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夏の野の 繁みに咲ける 姫百合の 知らえぬ恋は 苦しきものを (大伴坂上郎女)

 夏の野の 繁みに咲ける 姫百合の 知らえぬ恋は 苦しきものを

 今年のタイトルは万葉集。夏の野の草が茂っているなかに咲く姫百合のように、思う人に知られることなく恋焦がれているのは辛いものです、の意。作者は大伴旅人の異母妹であり、大伴家持の叔母・姑でもある。恋多き万葉女流歌人。

 今回の短歌も『現代短歌集成』 (角川学芸出版・2009.11.30刊)から。やはり8月は鎮魂の月。作者名のあとの数字は西暦の下2桁で発表年を示す。

 餓ゑ逝くは多くをさな児草木を喰ひつくしたる砂漠まなかに (永平緑・93)

 s-ビオトープ化してきた還太池20190822
 @還太池。池の水の浄化が進み、池底の小石まで見えるようになった。黄色のスイレンから右方向に視線を動かしていただくと、池底を泳ぐ3匹の稚鯉が見える。スイレンを8株追加したので、来年の夏は水面は殆ど緑の葉に覆われるのでは。

 敗戦の前後のわが飢餓まざまざと難民キャンプの給食の列 (古玉従子・97)

 s-スイレン20190817

 飢ゑに死にし兵の瞳にたちまちに蟻は這ひゆくを我は見てをり (大木平・00)
 
 s-スイレン20190822

 戦はず飢ゑに逝きたる叔父なるかレイテ戦記読みつつおもふ (前田充・07)
 
 s-サルスベリ20190822
 池のほとりのサルスベリ。
 
 沖縄戦かく戦えりと世の人の知るまで真白なる丘に木よ生えるな草よ繁るな (仲宗根政善・88)

 s-田人路にて20190829
 ここから8枚(オニユリまで)は田人路の林道で撮影。 シラヤマギク。 以下、朱字はS先輩からのご教示。

 後の世に打電されたる電文か沖縄県民斯戦えり (大平勇次・04) 

 s-紫の花20190829
 ツリフネソウ。

 草も木も人も絶ゆると怖れたる声々の果〈核〉ふえゆけり (苔口萬壽子・83)

 s-白い花20190829
 イワシャジンかな? 図鑑には中部地方、関東地方西北部に咲くとあるので、違うかな。 ツリガネニンジン(以下、青字ははっぴーさんからのご教示)。

 硫気吹く島のいくさに手も足も焼けうせてなほ子は生きてゐよ (岡野弘彦・78)

 s-黄色の花②20190829
 キンミズヒキ。

 戦いに沈みし船の幾千の死者らが夜の船底たたく (井口世津子・94)

 s-黄色の花20190829
 キツネノボタンかな。

 ふるさとの戦の惨を呑みほして喜屋武の海面の青き鎮もり (與那覇久美子・04)

 s-ホトケノザ20190829
 ホトケノザ。 クルマバナ。

 妻枕(ま)かず戦の野に曝(さらさ)れゆきし兄よふるさとの野の花を見よ (青木ゆかり・06)

 s-ゲンノショウコ20190829
 ゲンノショウコ。

 はるかなる記憶といえどあざやかに戦を知ればわれは譲らず (影山美智子・07) 

 s-オニユリ20190829
 コオニユリ。

 ものしづかに暮れてゆく春ふたたびをいくさはあるな地平は緑 (伝田幸子・08)

 s-ミント20190829
 以下2枚は@還太植物園。カーリーミントかな。 マルバハッカ。

 唐黍の焼くる匂ひに顕つ亡母(はは)も戦も遠き記憶となれり (神辺園子・01)

 s-タカサゴユリ20190829
 タカサゴユリ。

 戦争は始まってしまえばもう止め様がなくなるというのは歴史の示す通り、始まってしまえば阿鼻叫喚の地獄。歴史に学びたい。

 7月は連日の雨、月末の台風が去ったら、8月は猛暑。夕方になると雷は鳴るのだが結局雨は降らない。それがこのところ夕方になるとスコール級の雨。ここはハワイか? まあ、着実に涼しくなっていることは間違いない。

