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百舌鳥は百枚舌?

①百舌鳥の高鳴き

 キーキーと響く鳥の声の主を探して高い木の枝先を見上げると、百舌鳥(モズ)。「百舌鳥の高鳴き」と言うが、縄張りを主張する威嚇の声。他の種類の鳥の侵入を拒むのは当然であるが、メス百舌鳥の侵入も許さないという徹底ぶりだそうな。長野県では「百舌鳥の高鳴き75日」という生物暦がある。百舌鳥の高鳴きが聞こえてから75日くらいすると霜が降りるということ。小首をかしげてカメラの方を向いているさまはかわいいものだが、実はけっこう獰猛。

百舌鳥②
(9/17、U公園。風にあおられながらもしっかりと止まっている。)

 この嘴を見よ。昆虫やカエル、トカゲ、小鳥、ネズミ等を餌とするが、自分よりも大きいツグミやヘビを襲うこともある。下の写真はWikipediaから。
百舌鳥の嘴

 百舌鳥と言えば剣豪宮本武蔵。下の絵は宮本武蔵の真筆と伝えられる和泉市久保惣記念美術館蔵「枯木鳴鶪図」(コボクメイキャクズ)。嘴の辺りをよく見ると、捕獲した昆虫を咥えているのがわかる。「キャク」の字は左半分の上半分が「目」で下半分が「犬」。犬のように目をキョロキョロさせて虫を捕食する鳥のことだと。だいぶ迷路に入り込んだ感じになってきた。
 
宮本武蔵・百舌鳥
 (枯れ枝の途中を尺取虫が這っている。)

 この猛禽百舌鳥も2月の繁殖期になると、オスは小さなか細い声で、自分の縄張りに入ってきたメスに対して求愛の歌を捧げる。そのとき、いろいろな鳥の声を真似る。ホオジロやシジュウカラ、ヒバリ、メジロ、カワラヒワなどなど。そのことから、二枚舌ならぬ百枚舌・・・、それで「百舌鳥」となったとか。

 ②田園の主役も交代

 さすがにセミの声も静かになってきた。代わって飛び回っているのがバッタ。これはトノサマバッタのメス。オスは緑色をしてる。(9/17、U公園)
 バッタ120917

 こちらはショウリョウバッタのメス。植物の葉に隠れてしまっているが、頭が三角形で前方に伸びている。オスは5cmほどだが、メスは8cmほどもある。旧盆(精霊祭)のころに姿を見せるので、この名がつけられたとか。後肢がやたらと長い。(9/23、U公園) 
 ショウリョウバッタ120923
 
 お次はショウジョウトンボ(猩々蜻蛉)。動きが速く、なかなか止まってくれないのでピンボケ。これはオス。『池の縁に縄張りを持ち、縄張りの縁に沿って力強く哨戒飛行をする。他のオスが飛来すると斜め20cm弱の距離に位置関係を保ち、地形に合わせて見事な低空編隊(にらみ合い)飛行をみせる』(Wikipedia)。
 「猩々」は中国に由来する伝説上の動物。人語を解し、赤い顔をした人間のような容姿とのこと。オランウータンの漢名でもある。(9/17、U公園)
 猩々トンボ120917

 そばの花。雨にうたれながらも清楚に佇んでいる。大きな畑一面に咲いている。(9/23、U公園) 
 蕎麦畑120923

 ツユクサの群生。ツユクサは秋の花ということではないが、この群生は見事なので。(9/17、U公園)
 つゆくさ120917
 (こちらは6/17、u公園)
 ツユクサ120617

 こちらは初秋の花「赤のまま」。「犬蓼(いぬたで)」とも。「ニオイタデ」。田舎では「赤まんま」と呼んでいた。(9/17、U公園)
 あかまんま120917

 犬蓼の花くふ馬や茶の煙 (子規)

 赤飯の花と子等いふ犬蓼の花はこちたし家のめぐりに (牧水)
 
