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鞠躬如(きっきゅうじょ)

 「鞠躬如」は身をかがめて恐れ慎むさま。(今年のタイトルは漱石の「草枕」の難解熟語。)

 2/10は晴れ。大雪の続いた北陸地方も晴れとか。風もなく穏やかな天気。近くの里山を散策した。今回の短歌は釋迢空。テキストは「わが愛する歌人」第二集(有斐閣新書・昭和53年12月刊)。解説は岡野弘彦。
 
 たびごゝろもろくなり来ぬ。志摩のはて 安乗(あのり)の崎に、燈の明り見ゆ 

 釋迢空(明治20年2月11日~昭和28年9月3日)。大阪出身。本名折口信夫(しのぶ)。詩、小説、民俗学、国文学などに関する著作が多く『折口信夫全31巻』は芸術院恩賜賞をうけた。その作品は、悲痛に耐える厳しさと、深い人間愛に貫かれている。 
 s-冬枯れ20180210

 わが舟は比良のみなとにこぎ泊てむ沖へな離(さか)りさ夜ふけにけり

 迢空曰く『十年前、熊野に旅して、光り充つ真昼の海に突き出た大王ヶ崎の尽端に立った時、遥かな波路の果てに、わが魂のふるさとのある様な気がしてならなかった。これをはかない詩人気取りの感傷と卑下する気には、今もってなれない。これはこれ、かつて祖々の胸を煽りたてた懐郷心の、間歇遺伝として、現れたものではなかろうか。』
 s-冬枯れ②20180210

 もの言ひてさびしさ残れり。 大野らに、行きあひし人 遥けくなりたり

 大正8年、迢空33歳の作。このころから民俗探訪のための研究旅行が多くなった。鹿児島・宮崎・熊本県があい接するあたりの山村を、ひとりで長い旅をした時の体験から生まれたものである。迢空曰く『毎日、宿を出れば、日が暮れて次の宿に泊まるまで、ほとんどものを言う必要がなかった。しまいには、話しかけられて答えた後が、何だか不満な気持ちのすることが多かった。それほどこの時の旅行は若い心に沁みた。』
 s-冬枯れ③20180210

 人も 馬も 道ゆきつかれ死にゝけり。 旅寝かさなるほどの かそけさ 

 大正9年の夏、美濃・信濃・三河・遠江を巡った。曰く『数多い馬塚の中に、ま新しい馬頭観音の石塔婆の立ってゐるのは、あはれである。又殆(またほとんど)、峠毎に、旅死(じ)にの墓がある。中には、業病の姿を家から隠して、死ぬまでの旅に出た人のなどもある。』
 s-冬枯れ④20180210

 葛の花 踏みしだかれて、色あたらし。 この山道を行きし人あり

 迢空の旅情はもの静かでどこか悲劇的な内容を感じさせるが、それは孤絶した物思いではない。旅人の孤独を身をもって知っているからそ、同じようにこの道を先に歩んでいった人の上に痛切な心を通わせるのである。 
 s-冬枯れ⑤20180210

 おん身らは 誰をころしたと思ふ。 かの尊い 御名においてー。 おそろしい呪文だ。 万歳 ばんざあい 

 関東大震災(大正12年)の翌年の作。短歌ではなく、4行詩。震災直後、迢空自身も流言に惑わされて殺気立った自警団と称する人々に取り囲まれ、身の危険を感ずるような扱いをうけた。
 s-冬枯れ⑧20180210

 みなぎらふ光り まばゆき 昼の海。 疑ひがたし。 人は死にたり 

 昭和2年、四国を旅しているとき、親友古泉千樫の訃報を受ける。「みなぎらふ」は荒々しい南国の海の波がしらが、しぶきをあげて照り輝いて様子である。その反射のまぶしさと心のむなしさに耐えて、友の死の事実をみずからに言い聞かせているような思いである。次の歌もある。

 なき人の 今日は、七日になりぬらむ。 遇ふ人も あふ人も みな 旅びと

 s-冬枯れ⑦20180210

 鬼の子の いでつゝ 遊ぶ 音聞こゆ。 設楽(したら)の山の 白雪の うへに 

 昭和4年、長野県と愛知県の接するあたりの山村の神事を詠んだもの。日本の祭りにおいて、神が出現するのは夜である。夜目にもしろじろと降り積もった雪の山原に、鬼の姿をした山の神があらわれておどるのを、まざまざと幻想している歌だ。
 s-冬枯れ⑨20180210

 頬赤き一兵卒を送り来て、発つまでは見ず。 泣けてならねば

 昭和12年の作。この年の7月、日支事変が起こり、迢空の教え子らの中にも、兵隊として戦地に運ばれる若者が急にふえてきた。頬赤き一兵卒がこれから体験しなければならないであろう、苛烈な生死をかけた戦いを場を思うと、いたましさに耐えられなかったのであろう。
 s-冬枯れ⑩20180210

