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羊と鋼の森

  「羊と鋼の森」(宮下奈都著・文藝春秋)を読んだ。前に週刊文春の書評欄でお勧めだったことを思い出し、最近小説は余り読んでいないのだが、つい買ってしまった。全体の4分の3までは全く違和感なく読めたというか、引き込まれるように読んだ。ラストコーナーはやや物足りない。もう倍量書いて欲しかった。以下、全く同感という感じで読んだところを紹介させていただく。

 秋の、夜、だった時間帯が、だんだん狭く限られていく。秋といっても九月、九月は上旬。夜といってもまだ入り口の、湿度の低い、晴れた夕方の午後六時頃。町の六時は明るいけれど、山間の集落は森に遮られて太陽の最後の光が届かない。夜になるのを待って活動を始める山の生きものたちが、すぐその辺りで息を潜めている気配がある。静かで、あたたかな、深さを含んだ音。そういう音がピアノから零れてくる。
 s-光と影20160430

 それから、たとえば裸の木。山に遅い春が来て、裸の木々が一斉に芽吹くとき。その寸前に、枝の先がぽやぽやと薄明るく見えるひとときがある。ほんのりと赤みを帯びたたくさんの枝々のせいで、山全体が発光しているかのような光景を僕は毎年のように見てきた。
 s-ひこばえ20160409

 「明るく静かに澄んで懐かしい文体、少しは甘えているようでありながら、きびしく深いものを湛えている文体、夢の様に美しいが現実のように確かな文体。」  (作中で紹介される小説家・原民喜の言葉)
 s-内牧20151205③

 家の中のどこにいてもなんだか安まらなくて、特に、弟がにこにこと母や祖母たちと話しているとき、ついひとりで裏口から外へ抜け出てしまうのだった。すぐ裏に続いている森をあてもなく歩き、濃い緑の匂いを嗅ぎ、木々の葉の擦れる音を聞くうちに、ようやく気持ちが静まった。どこにいればいいのかわからない、どこにいても落ち着かない違和感が、土や草を踏みしめる感触と、木の高いところから降ってくる鳥や遠くの獣の声を聞くうちに消えていった。ひとりで歩いているときだけは、ゆるされている、と感じた。
 s-春の芽吹き20150314

 「才能っていうのはさ、ものすごく好きだっていう気持ちなんじゃないか。どんなことがあっても、そこから離れられない執念とか、闘志とか、そういうものと似ている何か。俺はそう思うことにしてるよ」  
 s-内牧20150418の①

 この本の装丁は大久保明子さん。村上春樹の「色彩を持たない多崎つくると、彼の巡礼の年」、川上弘美の「蛇を踏む」とか。装丁歴1,000冊の強者。 
 残雪の田人路20150314

 何の予定もない土日2日を楽しんだ。それではまた。

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裏口から… 長男長女ならそういう気持ちが解るかも

才能っていうのは… 義祖母の口癖が「成せばなる成さねばならぬ何事も 成さぬと言うは成さぬなりにけり」でした
つい楽をして神様にすがってしまう自分がいるのです(ーー;)

長男長女

還次郎でもなく還三郎でもなく、還太郎と名乗るのはそういうことです。
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Author:kantarou+5
週末の近郊里山徘徊を楽しみつつ、足腰の衰えを防止しています。読書やドライブも好きです。

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