 『あふれでたのは やさしさだった・奈良少年刑務所・絵本と詩の教室』(寮美千子・西日本出版社)をお勧めします。

前書きを転載する。

 刑務所に入るような人は、がさつで凶暴な人だろう。
 何を考えているかわからない恐ろしい人に違いない。
 漠然とそう思っていた。
 ところが奈良少年刑務所で出会った少年たちは、まったく違っていた。
 想像を絶する貧困の中で育ったり、親から激しい虐待を受けたり、
 学校でいじめられたり・・・・・・。みんな、福祉や支援の網の目からこぼれつづけ、
 加害者になる前に被害者であったような子たちだった。
 それぞれが、自分を守ろうとして、自分なりの鎧を身につけている。
 いつも無意味に笑っている、わざとふんぞりかえる、
 殻に閉じこもる、くだらない冗談を連発する、妙に姿勢がいい・・・・・・。
 千差万別のその鎧は、たいがい出来がよくなくて、
 自分を守るよりも、自身をさらなる窮地に追い込んでしまう悲しい代物だった。
 それも仕方ない。周囲に助けてくれるおとなもいないなか、
 幼い彼らが必死で考案し、身につけてきたものなのだから。
 そんな彼らは、心の扉を固く閉ざしていた。自分自身の感情もわからないほどに。
 けれども、その鎧を脱ぎ捨て、心の扉を開けたとたん、
 あふれでてきたのは、やさしさだった。
 重い罪を犯した人間でも、心の底に眠っているのはやさしさなんだ。
 ほんとうはだれでもが、愛されたいし、愛したい。人間って、いい生きものなんだ。
 彼らに出会って、わたしはそう確信するようになった。
 心の扉を開いた鍵は「詩」。そして受けとめてくれる「仲間」の存在。
 「自己表現」+「受けとめ」は、傷ついた彼らの心を確実に癒していった。 
 2007年から足掛け十年、「社会性涵養プログラム」の一環として、
 奈良少年刑務所で行ってきた「物語の教室」の軌跡を記した。
 奇跡だと思ったけれど、違った。百八十六名、一人として変わらない子はいなかった。
 彼らの本当の姿を、この記録を通じて、知っていただければ、幸いです。
  

 皆さま、夏の暑さの疲れが出る頃です。ご自愛専一に願います。

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苦しき恋、愉しき鯉

ビッキことオオトモノ・八釜爺です。

水がずいぶん澄んできましたね。
努力が着実に実りつつあり、慶賀に堪えません。
お見事、お見事。
鯉にとってはこの世の極楽ですな。
ただ、鯉は泥が好きなので、このへんでいいのかな。
(恋が泥沼と化すのはまずいですが、そういう心配はもう不要!よかった、よかった。)
スイレンが池全体の8割くらいを覆うくらいになるといいかなと思います。絵になるねえ。

土曜の夜に山学校へ登校します。
山学校でも秋海棠、サルスベリ(紅色)、タカサゴユリ、オミナエシなど、珍しくもありませんが、
どれもこれもよく見ればそれぞれの風情をかもして美しい。
名前でくくるのも失礼なくらい。そのうち見に来てください。

わたくしの場合、山野の草花樹木に心を奪われるようになったのも、還暦を迎えたあたりから。周回遅れもいいところ。
少年老い易く学成り難し――こういうときに使うのではないけれど、
どうもこの言葉が折にふれて頭に浮かびます。
しかも、なんか、うれしいんですよね。
老いて初めてわかることがたくさんあるし、学成ってしまっちゃ、つまらない。

Re: 苦しき恋、愉しき鯉

ビッキさん

 コメント、ありがとうございます。ビッキさんには、池の水を水中ポンプで汲み上げ、手製の濾過装置で処理している現場を見ていただきましたが、数日前にその電力を太陽光発電に切り替えました。まだまだ改良すべきことは多々ありますが、電気が専門の若い衆を、「某割烹でたらふく飲ませる、〆は鰻重でどうだ」と誘惑して協力してもらっています。

 日曜山学校に登校します。
 
還太郎
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kantarou + 6

Author:kantarou + 6
畑や庭での作業を楽しんで、晩酌・早寝・早起きの毎日です。読書やドライブも好きです。

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