱石・『草枕』の難解熟語。)

 前回までテキストにしていた『わが愛する歌人」(第一集~第四集・有斐閣新書)は終了。今回のテキストは『角川現代短歌集成 3 自然詠』。

 じゅっぽんのゆびを広げて指の間に五月の風を入れております (上野春子『虹の食べ方』)

 s-ピンクの花②20180531
 ヒルザキツキミソウ。

 時間ひらたく大皿の縁にもりあがり今しあふれん五月の朝 (糸川雅子『組曲』)

 s-ピンクの花20180531
 ヒルザキツキミソウ。

 わが息子のにきびのやうな力にて五月の山は動きゐるなり (藤岡成子『真如の月』)

 s-朝日が当たる20180531
 コニファー。
 
 鯉のぼりほうとふくらみくたと降るこの緩慢なる力見よとぞ(川野里子『五月の王』)
 s-新芽20180531
 コニファー。

 ふろばより走り出て来し二童子の二つちんぽこ端午の節句 (佐佐木幸綱『金色の獅子』)

 s-朝顔20180531
 コヒルガオかな?

 うす赤き茎匂ひたち菖蒲湯にをのこ子ひとり浄められゆく (小宮山久子『夕稜』)

 s-紫の花20180601
 キキョウソウ。

 鯉幟蛍光塗料あざけらく或る夜垂直の死後硬直(リゴル・モルチス) (山城一成『葉隠様式』)
 
 s-黄色の花②20180531
 カタバミ。 

 五月六日立夏のゆうべ緑なる草蜉蝣(かげろう)は机に来をり (宮柊二『獨石馬』)

 s-紫の花②20180531
 マツバウンラン。

 母の日にプレゼントされし傘翳(かざ)せば雨音は娘のささやきに似る (村田不二江『二人しづか』)

 s-黄色の花20180531
 タンポポ。

 傘雨忌の青葉のあめは眼鏡屋のめがねを濡らすことなく過ぎぬ (小島ゆかり『獅子座流星群』)
 *「傘雨忌」は作家・劇作家・俳人の久保田万太郎の忌日。5月6日。「万太郎忌」とも。

 s-防火用水池
 工場の防火用水池。朝と昼、鯉に餌を与えるのが楽しみ。まず池の縁のコンクリートを叩くと十数匹の鯉が私の方へ寄ってくる。餌を投げ入れるとピラニアが獲物に襲い掛かるような勢いで競い合って食べる。

 寂しさを身の重りとなし衣替へぬ水無月あらあらと山きほひ立つ (佐藤美知子『白珠』)

 s-なにこれ2010531

 六月のもの思(も)うも憂き雨の日は胸のあたりに古墳が眠る (渡辺松男『寒気氾濫』)

 s-はな20180531

 ピンはずしとびたたむとする青き蝶みなづき若葉の光の大地 (木造美智子『遠き舟唄』)

 s-ツツジ20180531
 サツキ(大盃)

 水無月という六月の空晴れてランプは納屋に麦は畑に (岡部桂一郎『一点鐘』) 

 s-ツツジ②20180531
 サツキ(大盃)

 みづがねのひかりの潮にみなぎらひ爆撃機(ステレス)見えざる空の水無月 (島田修三『東洋の秋』)
*「みづがね」は水銀のこと。
 
 s-シロツメクサ20180531
 シロツメグサ。

 (よし)と言ひ葦(あし)と呼ばれて湖岸の水無月直ぐ雨期に入りゆく (安永路子『褐色界』)

 s-キク20180531
 タイカンマツバギク。
 
 今回の写真は全て還太郎が勤務する工場で撮った(5/31、6/1)。植木もたくさんあるが、数万平米の敷地なので除草が行き届かないのが幸いし、あちこちに野草が折々の花を咲かせる。
 天気予報では来週梅雨入りかと。皆さま、ご自愛専一に。

暮れんとする春の色の、嬋媛(せんえん)として

暮れんとする春の色の、嬋媛として。「嬋媛」は美しく心ひかれるさま。(今年のタイトルは漱石・『草枕』の難解熟語。)

 今回の短歌は松倉米吉。テキストは有斐閣新書『わが愛する歌人 第四集』(1978年刊)。解説は田井安曇。
 松倉米吉 : 明治28年12月25日~大正8年11月25日。新潟県出身。明治40年高等小学校中退。鍍金工場に勤務。大正5年肺炎を病み休職。大正6年西洋洗濯業をへて、金属挽物職に奉公し、挽物職人となる。大正2年「アララギ」入社、古泉千樫に師事。その作品は病苦と闘う青春の苦しみと、愛を、確かな写生の目でとらえ表現している。

