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鶺鴒鳴(せきれいなく)


「鶺鴒鳴」は24節気「白露」の次候(9/12~17)。長い尾を上下に振りながら水辺を歩く、スマートな鶺鴒。この鳥が鳴いて彼岸花が咲くと、秋もそろそろ本格的。9/15はいわきへ。いつ行っても田人路はいい。緑の中にどっぷりつかって、森林浴。

 今回も石川啄木。今回のネタ本は思潮社「現代詩読本 石川啄木」(昭和58年7月刊)。その本の中に、加藤郁乎が「啄木ワルツ」と題する小論を寄せている。曰く、『沢山の責苦からついばまれつづけた啄木、すなわちタクボクチョウ、すなわちカッコウ調の歌を思い出したり唱和したりしていると、ずいぶん個人的な感慨が誘い出され、連想の輪がカチャカチャと音をひびかせながらもつれ合うような、ワルツの一口も囀りたくなってくる。』

 今回も植物名をS先輩にご教示いただきました。青字で記してあります。また、6~9枚目の写真の記載ミスをはっぴー先輩に教えていただき、訂正しました。

 ふるさとの寺の畔(ほとり)の  ひばの木の  いただきに来て鳴きし閑古鳥!
 s-ソバ畑20170915
 ソバ畑。

 馬鈴薯のうす紫の花に降る  雨を思へり  都の雨に
 s-ソバの花20170915
 ソバ。

 空知川雪に埋れて  鳥も見えず  岸辺の林に人ひとりゐき
 s-黄色の花20170915
 キツリフネ。 

 馬鈴薯の花咲く頃と  なれりけり  君もこの花を好きたまふらむ
 s-紫の花20170915
 ツリフネソウ。

 浅草の夜のにぎわいに  まぎれ入り  まぎれ出で来しさびしき心
 s-ヤマハギかな20170915
 マルバハギか。

 世のはじめ  まず森ありて  半神の人そが中に火や守りけむ
 s-黄色の花②20170915
 メマツヨイグサ。

 壁ごしに  若き女の泣くをきく  旅の宿屋の秋の蚊帳かな
 s-黄色の花③20170915
 ナガミノツルキケマン。

 愁ひ来て  丘にのぼれば  名も知らぬ鳥啄(ついば)めり赤き茨(ばら)の実
 s-青い花20170915
 ヤマハッカ

 盛岡の中学校の  露台(バルコン)の  欄干(てすり)に最一度(もいちど)我を倚らしめ
 s-白い花20170915
 アケボノソウ

 
  札幌に  かの秋われの持てゆきし  しかして今も持てるかなしみ
 s-白い花②20170915
 ゴマナかな?

 以下は9/16、いわきの農家の庭先。

 かなしきは小樽の町よ  歌ふことなき人人の  声の荒さよ
 s-ヒバかな20170916
 カイヅカイブキの枝変わり。

 何がなしに  頭のなかに崖ありて  日毎に土のくづるるごとし
 s-何かな20170916
 モミジアオイの果実。

 明日になれば皆嘘になる事共と知りつゝ今日も何故に歌よむ  
 s-紫の花20170916
 ムラサキツユクサ。
  
 以下3首は畏友ビッキさん撰。
 
 病のごと  思郷のこころ湧く日なり  目にあおぞらの煙かなしも 
 s-鶏頭2017016
 ケイトウ。

 曠野(あらの)ゆく汽車のごとくに  このなやみ  ときどき我の心を通る
 s-紫蘇の花20170916
 シソ。

 とるに足らぬ男と思へと言ふごとく  山に入りにき  神のごとき友
 s-青い花②20170916

 今回の結びに吉井勇(啄木と同い年生まれで、親交があった)の2首を。
 
 啄木と何かを論じたる後のかの寂しさを旅にもとむる
 
 夏は来ぬ亡き啄木が恋がたり聴きし夜に似る星空にして

 皆さま、お健やかにお過ごし願います。

草露白(くさのつゆしろし)

「草露白」(9/7~11)は24節気「白露」の初候。秋の訪れとともに、草に白露が光る頃の意。

 昨日(9/9)、アパートから40kmほどのところにある「涸沼自然公園」へ。春日部の内牧公園でよく見ていた山野草がそこここに咲いており、満足、満足。これからは渡り鳥も来るとのこと。

 さて、今回は石川啄木。出典は『石川啄木 「天才」の自己形成』(草壁焔太著・講談社現代新書・昭和55年6月刊)。以下の7首は、啄木が明治41年6月23日~25日の間に詠みあげたもの。

 わが胸の底の底にて誰ぞ一人物にかくれて潸々(さめざめ)と泣く 
 s-ハギ20170909
 ヤマハギ(動・植物名はS先輩からご教示いただきました。)