 兵隊は 若く苦しむ。 草原の草より出でゝ、 「さゝげつゝ」せり

 昭和16年の作。戦いのさなかの中国各地を旅した時のもの。戦跡の草むらから思いがけず立ちあらわれた一人の兵士が、作者を案内している将校に対してぱっと身を引きしめて「捧げ銃」の敬礼をした。ああ、こういう若い純な顔をした無数の兵士たちが、いま異国の戦場に来てその青春を戦いの中で過ごしている。その多くが故国の山河を遥かに思いながら戦いに死んでいったのだ、という思いが作者の心を去来したにちがいない。
 「兵隊は若く苦しむ」というような感受性は、やはりこの作者特有のやわらかくて鋭敏な見とおし方である。
 s-冬枯れ⑪20180210

 ひのもとの大倭(やまと)の民も、孤独にて老い漂零(さすら)へむ時 いたるべし

 生涯独身であった迢空は門弟の藤井春洋を養子としたが、その手続きを進めているころ、春洋の所属する部隊は硫黄島の守備に向かった。そして、硫黄島で戦死。
 これは昭和21年の作。戦い敗れ、孤独の身となって、自分もまた老いさすらうことのくやしさをなげいている。「ひのもとの大倭の民」というのは、今までの日本人がその歴史と現実に誇りを感じてみずから言った言葉である。その誇りも無残に地におち、更に重い苦しみと悔しさが老いの身に襲い掛かってきている。
 戦いが終って新しい時代が理解ある勝利国アメリカによってもたらされたからといって、いち早く暢気な解放感の歌など歌っている人を信頼することはできない。戦いに敗れた悔いを徹底的にみずからの内に問いかけ、繰り返し問いつめることから、次の時代の真実の生き方も見いだされてくるのだ。迢空の戦後の歌には、こういう深い内省を持った悔しさの歌が数多くある。
  s-春近し②20180210
 
 もっとも苦しき たゝかひに 最もくるしみ 死にたる むかしの陸軍中尉 折口春洋 ならびにその 父 信夫 の墓
 
 昭和24年、迢空は春洋の故郷、能登一の宮の海岸にその墓を建てた。その墓碑銘。
 s-春近し20180210

 今日(2/11)は3連休の中日。曇天なのでカメラをもって歩く気にもなれず、家でゴロゴロ。最近読んだか、読みつつある本。
 s-本20180211
 
 宮本輝「草花たちの静かな誓い」(集英社刊)。以前はこの作者のものは全て読んでいたが、話が重すぎるように感じて、最近はご無沙汰。久し振りに読んでみたら、やっぱり宮本輝はいい。彼は優れたストーリーテラーであり、ミステリーとしても読めるし、アメリカの病的な側面と、市井に生きる人々の持つまともさも教えてくれる。9日の晩酌後、未明の3時まで読み続けてしまった。平日は仕事という方、読むのは週末がお勧め。でないと睡眠不足で出社することになるかも。

 「TOM WAITS」(Paul Maher Jr.編、村田薫・武者小路実昭・雨海弘美 訳、うから刊)。TOM WAITS はアメリカで40年にわたって活躍している音楽家。彼の数々のアルバムのインタビューを編集したもの。帯の惹句には「カズオ・イシグロにインスピレーションを与えた男」、「思索、洞察、ユーモア、反骨、天邪鬼ーーー。天才吟遊詩人トム・ウエイツの言霊を訊け ! 」とある。生けるレジェンドと化している TOM WAITS の生き生きとした表現が山盛り。毎晩、眠りにつく前に一章のみ読んでいる。
 *実は訳者の一人が友人です。

 原田マハ「サロメ」(文藝春秋)。「楽園のカンヴァス」「暗幕のゲルニカ」などのヒットを飛ばしている作家。作者は早稲田大学の美術史科卒。ニューヨーク近代美術館に勤務したこともあり、美術ものに強い。「本日は、お日柄もよく」ではスピーチライターが主人公であるが、いい意味での「職人芸」を感じさせてくれる。

 今晩は「文藝春秋」に掲載されている芥川賞2作を読むつもり。明日も休みなので夜更かしし放題。こういう時間が一番好きかな。まして片手にグラスとなると、たまりませんな。 皆さまもお健やかにお過ごし願います。

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今回のブログは辛く読みました。最近、知人が自死したことも重なり、
内容が心に響きました。彼の分まで生きてくれ、とは別の知人。
「鞠躬」は最近覚えた中文の単語、読みはジュィゴン。N村村民より。

人は永遠に生きる

N村村民さま

辛いね。亡くなった方の分までは生きられないけど、その方は、あなたの想いの中では生き続けますよね。お悔やみを申し上げます。

還太郎

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kantarou+5

Author:kantarou+5
週末の近郊里山徘徊を楽しみつつ、足腰の衰えを防止しています。読書やドライブも好きです。

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