 吾の身の吾がものならぬはかな日の一年(ひととせ)とはなりぬ日暮待ちし日の

 松倉米吉は行路病者扱いで東京施療院で死んだ。数え年25歳。上掲の歌は美しい歌というような種類に凡そ属さないごつごつの歌だが、リズムは重くたゆたい、哀切である。「ヒトトセトハナリヌ」と9音で行き、更に「ヒグレマチシヒノ」と8音で結ぶ。「はかな日」の中身をもう一度言葉を替えてリフレインのように据えている。米吉は歌っているのである。決して叙述しているのではない。

 s-赤い実20180527 (1)
 ニワトコ果実。

 槌を打つ窓にをりをり椎の葉に陽の照りはゆる朝のうれしも

 米吉は新潟県頚城郡糸魚川町に生まれ。5歳で父を失い、11歳で親戚に預けられ、更には母が上京して再婚・・・と続く。松倉家は事実上ほろび、米吉はさながら孤児と化す。13歳で高等小学校を中退して上京し、母の婚家に寄寓し、メリヤス工場に就職。ただ母の死後、義父は本妻を呼び戻しているから、はたして正式の結婚であったのか、疑問である。

 s-緑の葉②20180527
 ネム。

 日除(ひよけ)にと粉袋かけて見たりけりあはれこの貧しさにあくまでふさはし

 大正4年4月号「アララギ」に、以下の2首とともに掲載された作品。この頃はまだ鍍金工場に勤務。それにしてもこの一連の貧乏への自信はどうだろう。「あはれこの貧しさにあくまでふさはしい」と「日除の粉袋」を言うことばかりではなく、謳われていてることは不安や歎きや困惑でありながら、しかもなお背骨をまっすぐ立てて昂然としてしているではないか。

 s-緑の葉20180527
 
 半月に得たる金のこのとぼしさや語るすべなき母と吾かな

 s-葉④20180527

 極まりて借りたれば金のたふとけれあまりに寂しき涙なるかも

 師の古泉千樫の米吉評。真率にして痛切なる、読むに堪へざらしむるまでである。実生活上如何なることにも失望せず、勇猛なる意志を以て自己を向上し改造することに努力して貰ひたい。内面的に突き進んだ歌もそこから自然に生まるると思ふ。

 s-葉③20180527
 ノゲシ。
  
 大川の宵の満ち汐闇ふかく波ふくよかにほの光りくも 

 大川は墨田川つまり荒川の下流をいう。この暴れ河も海へ出るところでは静かな川となり、その水面一杯に闇の向こうから潮が押してくる、それはよく見ればほのかに光となってふくらんで来る、というのである。このとき、米吉は22歳、5月に肺炎を病み数度の喀血を見ている。
 
 s-葉②20180527

 灯ともす街飯(いひ)煮ゆる匂ひうまければ涙ながれて母に帰るも

 大正6年の作品。もう米吉の晩年といっていいだろう。あと3年の猶予しかない。当時失業状態で病を養っていた。上掲の歌には「貧しさに家出を思ひて」と註がある。

 s-葉20180527

 今は言(こと)かよはぬか母よこの月の給料(かね)は得て来て吾は持てるを

 大正6年12月、母は死ぬ。死と給料を結び付けた歌はあったか知れぬが、それをかく哀切に誰が唄い得たろうか。

 s-白い花20180527
 ウツギ。
 
 下駄をはきつつ居れりとは知れど人目しげし顔さへ見ずに離るる切なさ

 米吉の最晩年、大正8年の作品。金属挽物業林氏方に転じ、人柄を見込まれてか養子分として働く。米吉は二人の娘のうち姉の登美子と恋仲になる。この暗闇の中の濃い朱の登場を彼のためにひそかに喜びたい感情にとらわれる。
 上掲の歌は、親方の家も貧しく、恋仲の娘はいま料亭への女中奉公に発とうとしている。それはわかっているのだが、人目を気にして見送ることもできず、仕事をしながらじっと気配を感じている職人の恋である。
 
 s-逆さの蜂20180527
 ウツギ。

 すずかけの広葉ひろはの雨に濡るる見て居る眼(まなこ)になみだながるる

 喀血はしばしばあり、一人胸にたたんで働くが前途は自ら知っていたのである。9月11日、アララギ会員山本氏の診察を受け「肺病」が確定。 
 s-赤い葉20180527
 
