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橘始黄(たちばなはじめてきばむ)


「橘始黄」は24節気「小雪」の末候(12/2~6)。橘の葉が黄色くなる頃。これから柑橘類の季節。即ち、寒さの到来。

 今週は都内に2回、いわきに2回出張。いわきへは常磐道で。紅葉がきれい。ついよそ見運転しそうになり、自制することしきり。

 さて、今回の短歌は半田良平(明治20年9月10日~昭和20年5月19日)。栃木県出身、東大英文科卒。窪田空穂に師事。良平は昭和18年1月に肋膜炎にかかり、まもなく腹膜炎も併発。良平には三人の男の子があったが、長男、次男はすでに病没。昭和19年7月、サイパン島にて良平の三男信三が戦死。病を抱えつつ自宅と防空壕を往復する日々の中で三男の戦死を知らされた。テキストは前回と同じ。

 独(ひとり)して堪へてはおれどつはものの親は悲しとはいはざらめやも
 生きてあらば彩帆(サイパン)島にこの月を眺めてかゐむ戦のひまに
 s-湯の岳20171126
 これは11/26、いわきでの久しぶりのゴルフの際に撮影。ポカポカ陽気だった。右手の山は湯の岳かな。

 若きらが親に先立ち去(い)ぬる世を幾世し積まば国は栄えむ
 s-ツバキ20171202

 一夜寝ば明日は明日とて新しき日の照るらむを何か嘆かむ(昭和20年3月)
 s-花20171202

 蔑めるナチス・ドイツと防共協定をなさねばならぬ時いたれりや(昭和12年)
 s-花②20171202

 たはやすく戦をいふ人この人は死を他人事と思へるらしき(昭和7年)
 s-ススキ20171202

 ただ一首の歌にその名とどめたるわが下野(しもつけ)の今奉部与會布(いままつりべよそふ)
 今奉部与會布は万葉集20に登載されている防人(さきもり)で、「今日よりは顧(かえりみ)なくて大君の醜(しこ)の御楯(みたて)と出で立つ吾は」の作者。この歌、太平洋戦争中に情報局や軍がたいへん持ち上げたが、そういう時局に利用されたことと歌の本質は別だと、良平は言いたかったのか。
 s-冬景色20171202

 祖父(おおちち)のことは知れども年を経て名もつたはらずそのみおやたち
 師の窪田空穂の良平評。『飯を食ふ方には好い加減棒を強く引いて、自分のやらうとすることに殉じようとする心持、これは半田君が心底思ってをつたことで、・・・いずれも生易しいことではないと思ひます。半田君は思ひ遣りの深い男で、人のために労苦を惜しまぬといふことは、数へたらどっさりありませう。兎に角或る意見を持ち、自分を押へて一貫してきた男であります。』
 s-冬景色②20171202

 つはものの数は知らねど相つぎて声を絶えたる洋中の島   
 s-冬景色③20171202

 人は縦(よ)しいかにいふとも世間(よのなか)は吾には空し子らに後(おく)れて
 s-冬景色④20171202

 日のなかば壕にこもりてゐる吾をいかにと訪ひてくる人もなし
 s-冬景色⑤20171202

 雲雀の子あそぶを見つつ木のかげにひそかには立つ歩哨われは
 s-冬景色⑥20171202

 みずからの都合よきとき神ながらの国柄を説く人々を唾棄す
 s-公孫樹20171202

 言挙げは吾はせねどもうら深く国を憂ふる者の一人ぞ 
 s-栗の木20171202

 わが日々は夢と現の間行きていづれに即くといふにもあらず
 s-栗の木②20171202

 妻をおきて千葉の葛野ゆいでて来し予備兵の顔見とも飽かめやも
 s-赤い実20171202

 もうすぐ21時、月が煌々と光っている。明後日12/4の満月は今年最大の大きさになるとネットで知った。4日の晩、晴れればいいね。皆さま、風邪は早めのお手当ですぞ。

 

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週末の近郊里山徘徊を楽しみつつ、足腰の衰えを防止しています。読書やドライブも好きです。

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