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修羅の巷

 修羅の巷(しゅらのちまた)。目も当てられない惨憺たる有様の場所。或いは激しい戦闘や騒乱の場。 

 「修羅」は阿修羅の略。サンスクリットAsuraの音訳字。六道の一つで、須弥山(すみせん)の北、大海の底、或いは海岸、或いは四州の山間にあるという。その王は、嫉妬、猜忌、執着の念強く、剛力で闘争を好み、常に仏法帰依の人を守護する梵天・帝釈と争う神である。それで惨憺たる光景を形容することばに使う。

 今年のタイトルは『中国故事成語辞典』(角川書店)から。また、短歌は『現代短歌集成』(角川学芸出版)から。作者名のあとの数字は西暦の下2桁で、発表年を示す。

 定職のない人に家は貸せないと言われて鮮やかすぎる新緑 (松村正直・01) 

 s-広葉樹の林20200507
 阿武隈山系田人路(以下6葉)。ブナ、コナラなどの新緑の森。

 いつせいにすももの蒼を浴びて立つ人間であることの淡さに (高島健一・88)
 
 s-すももかな20200507
 スモモかな。

 いつしんに木苺の実を食らふとき刻々ととほき東京ほろぶ (小野茂樹・71) 

 
s-木苺20200507
 木イチゴ。

 能古島は指呼の間となり膨らめる春のうしほへ船は水脈曳く (渡辺茂子・03)

 
s-モミジ20200507
 あまり目立たないが手前中央部に殆ど花が散ってしまったサクラ。その後ろのオレンジがかった黄色の葉はモミジ。時間の経過とともに下の方のような真っ赤な葉になるようだ。

 蝶追ひて見知らぬ森の路ゆきぬ子の背を隠す夏草の花 (大野誠夫・65) 

 s-クサノオウ20200507
 クサノオウ。名前の由来は諸説ある。葉などを傷つけると黄色の乳液を出すので「草の黄」、皮膚疾患に有効な薬草という意味で「瘡(くさ)の王」、皮膚疾患以外にも鎮痛剤として内臓病に用いられたことから薬草の王様という意味で「草の王」。

 君に従きて登る坂道うつすらと漂ふごとき著莪(しゃが)の明るさ (前田彌生・03)

 s-シャガ20200507
 シャガ。

 ゆらぎつつ咲ききはまりし白妙か花のいのちは短かりとも (吉田正俊・70)

 s-ツメクサ20200508
 ここからは@還太植物園。ツメクサ(草)。花径は4~5mm。何度撮ってもピンボケ。因みにシロツメグサは白草。つめくさという名は同じでも字が違う。

 みずからの手もて葬(はふ)りし青春の姿にてクローバの青きに沈む (大野誠夫・65)

 s-ウォータークローバー20200508 
 
ウォータークローバー。全て四つ葉。


 動きゆくさ霧のなかにみづからの色深めゐる牡丹の花々 (初井しづ枝・56)

 
s-牡丹20200510
 ボタン。老木なのだが今年も咲いてくれた。

 安土野の白き夢幻と訪ね来しナンジャモンジャの花散り初むる (渡辺茂子・01)

  s-ヒトツバタゴ20200513
 ヒトツバタゴ(一つ葉田子)。同じモクセイ科のトネリコ(別名タゴ)に似ており、トネリコが複葉であるのに対し、これは小葉を持たない単葉であるとから「一つ葉田子」。
 別名は「ナンジャモンジャ」。ただ、地方によってはクスノキ、ニレ、イヌザクラ、ボダイジュなどもそう呼ばれるとのこと。

 萌えいでし若葉や棗(なつめ)は緑の金、百日紅(ひゃくじつこう)はくれなゐの金 (宮柊二・72)

 s-ナツメの新葉20200513
 ナツメの新葉。

 人生はあやなす闇へ一茎の菖蒲芽ぶけり刃(やいば)のごとく (中川昭・89)

 s-ダッチアイリス20200513
 ダッチアイリス。

 庭坂をおりて竹村(たかむら)のもとに來つ白う見えしはつづじがさける (佐佐木信綱・56)
 
 s-躑躅②20200513
 ツツジ。

 ぐわぐわとつつじひらけり陽のもとに押し出されゆくくれないの舌 (鈴木英子・05) 

 s-躑躅20200513
 ツツジ。@還太植物園はこまで。

 じゅっぽんのゆびを広げて指の間に五月の風を入れております (上野春子・00
 
 s-ヨシキリ②20200514
 今年、やっと撮れたヨシキリ。還太郎の住まいの西側には何十枚もの水田が広がっていたが、その大半に太陽光発電のパネルが設置された。休耕田だったところはネコヤナギやアシなどが生い茂り、ヨシキリやウグイス、キジなどの繁殖地なっていたのに・・・、残念。まだパネルの設置工事は続いており、野鳥の撮影も困難になってしまった。
 14日朝5時半頃、やっと撮れた。


 時間ひらたく大皿の縁にもりあがり今しあふれん五月の朝 (糸川雅子・00)

  s-ヨシキリ20200514
 
 ヨシキリの鳴き声が聞こえるのは5~7月中旬の間。仁部富之助著『野の鳥の生態』(大修館書店・1979年刊)の第4巻に、ヨシキリについて記載がある。以下、引用。

 五月、六月は鳴きほこる雄親の自慢の喉も、七月中旬頃から、そろそろあやしくなり、同下旬には急にとまってしまう。鳴かなくなったのではなく、時期がくると、鳴きたくても鳴けないのだ。彼らのある者が突如不如意になった自分の身、自分の喉を怪しむかのように、けんめいに声をしぼっているのをときどき見るが、いったんとまった喉はふたたびほころびることがない。いや、翌年の初夏までは長い長いお預けである。

 無数に生息する歌手たちが、その時期になるとわれわれの想像以上、急に鳴きやむことは意外である。秋田地方で女房達の会合とか、井戸端会議のおしゃべりが、突如とぎれた瞬間、「土用が来た」といって皆を笑わせる風習がある。これはもちろん、にぎやなオオヨシキリが土用の声を聞くと急に止まることになぞらえてのことであるが、けだし適切な諷刺といよう。


 閑話休題。還太郎は「庭園技能講座」の通信教育を受けることにした。昨年受講した「農業簿記3級講座」は終盤に挫折しそうになったが、家族や友人に言ってしまった手前、最後まで頑張らざるを得なかった。今回も、先ず宣言ありきで退路を断つ。乞うご期待。

 コロナ禍もちょっと下火になったようですが、油断大敵。皆さま、どうぞご自愛専一に願います。

  

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還太郎+7

Author:還太郎+7
畑や庭での作業を楽しんで、晩酌・早寝・早起きの毎日です。読書やドライブも好きです。

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