 かなしもよともに死なめと言ひてよる妹にかそかに白粉にほふ
 
 登美子が隠れて逢いに来た。「ともに死のうと言って寄り添う」登美子は料亭奉公であり、白粉がにおう。それが哀しいのである。

 s-青葉20180527
 
 帰しなば又逢ふことのやすくあらじ紅き夜空を見つつ時ふる
 
 s-紫の花④20180527 
 シモツケ。

 待ちつかれ眠りたりしがうらさびし今まで来ねばなどか今日来む
 
 s-紫の花②20180527
 コマツナギ。
 ふたたびは暑さかへらぬ風らしもうすき布団に身をおしつつむ 

 s-紫の花20180527
 ノアザミ。

 この日ごろ窓ひらかねば光欲しほそくながるる夕日のよわさ

 s-陰翳③2018527
 アカメガシワ。
 ひそひそと外の面(とのも)には雨降るけはひ妻は乳ふさよもぬらすまじ

 孤独のうえに病が重なり、窓を開けてくれる手さえない。勤めの間を逃げるようにして当方へ歩んでくる登美子を幻想し、妻よ乳房を雨で濡らすなと呼ぶ。エロティシズムはここで慈悲とでも呼ぶよりないものに昇華し、絶望のうちに横たわっている米吉をほのぼのと浮かびあがらせる。 
 s-陰翳②20180527

 浪吉は吾の体を警察にすがらんと行きぬなぜに自ら命を絶ちえぬ

  「浪吉」は高田浪吉(明治31年~昭和37年)のこと。アララギ派同人であり、米吉らと共に「行路の研究」を発刊した。冒頭に米吉は「行路病者として東京施療院」で死亡と記載したが、「行路病者」とは「飢えや病気で旅の途中で倒れ、引き取り手のいない者。行倒れ」である。浪吉は米吉の生活の一切の面倒をみた。

 s-陰翳20180527

 昭和初年、中野重治は『芸術に関する走り書的覚え書』で、「斎藤茂吉と松倉米吉とは短歌史の最後のペーヂであろう」と言う。

 本日の写真は「三ッ石森林公園」と「雪入ふれあいの里公園」で。アパートから約10kmかな。昨日も今日もいい天気で有難かった。ところで、昨日、北方謙三の『チンギス紀』の「一」と「二」を購入。「一」は読了。「二」はこれから。やっぱり北方謙三は途中でやめられない。 皆さまのご健勝を願ってます。

  

惝怳(しょうきょう)

 惝怳(しょうきょう)は驚きのあまり、ぼんやりすること。心を奪われること。がっかりすること。失望すること。(今年のタイトルは漱石・草枕の難解熟語から)

 今回の短歌は植松寿樹(うえまつひさき)。テキストは『わが愛する歌人 第四集』(有斐閣新書・1978年刊)。解説は富小路禎子。(富小路は植松に師事した。)
 植松寿樹は明治23年2月16日~昭和39年3月26日。東京出身。慶応大学卒業後、銀行、商事会社勤務をへて、大正12年東京芝中学校の国語教師となる。中学生のとき、電報新聞の短歌欄投稿を機縁に空穂に師事。明治38年「十月会」の結成に、大正3年「国民文学」の創刊に参加。昭和21年「国民文学」を離れ、「沃野」創刊。

 しんしんと立ち澄む独楽に六月の青葉の風は光りたりけり 
 玲瓏と澄(すみ)のよろしも竹の独楽ほがらに音を鳴りいでにけり

 いずれも植松の25歳の作品。大正10年発表。確かな把握、対象にふさわしい清新な気分の展開が見事である。この2首は、植松の第一歌集『庭燎』に収められているが、大正10年は茂吉『あらたま』、牧水『くろ土』、空穂『青飛沫』、白秋『雀の卵』等が続々と出版された年であった。
 
 s-ツツジ20180430
 (4/30、お隣のHさん宅のお庭にて) ツツジ。

 どつこいせどつこいせとて手打ちはやししめやかなれや福知山踊 

 26歳のときの作品。時代を超えて深く「あはれ」がしみ入ってくるように思われる。それは26歳の青年の感傷ではなく、人間の生のかなしみが直(ぢか)にひびいてくる感触である。読者の眼にも見える山深い里の暗い灯かげにほのかに動く人影は、何かこの世の外の生の幻のように感じられ、しかも美しく気品がある。
 
 s-ツツジ②20180430
 (4/30、Hさん宅のお庭にて) ツツジ。

 柩をばのせて曳くなりあなあはれ馬は動かすその雙の耳

 この挽歌は齢若い学友の死に際して。この歌には時代が出ているとともにかぎりない情趣をたたえている。

 s-ピンクの花20180430
 (同じくHさん宅のお庭にて) シャクヤク。
 
 掃きよせて落葉焚く間も銀杏の樹やまずしこぼす黄なるその葉を

 この頃植松は慶応の学生であったが、屡々授業をさぼっては九品仏(くほんぶつ・世田谷区奥沢の浄真寺)に遊んだ。いかにも解放感を楽しんでいる歌詞で、早くも自在な作歌力を身につけていたのである。植松が昭和39年に歿すると、この九品仏の墓地に葬られた。46年の7回忌を期して本堂脇に歌碑が建てられ、この歌が彫(きざ)まれた。