 おまえは歌うな
 お前は赤まんまの花やとんぼの羽根を歌うな
 風のささやきや女の髪の毛の匂いを歌うな
 すべてのひよわそうなもの
 すべてのうそうそとしたもの
 すべての物憂げなものを撥き去れ
 もっぱら正直なところを
 腹の足しになるところを
 胸元に突き上げてくるぎりぎりのところを歌え
 たたかれることによって弾ねかえる歌を
 恥辱の底から勇気をくみ来る歌を
 それらの歌々を
 行く行く人々の胸郭にたたきこめ    (中野重治『歌のわかれ』)

 ③きれいな花には毒がある。

 ホテイアオイ。バンやカルガモがいるU公園の小さな人工池に咲く。上の猩々蜻蛉も同所で撮影。青い花が美しいので観賞用に栽培されるという。このホテイアオイ、実は繁殖力旺盛で「青い悪魔」と恐れられている。肥料分の多い水域ではあっという間に水面を覆い尽くし、水の流れを滞らせ、水上輸送の妨げになり、漁業にも影響を与える。冬季に大量に生じる枯死植物体も腐敗して環境に悪影響をもたらす。他の植物の成長を抑える物質を放出したりもするとのこと。 布袋さんも真っ青!! (9/17、U公園)
 ほていあおい120917
 
 柚子もたわわに実ってきました。

 ホテイアオイの話のお口直しにどうぞ。グラスに大きめの氷を2、3個。焼酎をドボドボ注いで、この柚子の厚めのスライスを浸す。クーーゥッ、たまらん。(9/17、U公園近くの農家の庭先で)
 ゆず120917

 公園の看板。今日は雨なので散歩する人も殆どいない。公園管理事務所前の看板を眺めていたが、「アレッ?」。「今日も、楽しく、遊びませょう。」「遊びませう」と「遊びましょう」の中間? 看板の両側の支柱に被せられた缶も手作り。製作者も結構楽しく遊んでいる様子。(9/23、U公園)
 公園看板

 今回はここまで。


セミと屁こき虫

セミとカメムシは遠い親戚 !!

①U公園はツクツクボウシの大合唱です。

 地球温暖化の影響なのか、仙台や盛岡で、寒さに弱いとされてきたツクツクボウシが増えつつあり、反対に暑さに弱いアブラゼミは減少している(盛岡では激減)とのこと。アブラゼミは青森や八戸ではほぼ消滅とも。下の写真はツクツクボウシ(U公園、9/15撮影)。  
つくつく法師 
 ツクツクボウシはカメムシ目(半翅目)・ヨコバイ亜目(同翅亜目)・セミ科に分類されるとのこと。なんとカメムシ目とは ! 初めて知った。下の写真も"カメムシ"と思ったが、「カメムシ」は「カメムシ目(半翅目)・カメムシ亜目(異翅亜目)に属する昆虫のうち、カメムシ科など陸生昆虫の総称で、和名を「カメムシ」とする昆虫は存在しないとのこと。「悪臭を放つことから『屁こき虫』との俗称もある」。プー・・・
カメムシ
(近くの川沿いで・5/5撮影。たぶん羽化?してすぐに撮影。時間の経過とともに体の色が変わるのか。それにしてもサイズもバラバラ。)

 「屁をひっておかしくもない一人者」は有名な川柳であるが、「音も香も空へ抜けゆく田植えの屁」というのもある。『広々とした田の面(も)。渡るそよ風。晴れ渡った青空。田植えであるから当然、お尻は高々と天に向いている。誰に遠慮気がねなく、その大空に向かって心ゆくまでひり放つ。放った方も爽快だが、放たれた屁玉もさぞここちよかろう。』(佐藤愛子・「古川柳ひとりよがり」・集英社文庫)


ミンミンゼミが羽化したところ。このころ(7/21)から暑くなった。
セミ羽化(S運動公園、7/21撮影)

 劣勢といわれるアブラゼミ。「目指せ! 北海道!」
アブラ蝉(浜町公園、8/26、日曜だけど出勤した朝)

