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山吹の咲きたる野辺のつぼすみれ此の春の雨に盛りなりけり (高田女王)

山吹の咲きたる野辺のつぼすみれ此の春の雨に盛りなりけり (高田女王)

 今年のタイトルは万葉集から。いわきは今、ヤマブキもスミレ(タチツボスミレ)も満開。

 今回も短歌は『現代の短歌』(篠弘編・東京堂出版・2012年1月10日刊)から。作者は佐藤佐太郎。明治42年宮城県生まれ。斉藤茂吉に師事。昭和62年、77歳没。

 苦しみて生きつつをれば枇杷の花終りて冬の後半となる 

 s-エンドウ豆の花20190419
 エンドウソラ豆の花。以下、新緑の山と桜以外はほぼ庭先・畑の花々。

 われひとりめざめて居たりかかる夜を星の明りといはばいふべし
  
 s-八重ヤマブキ20190419
 八重のヤマブキ。

 あたたかにみゆる椎の木に近づきて椎の木の寒き木下(こした)をよぎる

 s-白い小さな花20190419

 みづからの光のごとき明るさをさげて咲けりくれなゐの薔薇
 s-八重スイセン20190419
 八重のスイセン。

 わが胸のうちに涙のごときもの動くと人に言ひがてなくに
 s-アジサイ新葉20190420
 アジサイの新葉。

 貧しさに堪ふべき吾はもだしつつ蝌蚪(くわと)ある水のほとりを歩む

 s-梨の花20190420
 ナシの花。

 はるかなるものの悲しさかがよひて辛夷(こぶし)の花の一木(ひとき)が見ゆる
 s-サクラ20190420

  街上のしづかに寒き夜の靄われはまづしき酒徒(しゅと)にて歩む

 s-白い花20190420

 あらはれて幾ところにも水湧けり音あるいずみ音なき泉
 s-赤い花20190120

 いつよりといふけじめなく幼子の音たしかにて階段を踏む
 s-黄色の花20190420

 すさまじきものとかつては思ひしか独笑(ひとりわらひ)をみづからゆるす

 s-ヒメジオン20190420

 とりかへしつかぬ時間を負う一人ミルクのなかの苺をつぶす
 s-陽光20190428

 さく薔薇の土に影おくかたはらに老いて愁の多きは何か
 s-何これ20190428

 午睡する老いし形を妻はいふみづから知らぬあはれの一つ
 s-ヤエザクラ紅20190428

 アンコール・ワットの濠にほてい葵の花うごかして水牛沈む
 s-ヤエザクラピンク20190428

 手につつむ真玉(またま)のごときものありて生くる一年さやかにあらな

 s-赤い花②20190429

 えにしだは黄の花をどる枝垂れてゆききのわれの愁を知らず
 s-新緑②20190429

 珈琲を活力としてのむときに寂しく匙の鳴る音を聞く
 s-新緑20190429

 われの眼は昏きに馴れて吹く風に窓にしきりに動く楤(たら)の葉

 s-紫の小さな花20190429

 杖をつく人いくたりか道に逢ふわれに似てこころよき対象ならず
 s-紫の花④20190429

 わが視力おとろへしかば両足の爪を切るときその爪見えず
 s-紫の花③20190429

 屋根の霜みるみるうちに融けゆくを冬のわかれと謂ひて寂しむ
 s-ハナミズキ20190429
 ハナミズキ。

 冬ながら暖かき日のつづきゐる段落ひとつ黄の銀杏ちる
 s-トキワマンサク20190429
 トキワマンサク。

  おのづから星宿移りゐるごとき壮観はわがほとりにも見ゆ
 s-スミレ20190429
 スミレ。

 その枝に花あふれ咲く雪柳日々来るわれは花をまぶしむ
 s-シャクヤク20190429
 シャクヤクの蕾。

 佐伯一麦の『山海記(せんがいき)』(講談社・2019年3月20日刊)を読んだ。帯の惹句は以下の通り。「海は割れ、山は裂けてその相貌を変える。はざまに堆積していく人びとの営みの記憶、それを歴史というのではないか・・・・・。東北の震災後、水辺の災害の痕跡を辿る旅を続ける彼は、締めくくりに 3.11 と同じ年に土砂災害に襲われた紀伊半島に向かう。道を行き、地誌を見つめて紡ぐ、入魂の長編小説。現代日本における私小説の名手が描く、人生後半のたしかで静謐な姿。」

