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蟄虫坏戸(むしかくれてとをふさぐ)

「蟄虫坏戸」は24節気「秋分」の次候(9/28~10/2)。虫たちが冬支度を始める頃の意。

 9/30はいい天気。アパートから10kmほどの距離にある「三ツ石森林公園」へ。散策路は手入れが行き届いている。

 さて、今回も啄木。このところ寝る前に啄木に関する評論を読んでいる。飽きない。ただ、暗い・・・。今回もs先輩から植物名をご教示いただきました。

 こしかたよ破歌(やれうた)ぐるま綱かけて悲哀の里を喘ぎ過ぎしか
 s-逆光②20170930
 
 うたふごと駅の名呼びし  柔和なる  若き駅夫の眼をも忘れず 
 s-逆光③20170930

 あめつちに  わが悲しみと月光と  あまねき秋の夜となれりけり
 s-三ツ石森林公園20170920

 人といふ人のこころに  一人づつ囚人がゐて  うめくかなしさ
 s-赤い実20170930
 ガマズミ。

 やはらかに積もれる雪に  熱(ほて)る頬(ほ)を埋むるごとき  恋してみたし
 s-白い花20170930
 ゲンノショウコ。

 あたらしき背広など着て  旅をせむ  しかく今年も思ひ過ぎたる
 s-トンボ20170930
 イトトンボ。

 ある日のこと  室(へや)の障子をはりかへぬ  その日はそれにて心なごみき
 s-黄色の花20170930
 キバナアキギリ。

 巻煙草口にくわへて  浪あらき  磯の夜霧に立ちし女よ 
 s-下り階段20170930

 不来方(こずかた)のお城の草に寝ころびて  空に吸はれし  十五の心
 s-逆光20170930

 啄木は明治19年(1886)2月20日、岩手県南岩手郡日戸(ひのと)村曹洞宗日照山常光寺の長男として生まれる。
 明治28年(1895)、岩手郡渋民尋常小学校卒。首席の成績。同年盛岡高等小学校に進学。明治31年(1898)、盛岡尋常中学校(翌年盛岡中学校と改制)へ進学。128名中10位の高成績。
 明治35年(1902)、4年生の期末の成績は119名中82番。何とか5年生に進級したが、7月の試験でカンニングをし譴責処分を受ける。同年10月1日、雑誌「明星」に『血に染めし歌をわが世のなごりにてさすらひここにさけぶ秋』が掲載される。10月27日「家事上の都合」を理由に盛岡中学校を退学し、文学で身を立てるべく上京。
 明治37年(1904)2月、父石川一禎が宗費113円余の滞納により、渋民村宝徳寺住職罷免の処分を受ける。明治38年堀合節子と結婚し、明治40年には長女京子が誕生するも、父親一禎が家出し一家離散。啄木は妻子を実家に預けて妹光子と函館へ。母は渋民村の知人に託した。明治43年には長男真一が1歳で早逝。明治45年(1912)に没するまで、啄木は貧窮と病弱と戦いつつ奮闘。明治46年5月、妻節子も肺結核で没した。(現代詩読本「石川啄木」・思潮社による)


 啄木には心安らぐ日があったのだろうか。或いは、歌を詠むことだけが救いか。次回は斎藤茂吉を予定。

 皆さま、お健やかにお過ごし願います。

 

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ガマズミ、大好きです

今回は、歌の選択に力がこもっていますね。
その見えない力こぶが、選ばれた暗い歌を輝かせています。
初見の歌も複数ありました。

「人といふ人のこころに  一人づつ囚人がゐて  うめくかなしさ」
これは懐かしい。はたち前後の頃の愛唱歌のひとつでした。
暗かった?
かもしれない。
でも、こういう作品に出会うと興奮しました。
パッと電気がともるよう!
ということは、明るかった!?
わかりません。

それはともかく、この歌には啄木の現代性がよく出ていると思います。
似たような表現にはあちこちで出会います。
ちょっと頭に浮かんだものを書き留めておきます。
(まるですべて記憶しているかのよう。。。だいたいは記憶しているのですが、いちおうオリジナルにあたって確認しました。)

〈ある劇の登場人物がこんなことを言う。「われわれはみな、おのれの皮膚という独房に監禁された囚人だ」。
個人的な抒情の表現とは、生涯を独房に監禁されて終わる囚人が、別の独房で終身刑に服している囚人に向かって放つ叫び声だ。〉テネシー・ウィリアムズ(1955年)

〈私はみずからを牢獄に閉じ込めて、囚人になりました。そして、いまや出ようとしても、閉じ込めたときの鍵を見つけることができないのです。〉ナサニエル・ホーソン (1837年)

〈人間は誰もが、自分の持ち歩いている鉄格子の中に暮らしています。〉フランツ・カフカ(1922年)

トマス・ウルフも、「われわれの誰が、牢獄に監禁されていないと言うのか?」(1929年)と書いています。
(カフカ以外はオオトモノ・ヤカマシ試訳)

こういう認識は、映画「タクシードライバー」(1976年)にもあふれかえってますね。

さて、啄木の囚人の歌に感嘆した若者は40数年後にどうなっているか?
鉄格子は見えるのだけれど、外にいるのか、中にいるのか、よくわかりません。。。。

。。。。写真がみな明るいから、こういう暗いコメントも許してもらえると期待しております。

それにしても、日本の近代は宝の山ですね。
量と質を考えると、英文学に匹敵するのは、世界でも日本文学だけ、とドナルド・キーン氏はBritannicaの日本文学の項目の冒頭に書いています。

多謝謝々!

ビッキさん

 コメントを2つもいただき、恐縮です。自我の確立=自らを閉じ込める檻の完成なのではなどと愚考する次第です。
 室井佑月という小説家・タレントが、あるテレビの番組で「他人からいい人と思われたいというのはある種の病気で、私はそれを止めてから本当に楽になった」というのを聞き、なるほどと思ったことがあります。

還太郎 拝
プロフィール

kantarou+5

Author:kantarou+5
週末の近郊里山徘徊を楽しみつつ、足腰の衰えを防止しています。読書やドライブも好きです。

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