 半翅目(はんしもく)、同翅亜目、異翅亜目・・・。翅(はね)全体が膜状になっているのがの同翅亜目でセミ、ウンカ、アブラムシなど。異翅亜目は翅の基部が硬化して革質化したもので、カメムシ、アメンボ、タガネなど。少しは分かったような気になる。この聞き慣れない、怪しい語感は嫌いではない。

②今年、U公園で出会った生き物たち

つがいの雉、オスが後ろを向いてしまったが・・・
雉 番

こちらを向いてくれました
雉 オス この写真を撮った1~2ヶ月ほど後、同じ場所を通りかかると数羽のヒナを従えた母雉が道路を横切ってヤブの中に姿を消した。(いずれも6/10)

カルガモ。稔って頭を垂れた稲穂を遠慮なくガシガシと食べていた。満足げに、ゆったりと歩いている。
殆どの鳥はオスのほうが派手な装いをしているが、カルガモは外観からはオスメスの見分けがつかないほど似ている。2羽で行動しているから「つがい」と思ったが、交尾・営巣地の探索を終えると、別々に行動するとのことなので、この2羽は単なる仲良しカモ? (9/15)
カルガモ番

 こちらはたぶんオス。「次列風切」羽の緑紫色が明瞭。カルガモ

「次列風切」があれば「初列風切」もあるはずと思って検索したのが下の図。「三列風切」もある。「大雨覆」・「中雨覆」・「小雨覆」、「上尾筒」・「下尾筒」・・・。明治時代のころの学者さんが西洋人の指導を受けて鳥の体の構造を学ぶともに頭を捻りながら日本語を作ったのでは、などと想像が膨らむ。下図はウィキペディアから。
鳥の体

バン。ツル目クイナ科。額にはくちばしが延長したような「額板」があり、繁殖期には額板とくちばしの根もとが赤くなるとのこと。額板は十分に赤い。ひと夏に2回繁殖することもあるというから、ただいま繁殖中かな?葦の中を動き回るので撮影は難航。ピンボケ写真をお許し願う。(9/15)

バン

ダイサギかチュウサギ? コサギは頭部の後ろから飾り羽が下がっている。青空が写った池の青、ハスの緑、サギの白の色の組み合わせが気に入っている。(5/12)
鷺内牧

ハグロトンボ(羽黒蜻蛉)。カワトンボ科。(6/17)
黒トンボ
ヒメアカネ(7/8)
トンボ内牧

 ツマグロヒョウモンチョウ。
蝶

  ジャーマンアイリス。見て欲しいのは花の右側のハチ(フタモンアシナガバチ)。花の写真を撮ろうとしていたところに飛び込んできたらしい。帰宅してパソコンで見て気がついた。
ハチ

ザリガニの泥んこプロレス。近くの田んぼや用水路にザリガニ大発生。子どもたちが連日のように歓声を上げながらザリガニ捕りをしているのだが、ザリガニも次々に発生するのか、いなくならない。(8/19)ザリガニ

③富士山火口
 
羽田から福岡へ向かう機中から窓を開けて撮影・・・、ウソです。9月12日はいい天気。航空機も電車も窓側の席がいい。天候に恵まれるとこんなチャンスもある。きれいな雲海の写真でも撮ろうと思っていたら、雲の切れ間から富士山頂が出現。この後も知多半島、琵琶湖の瀬田のあたり、京都御所(後でGoogle Mapで確認)、大阪湾、淡路島、小豆島などが見えた。福岡空港付近でしばらく旋回して待機したので、「?」の形に似た「相島」もしげしげと観察できた。「?」の形の下部に位置する「・」の岩は真中が抜けて空洞になっているのも見えた。メガネ岩と呼ばれ、海蝕洞ありとのこと。
富士山
 今回はここまで。

宴会好きは伝統か?

①道教、バラモン教、ヒンドゥー教? 

