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惝怳(しょうきょう)

 惝怳(しょうきょう)は驚きのあまり、ぼんやりすること。心を奪われること。がっかりすること。失望すること。(今年のタイトルは漱石・草枕の難解熟語から)

 今回の短歌は植松寿樹(うえまつひさき)。テキストは『わが愛する歌人 第四集』(有斐閣新書・1978年刊)。解説は富小路禎子。(富小路は植松に師事した。)
 植松寿樹は明治23年2月16日~昭和39年3月26日。東京出身。慶応大学卒業後、銀行、商事会社勤務をへて、大正12年東京芝中学校の国語教師となる。中学生のとき、電報新聞の短歌欄投稿を機縁に空穂に師事。明治38年「十月会」の結成に、大正3年「国民文学」の創刊に参加。昭和21年「国民文学」を離れ、「沃野」創刊。

 しんしんと立ち澄む独楽に六月の青葉の風は光りたりけり 
 玲瓏と澄(すみ)のよろしも竹の独楽ほがらに音を鳴りいでにけり

 いずれも植松の25歳の作品。大正10年発表。確かな把握、対象にふさわしい清新な気分の展開が見事である。この2首は、植松の第一歌集『庭燎』に収められているが、大正10年は茂吉『あらたま』、牧水『くろ土』、空穂『青飛沫』、白秋『雀の卵』等が続々と出版された年であった。
 
 s-ツツジ20180430
 (4/30、お隣のHさん宅のお庭にて) ツツジ。

 どつこいせどつこいせとて手打ちはやししめやかなれや福知山踊 

 26歳のときの作品。時代を超えて深く「あはれ」がしみ入ってくるように思われる。それは26歳の青年の感傷ではなく、人間の生のかなしみが直(ぢか)にひびいてくる感触である。読者の眼にも見える山深い里の暗い灯かげにほのかに動く人影は、何かこの世の外の生の幻のように感じられ、しかも美しく気品がある。
 
 s-ツツジ②20180430
 (4/30、Hさん宅のお庭にて) ツツジ。

 柩をばのせて曳くなりあなあはれ馬は動かすその雙の耳

 この挽歌は齢若い学友の死に際して。この歌には時代が出ているとともにかぎりない情趣をたたえている。

 s-ピンクの花20180430
 (同じくHさん宅のお庭にて) シャクヤク。
 
 掃きよせて落葉焚く間も銀杏の樹やまずしこぼす黄なるその葉を

 この頃植松は慶応の学生であったが、屡々授業をさぼっては九品仏(くほんぶつ・世田谷区奥沢の浄真寺)に遊んだ。いかにも解放感を楽しんでいる歌詞で、早くも自在な作歌力を身につけていたのである。植松が昭和39年に歿すると、この九品仏の墓地に葬られた。46年の7回忌を期して本堂脇に歌碑が建てられ、この歌が彫(きざ)まれた。

 s-紫の花20180430
 (同じくHさん宅のお庭にて) シラン。

 めずらしみ摘みつつ来しを竜胆(りんどう)のはな頂(いただき)に来れば其処にもここにも

 雅で格調高い作品の間に、何気なくさらっと言う軽みを植松は早くから好んでいたようである。さらっと言いながら、底には用意があり、崩さぬ一線があった。

 s-白い花20180430
 (同じくHさん宅のお庭にて) シロバナシラン。

 別れゆきて人すぐに見えずややしばし篠竹分くる音は残れり 
 登り終へし合図待ちては落石を避くる岩陰ゆ一人一人出ず

 植松はよく山へ行った。歌友とゆくこともあったが、生徒をひきつれてゆくことも多かった。

 s-道端の花20180430
 (4/30、路傍の畑の隅に) オオルツボ(シラー・ペルビアナ)

