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菊花開(きくのはなひらく)

 「菊花開」は「寒露」の次候(10/13~17)。野菊の花が咲き始める頃の意。pan> 

 評は全て「茂吉秀歌」(佐藤佐太郎著より)。以下の写真10葉は10/9鹿島神宮で。

 s-鹿島神宮20171009

こがらしも今は絶えたる寒空よりきのふも今日も月の照りくる

 1933年、51歳のときの作。「こがらしも今は絶えたる」は、一日のこがらしが吹きやんだというのではなく、こがらしの季節が過ぎたというのである。「今は絶えたる」という言い方、「きのふも今日も」との関連において、そのように受け取れる。力量のある作家として当然のことだが、こまかな点まで神経がゆきわたっており、しかも言葉が永く切実にひびいている。眼に見えるものは月の光であり、晴れた夜空である。それに対して眼に見えない「こがらしも今は絶えたる」という一二句を据えた。これが自然の秩序を見たというものである。

 s-鹿島神宮20171009②

 たえまなくみづうみの浪よするとき浪をかぶりて雪消(ゆきけ)のこれり

 榛名湖の汀の歌。水に接して白雪の消え残っているのが自然のすがたの味わいである。不間断に寄せている浪の一つを捉えるように「とき」といい、浪を「かぶりて」といって、映画などの大写しの手法のように言葉の推移する趣に味わいがある。その韻文としての単純化された言い方に主観のひびきもある。

 s-鹿島神宮20171009③

 もも鳥のこゑする山のあかつきに大き聖はよみがへりたまふ

 比叡山での歌。「もも鳥」は百鳥、たくさんの鳥。「大き聖」は「大聖」、最澄伝教大師。茂吉は「伝教大師この暁天にあらはれたまふといふ気持ちである」といっている。この歌は清澄で塵世のよごれがないから、茂吉は色紙や半紙などにしばしば書かれた。

 s-鹿島神宮20171009④
 
 ただひとつ惜しみて置きし白桃(しろもも)のゆたけきを吾は食ひをはりけり

 果肉も甘未も香気もこめて、ただ「ゆたけき」といったのが叙情詩としての力量であり、暗示的な味わいである。

 s-鹿島神宮20171009⑤
 
 弟と相むかひゐてものを言ふ互(かたみ)のこゑは父母(ちちはは)のこゑ

 ものをいう自分の声、弟の声のなかに父の声があり母の声がある。肉親の絆というものを最も強く感じる瞬間がここにある。「互のこゑは父母のこゑ」という強い断定のなかに、断定のゆえに詠嘆がこもっている。短歌は詠嘆の形式だというが、その実行の美事な例はこの作者にある。

 s-鹿島神宮20171009⑥

  陸奥をふたわけざまに聳えたまふ蔵王の山の雲の中に立つ

 1934年の作。茂吉は「6月4日、舎弟高橋四郎兵衛が企てのままに蔵王山上歌碑の一首を作りて送る」と記している。「陸奥をふたわけざまに聳えたまふ」という上句が蒼古として大きい。さらにいえば「聳えたまふ」というのは、霊山の麓に生を享けたこの作者でなければいえないだろう。虚にいて実を行うというとはこういう句である。渾沌とした高山の霊気を感じさせる。

 s-鹿島神宮20171009 ⑦

 ガレージへトラックひとつ入らむとす少しためらひ入りて行きたり

 街頭嘱目の一首。感情のない機械であるトラックの動きの中に、たとえば人間の恥じらいのようなものを認めたのである。山川草木鳥獣以外の近代的無生物を対象に感情を移入したのが特殊でもあり新しくもある。

 s-鹿島神宮20171009⑧
 
 ゆふぐれのかぜ庭土をふきとほり散りし百日紅(ひゃくじつこう)の花を動かす

 「散りし百日紅の花を動かす」の「散りし」などは、確かにいうことが歌の味わいであることをいまさらのように思わせる。いままで人のかえりみなかった美しさの出ている歌である。

 s-鹿島神宮20171009⑨

  青葉くらきその下かげのあはれさは「女囚携帯乳児墓」(じょしゅうけいたいにゅうじのはか)
 