 左から「庚申塔」(こうしんとう)、「二十三夜」、「子待塔」。実家の近くの、いまは殆ど人が通ることもなくなった坂道に並んでいる。

 大高3石

 庚申塔:中国から伝来した道教に由来する「庚申信仰」に基づいて建てられた石塔。「庚申講」(庚申待ち)とは、人間の体内にいる「三尸」(さんし)の虫が、寝ている間に天帝にその人間の悪事を報告に行くのを防ぐために、庚申の日は夜通し眠らないで天帝や猿田彦や青面金剛を祀り、勤行をしたり宴会をする風習。

 二十三夜:二十三夜様は正式には「二十三夜大月天子」といい、月が神格化されたもので、元来インドのバラモン教の神であったが仏教に取り入れられ、仏教の守護神になった(堀之内妙法寺のHP)。福島県郡山市出身の某氏は、「二十三夜の月待ちは正月、5月、9月に盛んに行われたそうで、この日は個々人の家で、あるいは何処かの家に近隣の人々が集まって酒食や長話などを楽しみながら勢至菩薩の化身である二十三夜の月を拝したそうです」と述べておられる。

 子待塔:子が帰ることを待つものではなく、子どもが授かることを祈願するものでもありません。「ねまちとう」と読むとのこと。「子(ね)の刻」、つまり夜中まで起きていて精進供養をする行事とのこと。礼拝本尊は大黒天、転じて大国主神とも。大黒天はヒンドゥー教のシヴァ神の化身であるマハカーラのことだと言う。

 いずれも『呑む口実』では。しかも深夜まで。「十九夜様」は女性だけの会合でお酒も供されたと前回レポートしたが、男性連もだまって指をくわえているはずがない。昔々の農村というと、悪代官に課せられた年貢に喘いでいるというイメージがあるが、結構楽しいこともあったのではとニンマリしてしまう。
 それにしても、道教やらバラモン教やらヒンドゥー教やら、賑やかなことです。

②続・如意輪観音様 
 「如意輪観音様」→「十九夜講」は前回のブログをご覧願います。

 実家のお墓を再訪。その後、近隣の墓地(4ヶ所)もチェック。結論としては、実家のお墓のある墓地は例外的に多くの如意輪観音様が祀られていることが判明。下の4体は実家のお墓のある墓地で撮影。

如意輪観音①

如意輪観音120907②

如意輪観音③

如意輪観音④

 次はS地区の墓地。ありました。ただ、墓地の入り口に3体のみ。個人のお墓に建てられているものはなし。実家のお寺は天台宗、S地区も以前は天台宗の檀家だったとのことなので、それが共通項か。
酒井原如意輪観音①

お顔に接近すると
酒井原如意輪観音②

石像の背面に「宝暦」(1751~1763)と刻まれている。
酒井原如意輪観音③

③北茨城、浄蓮寺も天台宗

茅葺の本堂。浄蓮寺は慈覚大師が天安2年(858年)に開創したと伝えられている。
浄蓮寺①

お寺の裏手は「浄蓮寺渓谷」
浄蓮寺②

 いまから1000年も前のものと伝えられている三十三観音様が祀られているが、うち数体は如意輪観音様。
浄蓮寺③

浄蓮寺④

 
④天台宗といえば「元三大師」(がんさんだいし、うちの田舎では、がんざんだいし)

 「元三大師」はいわばニックネーム。名前は良源(りょうげん)、諡号は慈恵大師(じえだいし)。天台宗第18代座主。天元4年(981年)には大僧正に補任されているが、大僧正補任は奈良時代の行基以来というスーパースター。元旦の三日に亡くなられたので「元三大師」と呼ばれる。
 元三大師の法力は凄まじく、疫病が流行った時には鬼の姿になって疫病神を追い払ったとのことで、下の写真のような厄除けのお札になっている。(角大師ともいう)

 下の写真はいわき市勿来町の「大高寺」と北茨城市の「浄蓮寺」の厄除けのお札。同じ版木から摺ったものかと思ったが、よく見ると、目つき、右腕、両足の辺りが違う。版木はそれぞれのお寺にあると、お寺の方に伺った。
大高角大師