 己が名を仄かによびて涙せし十四の春にかへるすべなし
 s-白い花20170909
 ヒヨドリバナ。

 東海の小島の磯の白砂に我泣きれて蟹と戯る
 s-白い花②20170909
 ペパーミントかな。

 灯(ともし)なき室に我あり父と母壁の中より杖つきて出づ 
 s-トンボ20170909
 ハグロトンボ。

 津軽の海その南北と都とに別れて泣ける父と母と子
 s-黒い実20170909
 アカメガシワ。

 我が母は今日も我より送るべき為替を待ちて門に立つらむ
 s-紫の花20170909

 たはむれに母を背負ひてその余り軽きに泣きて三歩あるかず
 s-紫の花②20170909

 明治43年、土岐善麿のローマ字歌集「NAKIWARAI」の影響を受けた啄木は、自分の歌をすべて3行にすることにした。
 (以下は3行に分かち書きしないが、原作はスペースの部分で行替えされている。)

 砂山の砂に腹這ひ  初恋の  痛みを遠くおもひ出づる日
 s-紫の花③20170909
 ツルマメ。

 いのちなき砂のかなしさよ  さらさらと  握れば指のあひだより落つ
 s-小さな花20170909
 キツネノマゴ。

 かにかくに渋民村は恋しかり  おもひでの山  おもひでの川
 s-何かな20170909

 子を負ひて  雪の吹き入る停車場に  われを見送りし妻の眉かな
 s-ミズキかな20170909
 ガマズミ。

 やはらかに柳あをめる  北上の岸辺目に見ゆ  泣けとごとくに
 s-足長族20170909足の長いほうが妻です。

 函館の青柳町こそかなしけれ  友の恋歌  矢車の花

 この新書のカバーの宣伝文句は以下の通り。
 「ふるさとのなまりなつかし・・・」「はたらけどはたらけど猶・・・」、啄木の歌ほど多くの人々に愛誦されてきた歌はない。それは自我の微妙な内面の動きを鋭くとらえ、生活の確実な手ざわりを伝えてくれる。その背景には、現実を見すえる卓越した意識力があった。
 明治という圧縮された近代化のなかで、ひたすら「天才」としての自己形成の道を走り抜けた啄木。たえざる反逆、挫折、さいはての放浪から、つかの間の"成熟"へと至る。苦闘に満ちた短い生涯の真実を深い共感をこめて描く。

以下、余談。明治45年3月31日、金田一京助は病床の啄木を訪問し、3ヶ月掛けて書いて得た原稿料30円を見舞いとして差し出している。同年4月10日頃、啄木は「2円の薬代もない」と牧水に訴えている。そして啄木は4月13日、27歳で逝去。牧水は啄木の最後を看取り、葬儀も執り行った。
 ちょうどそのころ、志賀直哉は父親から志賀家の財産が60万円に達していることを告げられている。現在の貨幣価値で言えば60億円ほどの由。以降、志賀直哉は悠々と遊びつつ、悠々と小説を書いた。

 次回は斎藤茂吉かな。皆さま、お健やかにお過ごし願います。

禾乃登(こくものすなわちみのる)

「禾乃登」は24節気「処暑」の末候(9/2~6)。稲が実って田んぼでは金色の海が波打つ頃。

 なかなか野草の姿が見れないので、アパートから10kmほどのところにある「雪入ふれあいの里」に行ってみた。あいにくの雨模様。駐車場から野鳥の観察広場まで、標高差が60~70mほどもあり、還太郎には難儀なコース。ゆっくりゆっくり上がってみた。はるか向こうに見えるのは霞ヶ浦の湖面かな。
 今日は全て若山牧水の短歌。大岡信の「若山牧水」(中公文庫・昭和56年9月刊)から。

 眼をあげよもの思ふなかれ秋ぞ立ついざみずからを新しくせよ
 s-雪入ふれあいの里から望む20170902

 浪、浪、浪、沖に居る浪、岸の浪、やよ待てわれも山降りて行かむ
 s-紫の花②20170902
 コマツナギ(植物名はS先輩からご教示いただきました。)

 かんがへて飲みはじめたる一合の二合の酒の夏のゆふぐれ
 s-紫の花20170902
 ツルボ。

 何処とはさだかにわかねわが心さびしき時に渓川の見ゆ
 s-ヨウシュヤマゴボウ20170902
 ヨウシュヤマゴボウ。

 さびしさや峰高ければ小さしとひとのいひけむその月を見む
 s-ハギ20170902
 ヤマハギかな。

 幾山河こえさりゆかば寂しさのはてなむ国ぞけふも旅ゆく
 s-白い花20170902
 ヒメジョン。

 白玉の歯にしみとほる秋の夜の酒は静かに飲むべかりけり

 昨日(9/1)は半袖のポロシャツでは寒いほどだった。今日は晴れたが、さすがに9月ともなると朝晩は涼しい。
 皆さま、お健やかにお過ごし願います。

 
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kantarou + 6

Author:kantarou + 6
畑や庭での作業を楽しんで、晩酌・早寝・早起きの毎日です。読書やドライブも好きです。

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