 巻紙のうすでに書ける妹がふみ稚なげにしてこころ籠れり

 結婚前の妻を詠んだ初々しい作品。昭和2年刊の『光化門』から。植松は何事にも動揺や、露わな感情をみせることがなく、常に高雅な雰囲気をもっていた。時折その家を訪う私達の目には、家族もそれぞれの分を守って常に清々しい起居を感じたものである。

 s-白と黄の花20180430
 (同上) フランスギク。
 
 熱き燗をたのしむままに鍋煮えて部屋暖かし妻も子も居よ

 植松を語ればぜひ酒にもふれたくなる。若い頃や特別な宴席などは知るよしもないが、私の知るのは実に程よいおだやかな酒で、心から楽しんで盃を手にし、同席の者もまた楽しかった。

 s-石楠花②20180430
 (4/30、ご近所のOさん宅のお庭で。) シャクナゲ。

 年経れば聳えてついに孤りなり千尋峠の一本杉あはれ

 昭和31年、66歳の作品。この一首はよく短冊などにも書いた。周囲に人生の種々相をみて来て、ようやく盛りを過ぎようとする時、多くの親しい人々の中に生活しながらも、精神は常に孤高であった植松の、矜持と寂寥が深くこめられているようである。
 
s-石楠花20180430
 (同じくOさん宅のお庭で、以下3葉も。) シャクナゲ。

 糸桜咲きかかりたる蕾充ち青岸渡寺はいま粉雪の中 

 青岸渡寺(せいがんとじ)は和歌山県那智勝浦町にある天台宗の寺院。植松の歿後「沃野」の大会が伊勢にあり、帰途多くの者が青岸渡寺を訪れて境内に糸桜を探したが終に見つからない。後で聞くと糸桜は上の神社の玉垣の中にあったという。糸桜のふくよかな蕾と粉雪のこよなく美しいとり合わせの中に青岸渡寺の語感が効果的にすわった一首で、見事な創作技巧と知ったのである。

 s-枯れかけの紫の花20180430
 ジャーマンアイリス。

 日の下に照りかがやける牡丹見て眼を移す方の暫く暗き

 植物の好きだった植松の歌には木草の種類も多く、愛情の籠ったものばかりである。自宅の庭には様々な木草がところ狭しと植えられていた。
 
 s-群落20180430
 ミヤコワスレかな?

 家挙げて伊豆の湯を浴び宿題に孫を励まし年の夜送る

 没年となる昭和39年の正月は、一家をあげて温泉にゆき大いに楽しんだ。2月に心臓のむくみが見つかり入院したが、3月半ばには退院。その月の編集日には一同赤飯のふるまいを受けて全快を祝った。翌日、植松は勤務する芝学園先生仲間数人と、伊津土肥温泉に旅立つことは弟子たちの誰も知らなかった。そして、3月26日深夜、その旅先の宿で心臓麻痺の為急逝した。大好きな旅のさ中、家族も弟子も、誰一人知らぬまに清々と死んでいった。
 
 s-黄色の花20180430
 ジャーマンアイリス。

 還太郎は28日から9連休中。今日(5/4)明日はいわきへ帰省する。皆さま、お元気にお過ごし願います。



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9連休ですか…
私は土日、だけだから9連休も頂いたら全部ぉ山へ行ってしまいそう(笑)
今年は暖かいからお花が早くて追い付けないくらいです
もうすぐ田植えも始まるし忙しくなりますよ~(*^。^*)

サツマイモの苗の植え付け

エルさま

こんにちは。いい天気が続いてますね!

私は4日にいわきに帰省し、先ほど帰ってきました。
昨日丸一日と今日の午前中はサツマイモの苗の植え付け用の
丸畝作り・黒マルチ敷き・苗の定植をしてきました。
昨年約130kgほどの収穫を上げた妻が、今年は1トン超えを目指すと宣言。
茨城県はサツマイモの作りが盛んで、一枚の畑が2町歩も有るのも珍しくありません。ただ、そういう農家さんは機械化されていて、トラクターにアタッチメントを付けて、耕運・丸畝づくり・黒マルチ敷きを一度にこなしてしまいます。
それに対して妻実家では、管理機(小型の耕運機)に丸畝作りのアタッチメントは取り付けたものの、トラクターのようにまっすぐな畝にするのは超難困難。黒マルチ敷きと苗の定植は手作業でなかなか面倒ですし、中腰の作業が続くのもしんどいものでした。1日半かけて目標の半分程度の面積が作業終了。
昨日は畑の中を1万5千歩も歩きました。腹まわりがちょと細くなったような気がするので、今晩の体重測定を楽しみにしています。

エルさま、田植え作業、お気をつけて頑張って٩(^‿^)۶ください。
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還太郎+7

Author:還太郎+7
畑や庭での作業を楽しんで、晩酌・早寝・早起きの毎日です。読書やドライブも好きです。

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