浄蓮寺角大師②

 元三大師は如意輪観音様の化身とも仰がれたということで、実家のお墓の如意輪観音様と天台宗、元三大師が見事につながり、超スッキリなのであります。

 なお、元三大師については、司馬遼太郎の「街道をゆく」の16巻(朝日文庫)「叡山の諸道」に取り上げられている。
 
 この人は19年という長い期間、座主職にあった。その晩年、大きな鏡の前で禅定(ぜんじょう)に入っているうちに、鏡にうつっている元三大師の姿が、骨ばかりの鬼になった。弟子たちのなかで絵心のある明普阿闍梨(みょうぶあじゃり)という者がすばやく写しとり、あとで元三大師に見せた。
 「これを版木に刻んで刷れ」と元三大師がいったのが古くから疫病よけの護符とされる「角大師」である。「角大師」の形象はまことに奇妙で、東西の魔性の絵画化されたもののなかでも特異なものといえるのではないか。繰りかえすようだが、叡山的合理主義の伝統からみて、元三大師にはカトリックの聖者のように奇蹟が多い。(一部を抜粋)



⑤秋ですね。

山合いの稲田も色づきました。平地では盛んに稲刈りが行われています。 
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浄蓮寺渓谷のアキアカネ
浄蓮寺渓谷

突然ですが、日本橋浜町には豹もいます。某喫茶店の前の植込みに鎮座まします。
浜町の喫茶店

⑥本日のデザートは中島みゆきの「誕生」。
 
ひとりでも私は、生きられるけど でも誰かとならば、人生は遥かに違う 
強気で強気で、生きてる人ほど 些細な寂しさで、つまずくものよ
呼んでも呼んでも、届かぬ恋でも 空しい恋なんて、ある筈がないと言ってよ
 待っても待っても、戻らぬ恋でも 無駄な月日なんて、ないと言ってよ

 めぐり来る季節を、数えながら めぐり逢う命を、
数えながら 畏れながら、憎みながら、いつか愛を知ってゆく

 泣きながら生まれる子供のように もう一度生きるため、泣いて来たのね
 Remember 生まれた時、誰でも言われた筈 
耳をすまして思い出して、最初に聞いたWelcome

 Remember 生まれたこと、Remember 出逢ったこと
 Remember 一緒に生きてたこと、そして覚えていること


まあ何を聴いてもしみじみしてしまう、夏の終わりのアラ還太郎なのであります。
 今回はここまで。


風立ちぬ

 堀辰雄は「それらの夏の日々、一面に薄の生い茂った草原の中で・・・」と『風立ちぬ』を書き出す。「・・・砂のような雲が空をさらさらと流れていた。そのとき不意に、何処からともなく風が立った。私達の頭の上では、木の葉の間からちらっと覗いている藍色が伸びたり縮んだりした。・・・風立ちぬ、いざ生きめやも・・・」。
 
 8/25、上司が急逝。通夜・告別式も済んで週末を迎えた昨晩、関東にも久し振りの雨。今日の風は秋の気配。秋めいた風も、勢いを失った蝉の声も、いよいよ寂寥感を深めてしまう。

 さて気を取り直して、今週の独り言は4題。①如意輪観音、②日本橋人形町~浜町の朝、③モンゴル騎馬行(siz@馬事通信員の写真を転載)、④翡翠を目撃です。宜しくお付き合い願います。

 まずはsiz@馬事通信員撮影のモンゴルの草原です。

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草原も素晴らしい。そして雲も勢いがありますね。siz氏の写真は後ほどまたご紹介します。

①如意輪観音

8/13、実家の墓参り。墓石の後ろに石像のようなものが何体かある。何の気なしに撮ったこの一枚。右手を頬に当てている。

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辺りを見ると同じようなポーズの石像が幾つもある。ほとんどが坐像だが、立像もある。(石像やお墓の下のコンクリートの色が新しいのは、震災で倒れたものを直したから。)

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 墓参りの帰りに「ビッキ@山学校」氏を訪問。石像の写真を見てもらうと「観音様だね」とのこと。帰宅してから「右手を頬に当てた石像」で検索すると、全国各地にある「歯痛地蔵」さんに当たる。確かに右手を頬に当てて首を傾げている様は歯痛を堪えている様子に見える。
 ビッキ氏の「観音様だね」の一言が気になるので、もっと検索すると「如意輪観音」様に辿り着いた。
 