 野山は花々で充ち溢れていますね。昨日(4/9)、阿武隈山系の林道をドライブ。八重・枝垂れ桜、山吹、菜の花、雪柳が満開! 無住の住居もそここにあり寂しい光景のところもあるものの、陽光の中に花々が咲き競い、桃源郷のようだった。
 
 おかげさまで拙ブログも300回目を迎えました \(^o^)/ 。 皆さま、お健やかにお過ごし願います。

時ごとに、いやめづらしく、八千種に・・・(大伴家持)

 時ごとに、いやめづらしく、八千種(やちくさ)に、草木花咲き、鳴く鳥の、声も変らふ、耳に聞き、目に見るごとに、うち嘆き、萎(しな)えうらぶれ、偲(しの)ひつつ、争ふはしに、木(こ)の暗(くれ)の、四月(うづき)し立てば、夜隠(よごも)りに、鳴く霍公鳥(ほととぎす)、いにしへゆ、語り継ぎつる、鶯(うぐひす)の、現(うつ)し真子(まこ)かも

 あやめぐさ、花橘(はなたちばな)を、娘子(おとめ)らが、玉貫(たまぬ)くまでに、あかねさす、昼はしめらに、あしひきの、八つ峰飛び越え、ぬばたまの、夜はすがらに、暁(あかとき)の、月に向ひて、行き帰り、鳴き響(とよ)むれど、なにか飽き足らむ

 四季ごとにますます色々な草木が花咲き、鳴く鳥の声も変わってきます。耳に聞き、目に見るたびに心を奪われ、どれがいいかと思っていると、木の暗いところは四月になると、夜が更けてから鳴く霍公鳥は、昔からの言い伝えにあるように、鶯が育てた愛しい子なのかも。

 あやめぐさ、花橘を少女たちが玉に貫く(五月の端午の節句)まで、昼はずっと山の峰々を飛び越えて、夜はずっと暁の月に向かって行き来し、鳴き響きますが、どうして飽きることがありましょう。 

 
 s-青い花20190402
 今回の写真は、8枚目のサクラ以外はすべて庭先の光景。ツルニチニチソウ。

 s-鳩のバトル20190404
 鳩首会談と思いきや、左右の♂が真ん中の♀に求婚中。左の♂が勝利。

 s-トサミズキ20190404
 トサミズキ。

 s-スイセン②20190404
 スイセン。

 s-スイセン20190407
 スイセン。

 s-花壇20190407

 s-ボケ20190407
 ボケ(木瓜)。

 s-サクラ20190409

 s-シダレザクラ20190409

 s-赤い花20190409
 ハナカイドウ。

 s-ユスラウメ20190409
 ユスラウメ(山桜桃梅)。

 s-黄色の花20190409
 ペチコートスイセン。

 s-ハナモモ20190409
 ハナモモ。

 s-ハナモモ②20190409
 同じくハナモモ。

 今回、短歌はお休み。野菜の苗の育成・定植、実家の裏ヤブの土留め工事(業者さんに依頼)等々でやや繁忙。そのほかに300㎡ほどの畑の雑木林化PJも開始。数々の花樹・果樹(かじゅかじゅのかじゅ・かじゅ)PJ? です。

 皆さまもどうぞお元気で、春をお楽しみ願います。

片岡之 此向峯 椎蒔者 今年夏之 陰尓将化疑 (詠み人知らず)

 片岡の この向つ峯に 椎蒔かば 今年の夏の 陰にならむか (詠み人知らず)

 (真夏の日差しには参るから) 片岡の向こうの峯に椎を蒔いたならば、今年の夏は木陰になるだろうか (吾が恋の成就はなるかな) の意。片岡は奈良県北葛城郡王寺町から香芝市志都美地方にかかる地域。

 今年のタイトルは万葉集から。そして、短歌は『現代の短歌』(篠弘編・東京堂出版・2012年1月10日刊)から。この本には100人の歌人・3,840首が採られている。今回は斎藤茂吉、明治15年、山形県上山(かみのやま)生まれ。精神科医。写生論を広義に拡大し、内面的な苦悩や幻想的な美をつかむ。昭和28年、70歳で没。

