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草露白(くさのつゆしろし)

「草露白」(9/7~11)は24節気「白露」の初候。秋の訪れとともに、草に白露が光る頃の意。

 昨日(9/9)、アパートから40kmほどのところにある「涸沼自然公園」へ。春日部の内牧公園でよく見ていた山野草がそこここに咲いており、満足、満足。これからは渡り鳥も来るとのこと。

 さて、今回は石川啄木。出典は『石川啄木 「天才」の自己形成』(草壁焔太著・講談社現代新書・昭和55年6月刊)。以下の7首は、啄木が明治41年6月23日~25日の間に詠みあげたもの。

 わが胸の底の底にて誰ぞ一人物にかくれて潸々(さめざめ)と泣く 
 s-ハギ20170909
 ヤマハギ(動・植物名はS先輩からご教示いただきました。)

 己が名を仄かによびて涙せし十四の春にかへるすべなし
 s-白い花20170909
 ヒヨドリバナ。

 東海の小島の磯の白砂に我泣きれて蟹と戯る
 s-白い花②20170909
 ペパーミントかな。

 灯(ともし)なき室に我あり父と母壁の中より杖つきて出づ 
 s-トンボ20170909
 ハグロトンボ。

 津軽の海その南北と都とに別れて泣ける父と母と子
 s-黒い実20170909
 アカメガシワ。

 我が母は今日も我より送るべき為替を待ちて門に立つらむ
 s-紫の花20170909

 たはむれに母を背負ひてその余り軽きに泣きて三歩あるかず
 s-紫の花②20170909

 明治43年、土岐善麿のローマ字歌集「NAKIWARAI」の影響を受けた啄木は、自分の歌をすべて3行にすることにした。
 (以下は3行に分かち書きしないが、原作はスペースの部分で行替えされている。)

 砂山の砂に腹這ひ  初恋の  痛みを遠くおもひ出づる日
 s-紫の花③20170909
 ツルマメ。

 いのちなき砂のかなしさよ  さらさらと  握れば指のあひだより落つ
 s-小さな花20170909
 キツネノマゴ。

 かにかくに渋民村は恋しかり  おもひでの山  おもひでの川
 s-何かな20170909

 子を負ひて  雪の吹き入る停車場に  われを見送りし妻の眉かな
 s-ミズキかな20170909
 ガマズミ。

 やはらかに柳あをめる  北上の岸辺目に見ゆ  泣けとごとくに
 s-足長族20170909足の長いほうが妻です。

 函館の青柳町こそかなしけれ  友の恋歌  矢車の花

 この新書のカバーの宣伝文句は以下の通り。
 「ふるさとのなまりなつかし・・・」「はたらけどはたらけど猶・・・」、啄木の歌ほど多くの人々に愛誦されてきた歌はない。それは自我の微妙な内面の動きを鋭くとらえ、生活の確実な手ざわりを伝えてくれる。その背景には、現実を見すえる卓越した意識力があった。
 明治という圧縮された近代化のなかで、ひたすら「天才」としての自己形成の道を走り抜けた啄木。たえざる反逆、挫折、さいはての放浪から、つかの間の"成熟"へと至る。苦闘に満ちた短い生涯の真実を深い共感をこめて描く。

以下、余談。明治45年3月31日、金田一京助は病床の啄木を訪問し、3ヶ月掛けて書いて得た原稿料30円を見舞いとして差し出している。同年4月10日頃、啄木は「2円の薬代もない」と牧水に訴えている。そして啄木は4月13日、27歳で逝去。牧水は啄木の最後を看取り、葬儀も執り行った。
 ちょうどそのころ、志賀直哉は父親から志賀家の財産が60万円に達していることを告げられている。現在の貨幣価値で言えば60億円ほどの由。以降、志賀直哉は悠々と遊びつつ、悠々と小説を書いた。

 次回は斎藤茂吉かな。皆さま、お健やかにお過ごし願います。

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ドナルド・キーンの啄木

昨年2月、刊行されたばかりのドナルド・キーンの『石川啄木』を読みました。2014~15年に雑誌に連載されたもの。本文330頁。
頭で読むというより体で読むような面白さあり。若い人には書けない何かがある。貧困、放浪、喪失、挫折、そして歌。歌い終わらぬうちに、死の手につかまってしまった。
キーン氏は「最初の現代日本人」と呼ぶ。
啄木が広く読まれるようになったのは、戦後の混乱期だったというのは意外――と思ったが、やはりそうだろう、とも。

還太郎氏は覚えておられるかどうか、中島みゆきの歌詞には啄木の影響が深く入りこんでいる、という話をしばらく前にしましたね。彼女の卒論が啄木論だったから、というより歌詞を読んでいくと、あちこちで啄木を感じます。
それにしても、日本永住を決めて、もう残された時間はあまりないなかで啄木を選んだのはなぜか。
キーン氏の好む日本の日記文学の伝統に連なる天才ということがひとつ。
啄木は、いのちの「一秒一秒がいとしい」、だから「内からか外からかの数限りなき感じ」を歌にする、という。
「還太郎的日常」も日記の試みかと。

本書の最後で、本を読まなくなった日本人、電車のなかでゲームにふける日本人について静かに嘆いています。
飽くことを知らぬ読書家にして詩歌を愛する還太郎氏のサイト、そして、ありふれたものが反語的に持つ固有の美しさを捉えたその写真――嘆きつつも、次世代に希望を託しましょう。

どれを引くか迷いますが、3つほど。

病のごと
思郷のこころ湧く日なり
目にあをぞらの煙かなしも

曠野(あらの)ゆく汽車のごとくに
このなやみ
ときどき我の心を通る

とるに足らぬ男と思へと言ふごとく
山に入りにき
神のごとき友

神ならぬビッキ@山学校/オオトモノ・ヤカマシ



過分なコメント…

ビッキ先生

「ありふれたものが反語的に持つ固有の美しさを捉えたその写真」とは‼︎
ありふれた写真でしかないものを、こんな風に表現できるんですね。
ブログ制作の励みになります。ありがとう。

還太郎 拝

No title

ちょうど1年前の2016年9月、岩手県岩泉町に水害復旧ボランティアで行った際、ついでに盛岡市内の「啄木新婚の家」や渋民にある小学校、記念館に行ったことを思い出しました。記念館の住所は、渋民字渋民なんですよ。

流山村民さん

コメント、ありがとう。今回はビッキさんと流山村民さんからコメントをいただき、ニコニコです。渋民村、行ってみたい❣️
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kantarou+5

Author:kantarou+5
週末の近郊里山徘徊を楽しみつつ、足腰の衰えを防止しています。読書やドライブも好きです。

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