 下の写真は大阪の「観心寺」の如意輪観音様。6本の腕を持つ(六臂という)例が多いとことだが、2本の腕(双臂という)のこともある由。『八面六臂』は仏像からきた言葉とのこと。ちなみに『三面六臂』という言葉もあるそうな。
 その下の写真も「如意輪観音」様。

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 如意輪観音様のお話はまだ続くのであります。
 子供のころ、「十九夜様」という女性だけが集まる集会があった。正式には「十九夜講」というが、この
「十九夜講」がお祭りしているのが「如意輪観音」様。

 郷土の大先輩である高木誠一氏(1887~1955)が『石城北神谷誌(いしき・きたかべや・し)』(夏井芳徳氏翻刻)のなかで、「十九夜講」について次のように記しておられる。

 2月と7月の19日は十九夜様と称し、村の女達、各一重箱の肴、野菜などの煮しめたものを携へ、寺に集まり、4,5銭位づつ出金して、酒を買ひ、一同十九夜堂に詣って御酒御供をして、十九夜、血の池、釘念佛和讃を合誦して、禮拝念佛し、安産を祈願し、次に、村内の子供の生まれた家から安産の報賽として供えた投餅をまき、各自持ち寄った肴を出し合うて、御酒を頂戴し、歓をつくして平生の疲れも忘れて、黄昏に家に帰るのである。
 十九夜様は石に彫り付けた如意輪観音で、寛延2年に立てたものと、安政4年3月19日に立てたものとがある。これは村中の女人講中が月々19文宛掛け金して立てたものであると云う。昔は難産で死んだ人の供養には十九夜様の塔婆を立てたものである。


 うろ覚えであるが、「二十三夜様」とか「庚申様」とかの催事もあったし、「ズズクリ」もあった。「ズズクリ」は後に『数珠繰り』のことと判明。昔はいま以上に訛っていたからね・・・。
 次の帰省時には、近隣のお墓や、「二十三夜様」の石塔が建っていた坂道も訪れてみたい。
 私の田舎も高齢化が進んでいる。「十九夜様」も「二十三夜様」も「庚申様」も続いていないのでは。

②日本橋人形町~浜町の休日の朝

 人形町のあたりは表通りは都会の風景だが、道路一本裏に入ると古い家並が残り、細い路地、所狭しと並べられた植木鉢などなど。通勤の朝、毎日違う路地を歩くのが楽しみ。ビルの前も結構な植栽があったり、最近はやりの壁面緑化もところどころにある。 

甘酒横丁。ランニングシャツ姿の方は歩道の清掃。
甘酒横丁


中の橋交差点近くのビルの前。金魚が泳いでいる。
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緑の中に埋め込まれた床屋さん。
床屋さん120826


涼しそう。
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見事な壁面緑化。
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木製の大きな特製プランターの立派な植木。
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こちらの植木もきれいに刈り込まれている。
刈込120826

「何も足さない、何も引かない・・・」?
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③モンゴル騎馬行

siz@馬事通信員氏はこの夏に2度目のモンゴル遠征。大草原の写真をなんと1,855枚も撮って帰国。
草原も雲も見事です。
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ここには写っていないが、大流星群を見たとのこと。
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ゲルの脇にはソーラーパネル。太陽光発電でテレビを見ているとのこと。
モンゴル②

日本酒も並んでます。
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④U公園で翡翠(かわせみ)を目撃、撮影はならず

 昨日の昼、いつものU公園を徘徊中になんと翡翠を目撃。用水路の流れに沿って飛ぶ姿を3度観察。動きが速すぎて撮影は叶わなかった。それにしても翡翠がいるとは。ますます桃源郷らしくなってきた。毎週歩くのが楽しみ。

 今日はここまで。
プロフィール

kantarou + 6

Author:kantarou + 6
畑や庭での作業を楽しんで、晩酌・早寝・早起きの毎日です。読書やドライブも好きです。

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