 このくにの空を飛ぶとき悲しめよ南へむかふ雨夜(あまよ)かりがね

 昭和24年4月刊の『小園』から。いちずに戦時体制に協力した茂吉は、敗戦によって「沈黙」を強いられる。ここから6首はいずれも戦後の作品で、疎開して戦後も住んでいた上山で詠んだもの。

 s-サクラ芽吹く20190401
 今回の写真はすべて4/1勿来の関にて。桜の様子を見に行ったのだが、全体としてはまだまだ。

 くやしまむ言(こと)も絶えたり爐のなかに炎のあそぶ冬のゆふぐれ

 s-ヤマザクラ③20190401

 秋晴のひかりとなりて楽しくも実りに入らむ栗も胡桃も

 茂吉の高弟の柴生田稔(明治大学文学部部長)は、この頃の茂吉の和歌を次のように評価している。「茂吉の生涯を通じて最高の位置に位するものではあるまいか。そこにはただ、高く澄んだ悲しみの調べだけがある。<楽しくも>と言って、無限の悲哀を伝えてくる。敗戦の苦痛の中に、茂吉はかうした悲歌を後世にのこしたのであつた。」

 s-ヤマザクラ20190401

 ひむがしに直(ただ)にい向ふ岡にのぼり蔵王の山を目守(まも)りてくだる

 目のまへに並ぶ氷柱にともし火のさす時心あたらしきごと 

 s-ヤマザクラ④20190401

 雪ふぶく丘のたかむらするどくも片靡(かたなび)きつつゆふぐれむとす

 s-白い花②20190401
 
 蔵王より離(さか)りてくれば平らけき国の真中(もなか)に雪の降る見ゆ 

 この歌から昭和24年8月刊の『白き山』から。茂吉は金瓶村から北方の大石田に転居。岡井隆の評は次の通り。
 「その蔵王から離れて、更に北方へ流されていく自己流謫である。大歌人として、愛国歌人として、名をうたはれた茂吉は、寂しい、みじめな敗北者として、北方へ流れて行く。雪は、ここでは茂吉をとりまく状況のきびしさの象徴なのである。
 
 s-鳥20190401
 ツグミかな。

 臥処(ふしど)よりおきいでくればくれなゐの罌粟(けし)の花ちる庭の隈(くま)みに

 s-白い花20190401
 アセビ。

 わが病やうやく癒えて歩みこし最上の川の夕浪のおと 

 s-新葉20190401

 近よりてわれは目守(まも)らむ白玉の牡丹の花のその自在心

 s-新葉②20190401

 秋づくといへば光もしづかにて胡麻のこぼるるひそけさあり

 s-紫の花2010401
 ショウジョウバカマ。

 かりがねも既にわたらずあまの原かぎりも知らに雪ふりみだる
 
 s-何かな②20190401

 運命にしたがふ如くつぎつぎに山の小鳥は峡(かひ)をいでくる

  s-ツバキかな20190401

 これからの3首は、昭和29年2月刊の『つきかげ』から。

 もろ膝をわれは抱きて山中にむらがる蝉を聞きゐたり
 
 s-なにかな20190401

 暁の薄明に死を思ふことあり除外例なき死といへるもの

 医師・歌人であった上田三四二は。この歌を下記のように評している。
 『つきかげ』中屈指の秀歌であり、全歌集に照らしても記憶されるべき一首であろう。厳粛に死という事実に向きあい、怖れつつ、その前に頭を垂れている。 この頃より茂吉の体調は一段と衰えを加え、死の近いこと自覚するに至っている。

 s-キブシ20190401
 キブシ(木五倍子)。

 老いづきてわが居る時に蝉のこゑわれの身ぬちを透りて行きぬ

 以下、おまけ。
 (かけはし)久美子著『原民喜・死と愛と孤独の肖像』(岩波新書)を読んだ。原民喜は1905年広島生まれ。1945年、疎開していた広島で被爆。戦後次々と作品を発表。原爆の悲惨さを描いた「夏の花」は水上瀧太郎賞受賞。

 小説家安西寛子は「広島が言わせる言葉」の中で、次のように書いている。
 
 うろたえぬ目、とまどわぬ耳。悲惨を、残酷をあらわし訴えようとした人々からとかく見過されやすかった広島、締め出されやすかった広島がそこにあり、わたしはその配合に緊張し、また温まる。(中略)
 原民喜は、貴重な資質と意志とによって、意味づけのない広島を遺し得た稀有の人である。眩しく恐ろしい人類の行方についてのあらゆる討議の前に、一度は見ておかなければならないもの、一度は聞いておかなければならないものがここにある。

 今晩(4/2)のいわきの気温は2~3℃、明け方は1℃との予報。昼も寒かった。皆さま、温かくしてお過ごしください。
 
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kantarou + 6

Author:kantarou + 6
畑や庭での作業を楽しんで、晩酌・早寝・早起きの毎日です。読書やドライブも好きです。

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