 s-紫の花20180430
 (同じくHさん宅のお庭にて) シラン。

 めずらしみ摘みつつ来しを竜胆(りんどう)のはな頂(いただき)に来れば其処にもここにも

 雅で格調高い作品の間に、何気なくさらっと言う軽みを植松は早くから好んでいたようである。さらっと言いながら、底には用意があり、崩さぬ一線があった。

 s-白い花20180430
 (同じくHさん宅のお庭にて) シロバナシラン。

 別れゆきて人すぐに見えずややしばし篠竹分くる音は残れり 
 登り終へし合図待ちては落石を避くる岩陰ゆ一人一人出ず

 植松はよく山へ行った。歌友とゆくこともあったが、生徒をひきつれてゆくことも多かった。

 s-道端の花20180430
 (4/30、路傍の畑の隅に) オオルツボ(シラー・ペルビアナ)

 巻紙のうすでに書ける妹がふみ稚なげにしてこころ籠れり

 結婚前の妻を詠んだ初々しい作品。昭和2年刊の『光化門』から。植松は何事にも動揺や、露わな感情をみせることがなく、常に高雅な雰囲気をもっていた。時折その家を訪う私達の目には、家族もそれぞれの分を守って常に清々しい起居を感じたものである。

 s-白と黄の花20180430
 (同上) フランスギク。
 
 熱き燗をたのしむままに鍋煮えて部屋暖かし妻も子も居よ

 植松を語ればぜひ酒にもふれたくなる。若い頃や特別な宴席などは知るよしもないが、私の知るのは実に程よいおだやかな酒で、心から楽しんで盃を手にし、同席の者もまた楽しかった。

 s-石楠花②20180430
 (4/30、ご近所のOさん宅のお庭で。) シャクナゲ。

 年経れば聳えてついに孤りなり千尋峠の一本杉あはれ

 昭和31年、66歳の作品。この一首はよく短冊などにも書いた。周囲に人生の種々相をみて来て、ようやく盛りを過ぎようとする時、多くの親しい人々の中に生活しながらも、精神は常に孤高であった植松の、矜持と寂寥が深くこめられているようである。
 
s-石楠花20180430
 (同じくOさん宅のお庭で、以下3葉も。) シャクナゲ。

 糸桜咲きかかりたる蕾充ち青岸渡寺はいま粉雪の中 

 青岸渡寺(せいがんとじ)は和歌山県那智勝浦町にある天台宗の寺院。植松の歿後「沃野」の大会が伊勢にあり、帰途多くの者が青岸渡寺を訪れて境内に糸桜を探したが終に見つからない。後で聞くと糸桜は上の神社の玉垣の中にあったという。糸桜のふくよかな蕾と粉雪のこよなく美しいとり合わせの中に青岸渡寺の語感が効果的にすわった一首で、見事な創作技巧と知ったのである。

 s-枯れかけの紫の花20180430
 ジャーマンアイリス。

 日の下に照りかがやける牡丹見て眼を移す方の暫く暗き

 植物の好きだった植松の歌には木草の種類も多く、愛情の籠ったものばかりである。自宅の庭には様々な木草がところ狭しと植えられていた。
 
 s-群落20180430
 ミヤコワスレかな?

 家挙げて伊豆の湯を浴び宿題に孫を励まし年の夜送る

 没年となる昭和39年の正月は、一家をあげて温泉にゆき大いに楽しんだ。2月に心臓のむくみが見つかり入院したが、3月半ばには退院。その月の編集日には一同赤飯のふるまいを受けて全快を祝った。翌日、植松は勤務する芝学園先生仲間数人と、伊津土肥温泉に旅立つことは弟子たちの誰も知らなかった。そして、3月26日深夜、その旅先の宿で心臓麻痺の為急逝した。大好きな旅のさ中、家族も弟子も、誰一人知らぬまに清々と死んでいった。
 
 s-黄色の花20180430
 ジャーマンアイリス。

 還太郎は28日から9連休中。今日(5/4)明日はいわきへ帰省する。皆さま、お元気にお過ごし願います。



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kantarou + 6

Author:kantarou + 6
畑や庭での作業を楽しんで、晩酌・早寝・早起きの毎日です。読書やドライブも好きです。

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