 東京品川の東海寺に散策した時の作。茂吉曰く、繁った若葉に隠されるやうにして、この「女囚携帯乳児墓」といふのがあるのを見つけた。ある篤志の婦ででもあらうか、悪因縁によって罪になった女囚に乳児がゐて、それが育たずに死んだのをあはれに思ひ、菩提を弔ふために建てた、いはば共同墓地である。この墓石の「女囚携帯乳児」いとふ文句が簡潔で哀深いのでその儘取つて用ゐた。

 s-鹿島神宮20171009⑩

 北とほく真澄がありて冬のくもり遍(あま)ねからざる午後になりたり

 1937年作。「北とほく真澄がありて」という上句は、見た実質だが、言葉が的確で、しかも簡潔で味わいがある。「とほく」など常凡のくわだておよばない言葉だろう。さらにいえば、上句の実質は人は見ることができる。しかし、「冬のぬくもり偏ねからざる」とまではいい得るとは限るまい。「見る」とは、このように現象の奥にあるものを見るのだということを人に考えさせるだろう。

 s-朝日2013
 以下の写真は以前撮ったもの。天候不順でこのところ撮るチャンスがないので。

 蕗の薹の苞(つと)の青きがそよぐときあまつ光を吸はむとぞする

 1940年作。鉢植えにして部屋に置いてある蕗の薹を詠んだものだが、ありなしの風が部屋に通って、蕗の薹の苞の葉のようなものがそよぐのだろう。蕗の薹が意志的に、日光に喜んで反応するように受け取っている。これもものを見る一つで、ゆとりある柔軟な観入と表現とは、おいおい老境に向かおうとする作者を感じさせる。

 s-水滴2013

 沈黙のわれに見よとぞ百房の黒き葡萄に雨ふりそそぐ

 1944年作。「沈黙」は戦後の悲哀に耐える作者の態度を代表する形態で、意識された「沈黙」であった。画家の描いた生物に対するように、「百房の黒き葡萄」という部分だけでも何かがある。その上「雨ふりそそぐ」という絵画にない「時間」が添っている。

 s-コスモス2013

 最上川逆白波のたつまでにふぶくゆふべとなりにけるかも

 1946年作。歌は蒼古で新鮮な万葉調で、単純に線が太い。「逆白波」という造語がいいが、一首の味わいは、この語によって簡潔のうちに豊富になっている。作者にはすでに「東風ふきつのりつつ今日一日最上川に白き逆浪たつも」(1928年作)という歌がある。

 s-ススキ2014

 老いづきてわが居る時に蝉のこゑわれの身うちを透りて行きぬ

 1950年、東京の自宅にいるときの作歌。作者は数え年69歳で、健康状態も良くなかったから、身に迫ったものとして「死」を思うのである。聞こえる「蝉の声」は、さながら自分の肉体に沁み、肉体を通りぬけて行くのだという。

 s-オクラ2016

 この山にとらつぐみといふ夜鳥啼くを聞きつつをればわれはねむりぬ

 「とらつぐみ」はツグミの仲間で、そのうちでは最も大きく、黄褐色の黒い斑が虎斑のようにあるので「虎鶫」という。「とらつぐみという夜鳥」といえば、そこに平凡ではない異常な感じがある。しかし、作者はその寂しい歌声を愛して、聞いているうちにいつか安らかに眠りにおちていったのであろう。安らかでもあるけれども寂しい歌である。心臓の関係かどうか、この夏は「夜もすがら寝ぐるしくて」という状態だった。

 s-紅葉2013

 10/11に春日部の自宅から掛け布団や冬服を持ってきたが、これが大正解。急に寒くなった。10/14は日帰り職場旅行で仙台へ。うみの杜水族館、キリンビール仙台工場などを見てきた。というか、往復のバスの中は酒場・・・。特に帰路はカラオケスナック状態・・・。

 皆さま、お健やかにお過ごし願います。

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いつも写真付きなのに今回は無いのかなぁ…
それとも私のスマホが不具合か?
寒くなってきたので体調管理に気を付けて下さいね(#^.^#)

毎度ありがとうございます

写真は週末に追加するつもりですが、天候も悪く、どうなることやらです。
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還太郎+7

Author:還太郎+7
畑や庭での作業を楽しんで、晩酌・早寝・早起きの毎日です。読書やドライブも好きです。

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